インタビュー

胃ろうを卒業できたケースは? 脳卒中後の嚥下障害は回復の可能性がある

胃ろうを卒業できたケースは? 脳卒中後の嚥下障害は回復の可能性がある
日下部 明彦 先生

横浜市立大学 総合診療医学 准教授

日下部 明彦 先生

この記事の最終更新は2015年08月30日です。

「ひとたび設置した胃ろうはずっと使い続けなければならない」というわけではありません。なかには、胃ろうを卒業できたというケースも存在します。それはどのような場合なのでしょうか。具体的な例とともに、横浜市立大学総合診療医学准教授の日下部明彦先生に引き続きご説明いただきました。

「家族が病院で胃ろうを設置されたけれど、家に連れて帰ったら食べられるようになりました」という話がよくあります。
メディアでは「家族の献身的な介護」「在宅スタッフの適切な対応やアドバイス」「家の持つパワー」等が引き起こした奇跡として語られ、一方で「本当に胃ろうが必要だったのか?」「病院はすぐ胃ろうを設置して追い出す」のような論調になることがあります。

このいわゆる「よくある話」について解説致します。このような経過をたどるのは、大体の場合脳卒中後に胃ろう造設をした患者さんです。

ある日、Aさんは急に左手足の麻痺が起きました。一命はとりとめましたが、左手足の麻痺と嚥下障害は残りました。意識はしっかりしており、理解力や判断力は保たれています。しかしうまく嚥下ができず、誤嚥することも多いため、胃ろう造設を行うことになりました。
その後Aさんはリハビリテーション専門病院へ転院されました。そこで手足のリハビリテーションに加え、嚥下障害のリハビリテーションも行いました。メインの栄養は胃ろうから注入し、経口摂取も併用しましたが、Aさんは病院のスタッフに食べさせてもらうのは悪い・恥ずかしいという気持ちを持っていました。ですからなかなか嚥下のリハビリは進まず、本人の意欲も低下しているように見受けられました。

家族には胃ろうのケア方法や胃ろうからの栄養注入方法について説明がなされ、発症から約3カ月後に自宅への退院となりました。
自宅でリハビリを続けていると、立ち上がることや歩行器を使って数歩歩くことができるようになってきました。以前より声もはっきりと出るようです。

そんななかAさんが何か口から入れてみたいと言いはじめたので、在宅医と相談したうえで水のゼリーを飲んでみました。その後少しずつ経口摂取を増やすことができました。胃ろうと経口摂取の割合は逆転し、発症半年後には食事は全て経口摂取となり、現在は薬だけ胃ろうから注入しています。

なぜAさんは経口摂取にすべて切り替えることができたのでしょうか。
まず、脳卒中後の麻痺はリハビリテーションを行えば回復する可能性があるということです。発症間もない時期の嚥下障害は何らかの栄養ルートを造る必要があり、その栄養ルートを使って栄養状態を整えなければ、よいリハビリテーションは行えません。この場合の胃ろう造設は、急場をしのぐための救命的な胃ろう造設にあたります。胃ろうが必要なくなったら使わなくてもよいのですし、カテーテルを抜いて胃ろうを閉じることも可能です。

もちろん、Aさんが自宅に帰って周囲への気兼ねが無くなったことは再び口から食べられるようになった大きな理由でありますが、胃ろうがあったから栄養状態が安定し、自宅で安全に嚥下のリハビリテーションが進んだと考えるほうが自然でしょう。

一方、認知症の終末期や神経難病の進行で徐々に経口摂取ができなくなったケースの患者さんは、残念ながらこのようなことはありません(たまたま脱水症状や感染症で食べられなくなった状態だった場合ならば、胃ろうによる栄養注入後に回復することがあるかもしれませんが)。つまり胃ろうから卒業できる可能性があるのは、脳卒中後の嚥下障害の方なのです。