インタビュー

BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)—がんの最新治療が描く未来と今後の課題

BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)—がんの最新治療が描く未来と今後の課題
宮武 伸一 先生

大阪医科大学医学部付属病院 がんセンター先端医療開発部門特務教授

宮武 伸一 先生

この記事の最終更新は2015年09月27日です。

BNCTとがんの治療」では、新しいがんの治療法であるBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)とはどのような治療なのかご説明しました。

本記事では、大阪医科大学医学部付属病院がんセンター先端医療開発部門特務教授 宮武伸一先生に、BNCTがどう進歩してきたのか、そしてこれからの展望と課題について引き続き解説していただきます。

BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)とは、がん細胞が選択的に取り込むホウ素化合物を点滴し、体外から中性子線を照射してがん細胞内部からアルファ線とリチウム線を発生させ、死滅させる治療法です。そのため、中性子線を出すことのできる環境が必要です。

2015年現在、BNCTを行う環境として中性子線を出す方法には、原子炉で行パターンと加速器を用いて行うパターンの2つがあります。しかしこれは元々、前者の原子炉でしか行えない治療でした。そして医療に用いることのできる原子炉は日本では2つしかありません。

大阪医科大学の脳神経外科を中心に行っている170人の患者さんに対するBNCT治療はすべて原子炉で提供しており、一定の成績を挙げていました。しかし原子炉は当然病院には併設できず、他の場所で借りている状況でした。この状況に対し、原子炉で治療していたのではいつまで経っても医療にならないという指摘がありました。

そこで、2004年に高度先進医療に申請したときには以下の2つの条件が出されました。

  • ホウ素化合物は現在、あくまで薬ではない。GMPグレードの薬(高いレベルで認可された薬)を作ること。
  • 原子炉で治療している限りは医療にはならない。病院で治療できるものを作るということ

そこで加速器の開発が始まりました。加速器本体は原子炉と比較して小さく、病院にも導入することが可能です。これにより、BNCTが普及していく準備が整いつつあります。また、開発された加速器は日本発の医療機器としても期待されています。

BNCTは元々日本のオリジナルではなく、アメリカで始まった方法です。しかし、かつてその成績は惨憺たるものでした。中性子線もホウ素化合物のクオリティも良くなかったからです。しかし、アメリカでも1980年台になってからよい中性子線とホウ素化合物が出てきて、少しずつ成績が上がってきました。

ただ、BNCTの分野においては日本がイニシアチブをとれる可能性が出てきています。それは、欧米では放射線腫瘍医が集中的にBNCTを行っているのに対して、日本では脳腫瘍に対しては脳神経外科医、頭頸部がんに対しては耳鼻咽喉科医というように、さまざまな領域の医師が放射線腫瘍医、医学物理師らとコラボレーションしながら進めているからです。

昨今よく使われる言葉に「集学的治療」というものがありますが、ここではまさに人員の集学的治療が可能となっているのです。スペシャリストの先生方が集まって治療を成り立たせることができているという点が日本の強みです。

BNCTには現在、大きく2つの課題があります。順にご説明します。

BNCTは、どうにも手を打ちようがない人のための最後の治療として成果を挙げてきました。つまり「条件が悪い患者さんに対しても成果を出した」ということで評価されています。しかしこれからは「新規で診断された方」の治療としても採用されるものにしていくため、臨床試験をきちんとクリアしていかなければなりません。すなわち、今までの標準治療と比較してどのようなものなのかを検証していく必要があるのです。

我々の行っているひとつの臨床試験としては、新規診断の「膠芽腫」(悪性の脳腫瘍のひとつ)に対して、以下のように異なる治療法の組み合わせを比較しています。

  1. 手術+X線+抗がん
  2. 手術+BNCT+X線+抗がん剤

この臨床試験が組み終わり、経過観察を続けています。これで(2)に効果があればきちんとBNCTが治療として認められることになります。

このような臨床試験をひとつひとつクリアできれば、脳腫瘍の領域でもBNCTが用いられる病気が増えていき(具体的には膠芽腫や悪性髄膜腫など)、幅は広がっていく可能性があります。

2014年5月21日以降、わが国では原子炉は1つも動いていません。そのせいで多くの患者さんが治療を行えずに不利益を被っており、これが大きな課題となっています。

現在、原子炉では「臨床研究」の段階に進んでいます。一方で、加速器は「治験」においてしか扱えません。詳細は割愛しますが、臨床研究のほうが取り扱える幅は大きくなります。それは、原子炉の方が長い歴史のある治療方法であり、加速器はまだ開発中の段階だからです。原子炉と加速器とを併用していかなければ前にBNCTの臨床研究は前に進んでいきません。また、さらに言えば治験の対象となる患者さんの数はごくわずかに限られています。それ以外の治療を待つ患者さんが治療を受けられていないのが現状です。