インタビュー

精神障害の診断、DSM分類の利点と欠点

精神障害の診断、DSM分類の利点と欠点
古茶 大樹 先生

聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授

古茶 大樹 先生

この記事の最終更新は2016年02月18日です。

精神障害の診断で標準的に用いられているのが、米国精神医学会の「DSM」という診断基準です。DSMは発表されてから少しずつ改良を重ね、現在はバージョン5まで発表されており、精神科領域で最も多く使用されています。DSMは非常に利便性の高い診断基準ですが、その構成や内容には賛否含め様々な意見があります。DSMとはどのような診断基準なのでしょうか。いったいどのような問題点があるのでしょうか。現在のうつ病の位置づけを踏まえ、DSMの診断基準の内容について聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話し頂きました。

現在、世界的によく使われている精神障害の分類・診断基準は二つあります。一つは世界保健機関(WHO)のICD-10、もう一つが米国精神医学会のDSMです。どちらがよく使われているのかという統計はありませんが、研究論文では圧倒的にDSMが使われることが多いでしょう。精神医学の臨床研究では、DSMはグローバル・スタンダード化しているといってもよいかもしれません。しかし、このDSM分類の普及は、この分類体系が他のものよりも優れていることが証明されたからではありません。今日の精神医学が、他の医学分野と同様に米国を中心に展開しており、国の力が働いているということです。

精神障害のグローバルな研究には、世界各国が共通して使うことのできる分類・診断基準が必要であることは間違いありません。精神障害罹患率の国別比較や、身体的基盤の原因追求にはこのような共通ツールは必要不可欠だからです。その意味では、世界中に普及したDSM分類はその役目を十分に果たしているように見えます。

DSM分類・診断基準の特徴を簡単にまとめてみると、基本的には以下の5つがあげられます。

①横断面の状態像(今、そこで確認できる症状)を重視している

②境界が明瞭となるように診断を操作している(これを操作的診断と呼びます)

③議論のある疾患diseaseをあえて定義せず、全体を障害disorderでまとめている

④判断に時間がかかるものや評価が難しい条件を省いている

⑤エビデンス(医学的判断に基づく確証)に基づいて診断基準を改訂する

などが挙げられます。総合的には、医師だけでなくパラメディカル(コメディカル。医師以外の医療従事者)でも診断することができ、基本的に一回だけの問診・病歴聴取で診断が可能で、なおかつその一致率の高い(信頼性の高い)分類・診断基準となっています。

こうしてみるとよいところだらけの分類・診断基準であるように思われるかもしれませんが、実はDSMは非常に大きな問題を抱えた体系でもあるのです。

DSMでは疾患の定義を避けることで、精神医学にとって何を疾患と呼び、何を疾患とは呼ばないかという、果てしない議論を回避しています。全てが横並びで「障害」としてまとめられてしまうと、全部が疾患であるかのような誤解を生み出しやすくなっています。ここにはアルツハイマー型認知症甲状腺機能亢進症などの身体的基盤が明らかになっている疾患もあれば、内因性精神病(遺伝的な原因が考えられるもともとの精神疾患)もあり、従来は疾患ではない精神障害とみなされていたものまでが、横並びで同じように扱われているわけです。

その背景には「あらゆる精神障害は脳の疾患である」という脳科学信仰があるのではないかとも思えます。疾患など定義する必要もなく、精神障害があるということイコール脳の何らかの機能障害があるに決まっている、という考え方です。疾患の定義をしないで済ますことは、信頼性の高い診断基準をつくろうという目的からするとやむを得ないことかもしれません。しかし、そうしなかったことの弊害・代償もまた大きかったように感じられます。精神障害に関連する誤解や、社会的な混乱のほとんどの部分は、「精神医学における疾患とは何か」という問いとどこかで結びついているように感じます。

当初から議論が続いていた、見過ごすことのできない大きな問題が、カテゴリーの妥当性です。簡単に述べると、「精神症候学で規定されるカテゴリー間の境界は本当に意味があるのか、あるいはそもそも境界は引けるのか」という議論のことで、これを妥当性問題といいます。

先ほど述べたDSM分類の長所は、「DSMに掲載されているカテゴリー(類型)は自然科学的に意味のある集合である」という前提があってのことです。ですから、万が一カテゴリーそのものが(自然科学的に)均一ではなく雑然とした集合でしかないとしたら、先ほど述べた長所は無意味になってしまいます。

生物学的研究においてこれは致命的な欠陥で、そのようなカテゴリーを使って集めた標本から精神障害の身体的基盤が見つかるはずはありません。濁った水を次々といろいろな容器に移し替えたところで、水の濁りは変わらないでしょう。度重なる診断基準の改定をそのように見ることもできるのです。

身体医学ではこういった問題は限定的なのですが、精神医学においては主要な精神障害すべてについて妥当性の問題が頭をもたげています。DSM-3から30年以上が経過した2016年現在、その成果を振り返ってみると、症候学的には均質性を保っている類型が、自然科学的には不均一であるということがわかってきたというべきかもしれません。記事4『精神障害の類型は理念型の役割を果たしている』で触れたResearch Domain Criteriaは、そのような動きの延長線上にあって、カテゴリー分類から脱却しようとする動きなのです。

 

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