インタビュー

出産時の大量出血に備えて-「前置胎盤」の分娩の準備

出産時の大量出血に備えて-「前置胎盤」の分娩の準備
牧野 真太郎 先生

順天堂大学大学院医学研究科 産婦人科学教授、順天堂大学医学部附属浦安病院 産婦人科科長

牧野 真太郎 先生

この記事の最終更新は2016年01月28日です。

女性にとっての大きなライフイベントである妊娠・出産は、ときに生命をおびやかすほどのリスクを伴います。その中でも、分娩時や分娩後の大量出血は、医療技術が進歩した現代においても妊産婦死亡原因のトップを占めており、妊婦さんだけでなく産科医も常にリスクを念頭に置き、最悪の事態を防ぐための努力を続けています。今回は、母体からの大量出血の原因として知られる「前置胎盤」の治療法について、順天堂大学医学部婦人科講座准教授の牧野真太郎先生にお話しいただきました。

冒頭でも述べたように、周産期(妊娠22週から生後満7日未満までの期間)の母体死亡の主な原因は「出血」であり、生命を左右するほどの分娩時・分娩後の出血は妊産婦の300人に約1人という割合で起きています。

2015年に「妊産婦死亡検討評価委員」として、49例の産科危機的出血(分娩時・分娩後の大量出血のこと)による母体死亡の原因疾患を調査したデータからは、次のような疾患が原因であることがわかりました。

  1. 羊水塞栓症(子宮型)
  2. 弛緩出血
  3. 子宮破裂
  4. 子宮内反症
  5. 常位胎盤早期剥離
  6. 産道裂傷
  7. 癒着胎盤
  8. 前置癒着胎盤

(平成27年8月「母体安全への提言2014 vol.5」より)

これらの疾患により大量出血を起こした妊婦さんの命を守るためには、手術中の素早い止血や輸血が必要になります。

本記事では、止血が難しいとされる「前置胎盤(ぜんちたいばん)」に焦点を当て、分娩後の大量出血に備えて産科医が行う準備についてお話しします。

前置胎盤」とは、通常子宮の天井側に形成される胎盤が低い位置に形成され、胎盤の一部もしくはすべてが子宮内口にかかってしまう「ハイリスク妊娠」のひとつです。

正常妊娠の場合は、赤ちゃんが生まれて胎盤が剥がれた後、子宮の筋肉による収縮が起こり、自然に出血が減少していきます。これを「生物学的結紮(けっさつ)」といいます。しかし、前置胎盤の場合に胎盤が形成される子宮の下部や頸部は、もともと筋組織が少なく収縮が弱いため、生物学的結紮がうまく機能しません。この結果、胎盤が剥がれた部分(胎盤剥離面)から出血が止まらないという危険な事態に陥るのです。

前置胎盤により起きた出血のコントロールは、正常妊娠で起こる出血(子宮体部の出血)に比べ難しいものになります。この原因を理解するには、妊娠時に子宮周囲のどの大動脈が使われているかを理解する必要があります。

妊娠していないときに子宮へと酸素や栄養を届ける役割を果たしているのは、内腸骨動脈という大動脈から枝分かれする血管であり、妊娠中でもほとんどの血液供給は内腸骨動脈系により行われています。そのため、分娩時や分娩後に出血したときには、内腸骨動脈の血流を遮断することで出血量を抑えることができます。しかし、前置胎盤の場合は、栄養を供給すべき胎盤が子宮下部にできるため、内腸骨動脈系だけではなく、本来は足(下肢)へと血液を導く外腸骨動脈系の血流も増加します。このため、前置胎盤や前置胎盤に合併することが多い癒着胎盤による出血量を減少させるのは困難なものになるのです。

前置胎盤には予防法や妊娠中の治療法は存在しないため、分娩時の大量出血に備えた対応をすることが重要になります。前置胎盤と診断された方は、貧血や低体重などでなければ、あらかじめ2、3回の自己血貯血(自分自身の血液を手術に備えて採血し、貯めておくこと)をします。病院では、自己血では足りないほどの出血が起きた場合に備えて、帝王切開前に同種血輸血の確保を万全にしておきます。

母体は出血量が1500mlを超えると頻脈や低血圧を呈し、3000mlを超えると顕著な血圧低下や無尿が進行して、出血性ショックからDICに至ります。

本来であれば、血管内の血液は固まることなく流れ、体外へと出た血液は自然に固まります。DICとは、多量の出血により血液を凝固させる成分が流れ出てしまい、上記のように自然に止血することができなくなって、出血が止まらなくなる状態のことをいいます。

特に、前置胎盤癒着胎盤を合併している場合は、ほとんどの症例で自己血では補いきれないほどの出血を起こすため、輸血用の血液を十分に確保して帝王切開に臨むことが大切です。また、「セルセーバー」と呼ばれる、自己血を回収して輸血するための装置も用意します。セルセーバーは、手術中に体外へと出た血液を回収し、必要な処理をしたあと、再び体内に戻すための装置です。産科の手術においては、羊水が血液に混入する危険があるとして使用範囲は限られていますが、前置胎盤や癒着胎盤など、大量出血のリスクが高い帝王切開術では使用されています。

アメリカでは、前置胎盤以外の帝王切開時においても、出血に対する処置にセルセーバーが使用されています。実際に順天堂大学でも5人のデータをとって基礎研究を行ったところ、どの赤血球からも羊水は検出されませんでした。日本でも、出血を伴う様々な産科手術に、セルセーバーを導入できるようになればと願っています。セルセーバーでは血液の凝固因子は補充できませんので、あくまで「貧血の改善」のために使用することになります。

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