インタビュー

肺動脈スリングとは? ~肺動脈が通常通りに形成されていない先天疾患~

肺動脈スリングとは? ~肺動脈が通常通りに形成されていない先天疾患~
吉村 幸浩 先生

東京都立小児総合医療センター 心臓血管外科 部長

吉村 幸浩 先生

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肺動脈スリングとは先天異常の一種であり、肺動脈(心臓から肺につながる太い血管)が気管に絡まるような形で肺につながってしまっている状態です。肺動脈スリングの患者さんにはほとんどの割合で先天性気管狭窄症という病気が合併するため、集学的(さまざまな治療法を組み合わせて治療を行うこと)な治療が必要とされます。肺動脈スリングとはどのような病気で、どのような治療が必要とされているのでしょうか。東京都立小児総合医療センター 心臓血管外科部長の吉村 幸浩(よしむら ゆきひろ)先生にお話をお聞きしました。

肺動脈スリング(Pulmonary artery sling)は、左肺動脈が右肺動脈から出てきて(起始といいます)、気管と食道の間をすり抜けるようにして左肺に回ってしまっている状態のことをいいます。気管をとり巻くように走行しているため、呼吸器症状が現れます。先天異常の1つであり、『血管輪とはどんな病気? ~血管が輪になって気道や食道を圧迫する子どもの病気~』でご紹介した血管輪と症状は似ていますが、病気としてはまったくの別物になります。

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左:正常の動脈 右:肺動脈スリング

通常の心臓からは、大動脈弓につながる上行大動脈(図赤部)と肺動脈(青部)という2本の血管が出ています。肺動脈は気管の前方(腹側)で左肺動脈と右肺動脈に分かれ、右肺動脈は右の肺に、左肺動脈は左の肺につながっていきます。

肺動脈スリングは、左原始肺動脈(のちに肺動脈になる前段階の血管)が何らかの原因で閉塞(へいそく)し、左6動脈弓(詳細は『血管輪とはどんな病気? ~血管が輪になって気道や食道を圧迫する子どもの病気~』)にうまくつながらなくなってしまうと起こると考えられています。つながる場所がなくなった血管が右肺動脈の別のところとつながってしまい、結果として右肺動脈から出た左肺動脈が、気管とその後ろにある食道との間をすり抜けてしまうのです。

肺動脈スリングの子どものほとんどに、先天性気管狭窄症という、生まれつき気管が狭くなってしまっている病気が合併します。そして、先天性気管狭窄症のおよそ半分には肺動脈スリングが合併するといわれています。また、肺動脈スリングは、心房中隔欠損症心室中隔欠損症ファロー四徴症などのような先天性心疾患にも合併する場合があります。

肺動脈スリングによる症状はなく、ほとんどが合併する気管狭窄に伴った症状です。ほとんど症状のない子どもから、喘鳴(ぜんめい)(ぜーぜー、ひゅーひゅーと音を鳴らして呼吸をする)やチアノーゼ(顔色や唇の色が悪くなる)がみられたり、感冒(かぜ)や気管支炎時の呼吸困難が強くなったりすることが多く、重症例では窒息にいたるケースもあります。また、ほかの病気の検査や手術時の麻酔開始時に気付かれる場合もあります。

先天性気管狭窄症はレントゲン(X線)写真で疑われる場合もありますが、CT検査で確実に診断でき、狭窄の程度や長さが確認できます。さらに造影CT検査をすることで血管が造影されるため、肺動脈スリングが合併しているかどうかも分かります。また、手術前から人工呼吸器での管理となっている患者さんなどには気管支鏡検査で気管の状態を確認することもあります。

肺動脈スリングの手術は基本的に心臓血管外科であれば行うことができます。ところが、先ほど述べたほとんどの症例に合併する先天性気管狭窄症には集学的な管理・治療が必要で、それができる施設は限られています。

先天性気管狭窄症の管理・治療ができる施設が少ない理由は、その術前・術後管理の難しさにあります。先天性気管狭窄症は、喉にある声帯の下から気管が狭くなっている状態が続いています。そのような細い部分に硬い気管内チューブを挿れることは非常に危険な行為です。そのため浅い部分にしかチューブを挿れることができず、浅いということは抜けやすいということですから、手術に至るまでの容態管理はとても慎重に行う必要があります。また、手術後も一定の期間、頭や首の位置や向きを固定し患者さんが動かないような管理をしなければなりませんし、心臓や肺の機能を肩代わりする補助循環(ECMOと呼ばれることがあります)を装着した状態での管理も必要になります。これらの管理に精通した集中治療科が必要不可欠で、東京都立小児総合医療センターの集中治療科はそのような患者さんの管理だけでなく、重症患者さんの救急搬送も得意としています。九州や北海道などの遠方の施設からの要請でも、重症であれば可能な限り当院の集中治療科医が迎えに行きますし、補助循環を装着した患者さんの搬送についても経験を重ねています。

先天性気管狭窄症に対する標準術式はスライド気管形成術で、これは外科(小児外科)が行い、その際の補助循環や合併する肺動脈スリングや心病変に対する手術は心臓血管外科が担当します。

外科と心臓血管外科、集中治療科に加えて、呼吸器科や循環器科、放射線科による正確な術前評価、気管形成術に携わってきた麻酔科*や看護師はもちろん、補助循環に携わる臨床工学技士や、感染症科や薬剤科などの協力も必要です。このように、さまざまな診療科や部門が1つのチームとなって治療にあたらなければ、先天性気管狭窄症の治療を進めることは不可能に近いといえます。この点において、東京都立小児総合医療センターは小児を総合的に診療する病院であり、強みでもあります。

*厚生労働省麻酔科標榜医:西部 伸一医師