インタビュー

アジアにおける筋疾患研究の現状と未来

アジアにおける筋疾患研究の現状と未来
西野 一三 先生

独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第一部 部長

西野 一三 先生

この記事の最終更新は2016年03月26日です。

独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所で疾病研究第一部の部長を務めておられる西野一三先生は、アジアを中心に海外の大学や基幹病院にも出かけ、大学院生や若手医師向けの講義、患者診察や筋病理カンファレンスを定期的に行なっておられます。この記事では、アジアにおける筋疾患研究の現状、そして現地で西野先生がどのようなことに尽力されているのかについてお話をうかがいました。

私は東南アジアに行って講演を行ったり、実際に患者さんを一緒に診たりする機会があります。そこで切実な問題として感じることは、専門家が非常に少ないということです。いわゆる発展途上国では、そもそも医師の数が少ないということもあります。

たとえばラオスは2013年の統計で人口が約660万人ですが、神経内科医が3人しかいません。ついこの間までは1人しかいませんでした。神経内科医が3人で誰が筋疾患の専門ですか、と言っても誰もいません。それは極端な例であるとしても、ミャンマーは2014年時点の統計で人口が5,142万人と日本のおよそ半分ですが、神経内科医は39人だそうです。しかもそのうち13人はほぼリタイヤしているといいますから、実質26人でやっているということになります。

日本神経学会の会員数が約8,000人、専門医が5,000人ですから、人口比でいえば2,000〜3,000人はいなければならないところが39人なのですから、もちろん筋疾患を専門としている医師は誰もいません。彼らも次の世代は専門家を育てなければならないということはわかっていますので、私が行って筋疾患の診断の仕方、考え方などを話しています。

彼らは筋ジストロフィーという疾患のことは知っていますが、現状では患者さんを診ても、残念ながら治療法はないとあきらめざるを得ません。しかし、私は彼らに対して、もうそういう時代ではないということをメッセージとして伝えています。

もちろん治る病気ばかりではなく、治らない病気のほうが多いのですが、たとえばデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療薬は今年中にもFDAの承認が降りるかもしれないというところまで来ています。それで筋ジストロフィーが治るとはいいいませんが、今まで治療できなかったものが治療できるようになるというのは画期的なことです。遠位型(えんいがた)ミオパチーもそうですし、治療ができる筋疾患というものがいくつか出てきています。これからはそれがもっと出てくるわけです。

たとえば遠位型ミオパチーという病気は、それ自体が発症頻度の低い珍しい病気ですが、さらに何種類かに分かれています。そしてその中の特定の遺伝子に変異がある場合だけにシアル酸が効くわけです。なぜならその原因遺伝子は、シアル酸の生合性経路の酵素をコードする(規定する)遺伝子だからです。したがって、まったく別のメカニズムで起こる遠位型ミオパチーでは、シアル酸は効果がありません。

このことから、少なくとも遺伝子ベースの診断をつけていないと、単に症状の見た目で遠位筋が侵されているからということでシアル酸を投与するのではだめだということがわかります。さらに言えば、デュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、どのエクソンに欠失(けっしつ)があるかによって、個別のエクソン・スキッピング療法が有効であるかどうかが決まります。それは変異(ミューテーション)ベースの治療法ということになります。

遺伝子ベース、あるいはミューテーションベースの治療法では、今までのような臨床症状による見立てで治療法を決定するような方法は通用しません。少なくとも遺伝子レベルの診断がついていないと治療に進めないのです。

ですから、私がアジアの発展途上国に行ったときにはまず、治療法がないからあきらめるということではなく、治療ができる可能性があるというメッセージを伝えると同時に、その治療をする前に遺伝子診断をつけなくてはいけないという話もしています。彼らにはそういったことも含めて、段階を踏んでインフラを作っていってもらう必要がありますし、我々もそこに少しでも協力できればと考えています。