インタビュー

男性不妊の原因のひとつ「精子無力症」と「精索静脈瘤」の治療

男性不妊の原因のひとつ「精子無力症」と「精索静脈瘤」の治療
木村 将貴 先生

杉山産婦人科新宿 男性外来担当、帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 非常勤講師

木村 将貴 先生

この記事の最終更新は2016年06月20日です。

不妊における男性側の要因には、精子の運動率が低い「精子無力症」や、精子の数そのものが少ない「乏精子症」などがあります。婦人科での精液検査で正常範囲の数値であったとしても、男性不妊を扱う泌尿器科で治療に取り組むことによって妊娠の可能性が高くなります。男性不妊の原因のひとつである精子無力症の治療について、帝京大学医学部附属病院泌尿器科の木村将貴先生にお話をうかがいました。

精子無力症とは、精子運動率が40%以下、前進運動率が32%以下のことをいいます。健常男性の精子運動率は通常60〜80%です。この運動率が低下すると受精能が落ちるので男性不妊の原因になります。

膣内に射出された精子は膣の中を上って行き、子宮、卵管を通って卵管膨大部(らんかんぼうだいぶ)というところまでたどり着く必要がありますが、運動能力が低いとそこまで到達できません。また、運良くたどり着いたとしても運動率が低いとうまく卵子に侵入することができないため、精子の運動率は非常に重要です。

精子無力症の基準値は精子運動率40%以下とされていますが、基本的には精液量と運動率を掛け合わせたもの、すなわち総運動精子数=精液量(ml)×濃度(106/ml)×運動率(%)によって妊孕性(にんようせい・妊娠する能力)をはかることが多く、単にこの運動率だけで判断するできるわけではありません。

また、実際には乏精子症(ぼうせいししょう・記事2を参照)と精子無力症を合併している方もかなりの割合でいるため、精子無力症と乏精子症の病態を明確に区別することは難しいといえます。

精液の状態は一定ではなく、さまざまな要因によって大きく変動します。1度検査したときに正常であっても、ストレスがかかったり体調が悪かったりすると基準値以下になってしまうことがあるため、1回の検査だけで判断しないほうがよいでしょう。1か月に2回程度精液検査を行った上で判定することが望ましく、その2回の検査で数値が大幅に違っていた場合は3回目の検査を行います。

また、精液検査には禁欲期間も重要です。長期間射精しないほうが精液の濃度が高くなると思われがちですが、たとえば2週間も射精しないで精液検査をすると、検査結果がむしろ悪くなるといわれています。したがって、通常は3〜5日の禁欲で採精していただくようお願いしています。

帝京大学医学部附属病院では採精室として個室を用意し、羞恥心や精神的苦痛のないよう配慮しています。一般的に大学病院における診療では、生殖医療はまだ認知が進んでいない分野ということもあり、採精室を設けているところはごく限られています。

実は男性不妊の原因がはっきりわかるケースは半分ほどであり、原因不明というものも3分の1から半数程度あります。内分泌撹乱物質-いわゆる環境ホルモンやその他の有害物質の曝露(ばくろ・さらされること)、環境の違いやライフスタイルの変化なども関わっていると考えられますが、このような要因については原因を解明することは容易ではありません。しかし実際のところ、精子の質は数十年前と比べると全世界的に悪化しているといわれています。これは国際共同研究などでも報告されているところです。

世間一般の認識として、本来はやはり自然妊娠が望ましいというデファクトスタンダード(事実上の標準)があるため、多くの方が自然妊娠を期待しておられることでしょう。しかし、なかなか妊娠できないということになると、そこで「これは病気なのではないか」という考えが出てきます。

しかし、自然妊娠を取り巻く状況はすでに10〜20年前とはかなり異なってます。そのひとつは晩婚化に伴う出産年齢の高齢化です。私が関わっているあるクリニックでは、初診の平均年齢が30代後半です。そこからART(Assisted Reproductive Technology:体外受精・顕微授精などの高度生殖補助医療)をスタートしても、実際に出産できるのは40歳近くになるということもあります。

そのような状況を考えれば、今や誰もが自然妊娠を望めるというわけではなく、婦人科やレディースクリニックなどでの治療に加えて、男性不妊を扱っている泌尿器科での治療も同時進行で行っていく必要があると考えます。

特に女性については以前からさかんに言われていることですが、男性においてもやはり同じことがいえます。40歳から精子の質がだんだん悪くなる、あるいはDNAの障害が年齢とともに増えるということも、論文として報告されています。

治療が可能な不妊症の原因のひとつに精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)という病気があります。この静脈瘤の手術をすると濃度も運動率も3か月後から改善がみられます。さまざまなデータを解析して改善に関わる予測因子を調べてみたところ、年齢というファクターが非常に重要であることがわかりました。つまり、年齢が若ければ若いほど改善の可能性が高まるということです。

37歳以前とそれ以降でどの程度改善率が違うかということを比較した自身のデータでは、やはり37歳よりも若ければ有意に改善率が高いという結果が出ています。しかし、もちろん37歳以降でも改善しないというわけではありませんし、比較的高齢の方でも有効だという報告もあります。ですから30代後半以降でも精索静脈瘤の手術をする価値はあるのですが、やはりできるだけ早く泌尿器科を受診して治療を開始していただくことが重要です。

男性が不妊治療に介入する時期が遅くなる理由として、まず婦人科でひと通りの治療を試みて妊娠に至らず、その後で来られる方が多いということがあります。そうすると、その間にやはり半年から1年ほど時間が経過してしまいます。ですから、婦人科で最初に精液検査の結果が悪かったときには、男性不妊を扱っている泌尿器科にも同時に来ていただきたいのです。ところが実際には婦人科で精液検査の結果が悪くても、人工授精や顕微授精などいわゆるARTの方向で治療を進めることが多いようです。

しかしたとえ顕微授精を行う場合でも、この精索静脈瘤手術を行うことで顕微授精の成功率が高くなるといわれています。その意味でもなるべく早い段階から同時進行で治療を行っていくべきです。我々の方針としては問い合わせから2週間以内の外来予約、1か月以内の手術を目標に掲げて診療を行い、時間のロスをできるだけ少なくするように努めています。

精子無力症で問題となる運動率を改善するために、コエンザイムQ10とトコフェロール(ビタミンE)を用いています。コエンザイムQ10とビタミンEはともに抗酸化酵素であるという点が重要なポイントです。

精子の中心にある中片部という部分にはミトコンドリアが詰まっていて、そこから得るエネルギーで鞭毛(べんもう)、いわゆる精子の尻尾を動かして前に進んでいると考えられています。このミトコンドリアの中に活性酸素が発生すると、精子の運動率が低下します。

活性酸素と抗酸化作用はシーソーのような関係にあり、活性酸素が多くなり抗酸化作用が少なくなると酸化ストレスが増加します。もともと私たちの体は抗酸化酵素を持ち合わせていますが、精子は抗酸化酵素をためておくようなスペースがないため抗酸化酵素をほとんど持っていません。そのため、酸化ストレスのダメージをダイレクトに受けてしまいます。抗酸化酵素であるビタミンEやコエンザイムQ10の抗酸化作用によって、この酸化ストレスを減らすのが抗酸化療法です。

その中でも特にコエンザイムQ10は有望視されています。最近ではコエンザイムQ10が200mg以上で精子所見の改善がみられ、特に運動精子数が有意に改善したという報告が複数あります。コエンザイムはミトコンドリア系の活性酸素の抗酸化酵素ですから、精子内のミトコンドリアのエネルギーで鞭毛が動いているのであれば、コエンザイムQ10が精子運動率の改善に有効であるということは十分考えられます。

ただし、論文になっているデータの多くが200mg/日以上であるのに対して、ドラッグストアなどで市販されているコエンザイムは含有量が30〜50mgと少なく、効果はあまり期待できません。コエンザイムの吸収は個人差があるため、中には吸収がよく市販のコエンザイムQ10でも効くという方がいる可能性はあります。しかし、おそらくそれはごくわずかの人だろうと思われます。したがって、もしコエンザイムQ10を摂取するのであれば、やはり病院で200mgの医療用のコエンザイムQ10を処方してもらうべきでしょう。

また、内服の治療にもステップアップという考え方があります。私はこのような抗酸化療法を3か月続けて効果がみられない場合には、プラスアルファとして次に述べるホルモン療法を加えるという形をとっています。

ホルモン療法に関して、現在もっとも使われているのはクロミフェンという抗エストロゲン製剤です。この薬はエストロゲンに拮抗的に作用し、ネガティブフィードバックで下垂体からのFSH(Follicle Stimulating Hormone:卵胞刺激ホルモン)、LH(Lutenizing Hormone:黄体形成ホルモン)というゴナドトロピンを増やし、最終的には精巣内のテストステロンを増やす働きをします。また、ホルモン治療でもうひとつ使われる薬として、アロマターゼ阻害薬というものがあります。この薬については記事2の中で詳しくお話しします。

精索静脈瘤の手術は不妊治療において外すことのできない重要なものですが、精索静脈瘤の治療の目的は不妊だけではありません。当院ではおよそ3分の1は違和感のような陰嚢の痛みを訴える方で、それ以外の3分の2が不妊治療となります。

実際の診療における印象としては、そのうち精子不動症と呼ばれる精子無力症で運動率だけが低い方が3分の1、乏精子症無力症といって運動率と濃度がともに低い方が3分の1、そして乏精子症といって濃度だけが低い方が3分の1ぐらいであり、精索静脈瘤のある方は精子運動率が低い傾向があります。

精索静脈瘤の手術には以下の4つの方法があります。

  1. 高位結紮術:腹部(へその脇)を切開し、腎臓に近いほうの精巣静脈を縛る方法。
  2. 低位結紮術:鼠径部(そけいぶ・足の付け根のあたり)の小切開で精巣に近いほうの静脈を結紮する方法。
  3. 腹腔鏡下手術:腹腔鏡を使ってお腹の中の精巣静脈を縛る方法。
  4. 経皮的静脈塞栓術:放射線科で精巣静脈に塞栓物質(コイルなど)を詰める方法。

(帝京大学医学部附属病院 泌尿器科ホームページより引用、一部改変)

我々はこのうち2番目の低位結紮(けっさつ)術を推奨しています。中でも顕微鏡を使用して手術する「顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術」は、静脈の切断とリンパ管・動脈の温存が確実にできるためもっとも手術成績が優れており、合併症も少ないとされています。データとしては手術後8割強の方に精液の質の改善がみられ、陰嚢部痛に対しては約9割の方に改善がみられました。

精索静脈瘤の手術にはいくつかの方法がありますが、中でも顕微鏡下低位結紮術は日帰り手術も可能なほど低侵襲な手術です。一方、難易度に個人差があり術者によって成績が大きく変わる特殊な手術です。泌尿器科医は本来、顕微鏡手術のトレーニングを受けていません。

しかし、精索静脈瘤の顕微鏡下低位結紮術術を満足なレベルで執刀するには医師として早い段階で顕微鏡手術のトレーニングを受け、さらにその後も経験を積むことが要求されます。とはいえ、このようなキャリアデザインは一般的な泌尿器科医のそれとは一線を画しており、これを十分に経験した泌尿器科医は日本全国でも非常に少ないです。2回目の手術は難しくなるため、最初に十分経験のある医師を選んでいただければと思います。

また、精索静脈瘤には酸化ストレスも大きく関わっています。先に述べたように手術を受ける方のうち約3分の1は陰嚢部の痛みよるものですが、この方たちは精液所見には特に問題はありません。実は男性のおよそ12人に1人はある程度の精索静脈瘤があるといわれていますが、その方たち全員が男性不妊になるというわけではありません。静脈瘤があっても精液検査で正常な方もいるわけです。

そこで帝京大学医学部付属病院で手術をした精索静脈瘤の患者さんの抗酸化能力を調べてみたところ、下図のように総運動精子数と精液中の抗酸化力に正の関連(Positive association)がみられました。

木村将貴先生ご提供
(資料提供:木村将貴先生)

つまり、同じ精索静脈瘤の患者さんであっても酸化ストレスに対して強力な抗酸化能力を持っている方は精液の質に問題がないのだと考えられるのです。もともと持っている抗酸化能力が大いに影響するからこそ、精索静脈瘤の治療・手術をすれば活性酸素の発生も低下し、抗酸化能力も良くなるのだと考えられます。

また、手術によって陰嚢部の違和感や痛みなどは消失しますが、それまで温かかった精巣が冷めたような気がする、というように温度の低下を自覚する方もいます。

我々は自然妊娠できる可能性を総運動精子数というもので判断しています。

総運動精子数=精液量(ml×濃度(106/ml×運動率(%)

また、その数値によってどのような治療を目指すかはおおよそ以下のようになります。

  • 2,000万以上:タイミング療法(自然妊娠)
  • 1,000万〜2,000万:人工授精
  • 500万〜1,000万:体外受精
  • 500万以下:顕微授精

したがって、自然妊娠を目指すのであれば少なくとも総運動精子数2,000万以上が目安となります。

しかし、たとえばWHOの正常基準値の下限で掛け合わせて計算すると、総運動精子数は900万となります。これは上記の目安からいえば体外受精レベルということになります。精液検査の結果に対して婦人科で問題がないといっても、我々泌尿器科の男性不妊外来での捉え方とはニュアンスが異なる部分があるということです。

精液の基準値はあくまで基準値であって絶対値ではありません。にもかかわらず、多くの方があまりに数字にとらわれすぎているのではないかと感じています。そういった部分もあるため、泌尿器科ではすべてチェックして前進運動精子数なども見たうえで総合的な判断をしています。

我々の提携先のクリニックのデータでは、低位結紮術による精索静脈瘤手術の結果、50%近くの方はステップダウンが可能でした。つまり体外受精の対象だった方が人工授精に移行でき、人工授精の対象だった方がタイミング療法による妊娠を目指すことができるようになったというデータが出ているのです。術後、妊娠できるまでやはり3〜6か月は待っていただきたいのですが、男性の取り組みによって不妊治療のステップダウンが可能になるという点はとても重要です。

ただし、現状では年齢の問題もあるため、やはり自然妊娠を望めるのは女性の母体が若い場合が多いということは否めません。これは男性の側も同じことがいえます。したがって高齢の場合、現在の流れとしてはART(Assisted Reproductive Technology:体外受精・顕微授精などの高度生殖補助医療)を並行しつつ、精索静脈瘤の手術などで効果があればステップダウンを目指すということになります。やはり人それぞれで条件は異なりますので、自然妊娠にこだわるのではなく、場合によってはARTの中で考えていくということも重要です。

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