インタビュー

がん患者さんに2.5人称の医療を。サイコオンコロジーで出会った患者さんから学んだ「人の持つ力」

がん患者さんに2.5人称の医療を。サイコオンコロジーで出会った患者さんから学んだ「人の持つ力」
明智 龍男 先生

名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセ...

明智 龍男 先生

この記事の最終更新は2016年10月28日です。

サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の重要性ーがん患者さんの“こころ”を通してがん治療をサポートする」では、サイコオンコロジーとは何か、その重要性について解説しました。しかし実際の診療ではサイコオンコロジーはどのように生かされているのでしょうか。日本におけるサイコオンコロジーの第一線で活躍され、精神腫瘍医でもある名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野教授の明智龍男先生に、ご自身の経験とサイコオンコロジーの実践や啓発などについてお話しいただきました。

 

私は「2.5人称の医療」を心がけて、臨床医として日々診療を行っています。この言葉は、ノンフィクション作家である柳田邦男氏の『犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日』(文藝春秋)に出てくる「2.5人称の視点」から取ったものです。この本のなかで、柳田氏は生と死の人称性についてこう語っています。

1人称は自分(自分の死)。

2人称は家族などの身近な人(愛する家族の死)。

3人称は専門家(医師)など客観的にみる人(他人の死)。

医師などの医療従事者は通常3人称で、2人称である患者さんの家族にはなれません。柳田氏が推奨されている「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」というふうに患者さんにもう一歩歩み寄って考えるのが2.5人称の医療です。医師には冷静さが重要ですが、同様に家族に接するような温かさも重要です。私は柳田さんの著書に感銘し、以降この言葉を忘れないようにしています。

たとえば自分の家族だったらAということをするのに、実際の患者さんにはBをしようとしているといったときは何か自身の中におかしいことが起きているのかもと感じることが大切だと思います。

 

今までいろんながん患者さんの心のケアに従事してきましたが、特に印象に残っている患者さんがいます。石川洋明先生という、前立腺がんを患った方でした。彼は私と同じ名古屋市立大学の人文社会学部の教授で、私がみていた患者さんであると同時に同じ大学で働く同僚のひとりでもありました。

石川先生に進行した前立腺がんが見つかったのは2008年のこと。その後、がん治療に励みながら教鞭をとっていましたが、2012年にある出来事が起こりました。当時精神的な病を患っていた彼の奥さんが、その苦悩の中で無理心中を図り息子さんを殺めてしまったのです。そして執行猶予付き有罪判決を受けた奥さんは、その後自ら命を絶ってしまいました。

こうした重なる悲劇に見舞われ、加えて主治医が「生きているのが不思議な状態」というほど病状が悪くなっていたにもかかわらず、最期まで彼は家族への愛情を忘れず、そして熱心に教室に立ち続けました。

愛する妻子の度重なる死、自身のがんとの闘いと普通であればくじけてしまいそうな現実に立ち向かう様子を間近でみていた私は、そのとき「こんな状態でも人は希望を持って生きることができるのか」と衝撃を受けました。石川先生の診療を通じて、「人の持つ力」を強く感じたのです。

石川先生の例以外にも、苦境を乗り越えながらがん治療に励む患者さんを多くみてきました。亡くなられた方もたくさんおられますが、もちろんなかにはがんを克服し、元気に過ごされている方もいらっしゃいます。

ときには薬物療法などで治療をすることもありますが、一番大切なのは患者さんの回復力を信じて患者さんの話をお聴きし、ご本人の力で乗り越えていけるよう傍らに居続けることだと思います。自身の経験を忘れないように、患者さん一人ひとりを大切にした2.5人称の医療をこれからも実践していきたいと考えています。

 

私は現在、臨床医として実際に診療する立場、大学人としてサイコオンコロジーを研究・教育する立場、日本サイコオンコロジー学会の代表理事としてサイコオンコロジーに関しての社会活動をする立場、という大きくわけて3つの立場でサイコオンコロジーに関わっています。

先ほども述べた「2.5人称の医療」を大切にした診療と、「自律・恩恵・無害・公平」といった臨床倫理でいう4つの原則を念頭においた診療、そして初心を忘れない診療を心がけています。

私が国立がんセンター精神科にいたころの衝撃は大きいものでした。当時30代だった私と同年代の方や10代の方もがんで亡くなる日々で、自分の病状よりも家族のことを気にかけながら亡くなる若い青年もいました。

患者さんが診察で話されることはその経験されていることのごくごく一部で、どこか医師に遠慮しているところがあります。そこで私は日々の診療だけではわからないこともあると強く感じ、がん闘病記などの本も参考にして患者さんの本音や心理を知るように努めています。

基礎研究もとても大切だと思いますが、私自身は、臨床に有用なエビデンスを“創る”ことのできる研究者でありたいと思っています。目の前にいる患者さんだけでなく、研究で得た知見を通して多くの方にその知見を利用してもらい治療に役立ててほしいです。そのために地道に研究を続けています。

また、一人の先輩医師として若い医療従事者の育成にも努めています。私たちの医局では臨床における課題を持ち寄って研修医と指導医が一緒になったグループを作り、上下関係なく話し合いながら解決方法を探る全員参加型のスモールグループディスカッションなど、座学以外の教育も工夫して豊富に実践しています。

医局内にとどまらず、サイコオンコロジーを世に広めるための活動として、一般社団法人日本サイコオンコロジー学会の代表理事も務めています。サイコオンコロジーはまだまだ日本に浸透しているとはいえません。そこで一般の方、医療従事者の双方にサイコオンコロジーについて知ってもらいたいと日々活動に勤しんでいます。

日本サイコオンコロジー学会の会員数は現在2000名弱程度で、医師のほかにも看護師や臨床心理士の方などが在籍しています。多職種の学会のため各職種の研修セミナーも多く開催し、内容も座学だけでなくロールプレイをとり入れるなどより実際の臨床に役立てることができるようなものにしています。

地道な活動ではありますが徐々に会員を増やし、一人でも多くの医療従事者がサイコオンコロジーに関わってサイコオンコロジーの知見を治療に生かしてもらえれば、という思いを強く持って啓発をしています。

 

一般の方には、サイコオンコロジーという領域があり、がん患者さんの“こころ”をしっかり考えている医師や看護師、心理士などの医療従事者がいることをまず知ってほしいと思います。もちろんがんを治すためのベストな治療を受けることが一番ですが、がんは精神的にもつらい思いをするものです。それをサポートする学会があり、そしてそういった役割を担う医療従事者も少しずつではありますが増えつつありますので、何かあったら援助を求めてくださればと思います。

実際、がん対策基本法が制定されてからがん対策は飛躍的に進んでいます。がん診療連携拠点病院に指定されている病院には、常勤・非常勤含めて必ず精神科医や心療内科医などの精神腫瘍医が置かれることになっています。そのためがんに関わる心の問題で悩むことがあれば、ぜひ相談をしてみてください。

また医療従事者の方もサイコオンコロジーを知り一緒にこの分野を学んで実践してくだされば、これほど嬉しいことはありません。

 
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  • 名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授

    明智 龍男 先生

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