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インタビュー

消化性潰瘍を繰り返す膵・消化管NETの代表的症候群「ガストリノーマ」の診断と治療

消化性潰瘍を繰り返す膵・消化管NETの代表的症候群「ガストリノーマ」の診断と治療
今村 正之 先生

関西電力病院 学術顧問、関西電力病院神経内分泌腫瘍センター センター長、京都大学 名誉教授

今村 正之 先生

この記事の最終更新は2016年12月16日です。

関西電力病院学術顧問/神経内分泌腫瘍センター長の今村正之先生は、世界に先駆けてガストリノーマの局在診断法を開発し、膵臓に多いと思われていたガストリノーマが十二指腸に発生することが多いことを明らかにしました。その局在診断法は、その後インスリノーマやVIPオーマにも役立つことがあきらかになり、機能性NETの局在診断が難しい場合には世界的に用いられています。今回の記事では、現在に至るまで35年以上もの間神経内分泌腫瘍に関する研究を続けてこられた今村正之先生に、神経内分泌腫瘍と多発性内分泌腫瘍症の関係、そしてこの病気を発見するために重要なガストリノーマの早期発見のポイントについてお話しいただきました。

神経内分泌腫瘍とは、人体の様々な部位に広く分泌している「神経内分泌細胞」という細胞から発生する腫瘍のことを指します。

神経内分泌細胞の構造

神経内分泌腫瘍は、腫瘍から分泌されるホルモンが人体に影響を与えて、特徴的なホルモン症状(例えば低血糖や胃酸の過剰分泌、または痛みを伴う皮膚紅班と糖尿病、または激しい下痢など)で患者さんを苦しめているかどうかで2種類に分類されます。ホルモンによる症状があるタイプは「機能性NET」、症状が現れないタイプは「非機能性NET」とそれぞれ呼ばれています。

神経内分泌腫瘍(NET)のうち、ホルモン症状などで患者さんを苦しめない非機能性NETは全身のあらゆる臓器に発生する恐れがあります。しかし、ホルモン症状で患者さんを苦しめる機能性NETは膵臓と十二指腸付近に発生することが多く、低血糖で意識障害などが起こるインスリノーマや、痛みを伴う紅斑や糖尿病を起こすグルカゴノーマは膵臓にのみ発生します。

一方、数十年前には膵臓に多く発生すると考えられていた、胃酸の過剰分泌により逆流性食道炎消化性潰瘍を引き起こすガストリノーマは、膵臓より十二指腸に多く発生し、卵巣や肝臓、まれに心臓の付近に発生することが知られています。また、VIPオーマ(「VIP」というホルモンを分泌する腫瘍。激しい下痢で脱水症状を引き起こし、ときに患者さんが亡くなることもある)は十二指腸と膵臓やその他の腸に発生します。そのため、ホルモン症状が発生する機能性NETの局在診断はとても難しいのです。

また、神経内分泌腫瘍(NET)は遺伝性の病気に合併して発生することがあり、中でも多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)という遺伝性の病気を持つ方に多く発生します。この場合には副甲状腺の機能亢進症と下垂体腫瘍を伴ったり、消化器NETも多発していることが多く、通常の神経内分泌腫瘍(NET)とは治療法が異なってきます。ですから神経内分泌腫瘍(NET)と診断されたときには、遺伝性疾患に伴う神経内分泌腫瘍(NET)ではないかを必ず確認する必要があります。

機能性NETの症状は腫瘍がある場所によって異なります。ホルモンの種類と症状の関連を述べると、①インスリンによる低血糖症状と意識障害など、②ガストリンによる消化性潰瘍逆流性食道炎など、③グルカゴンによる皮膚紅班と著明な痩せ、④VIPというホルモンによる激しい下痢、⑤セロトニンによるカルチノイド症状(動悸、腹痛、貧血、心臓の弁膜疾患、喘息用発作)などが生じます。

機能性神経内分泌腫瘍(NET)

日本人で最も多い機能性NETはインスリノーマです。この腫瘍はインスリンを過剰分泌するため、低血糖や失神、震え、発汗、動悸、頭痛などの症状が現れます。それらの症状からインスリノーマを診断するのですが、診断がなかなか付かないことが多いのです。

その他腫瘍から過剰分泌されるホルモンに応じて、下記の7つの症候群が起こることが知られています。

<神経内分泌腫瘍における症候群の種類>

  1. インスリノーマ
  2. ガストリノーマ(ゾリンジャー・エリソン症候群)
  3. VIP(血管作動性腸管ペプチド)オーマ
  4. グルカゴノーマ
  5. セロトニン産生腫瘍(カルチノイド症候群)
  6. ソマトスタチノーマ
  7. 異所性ACTH症候群

神経内分泌腫瘍を発症する遺伝性疾患には、多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)、von Hippel-Lindau 病(VHL)、神経線維腫症1型(NF1,von Recklinghausen病)、結節性硬化症(TSC)などがありますが、一番多いのがMEN1です。これは、下垂体腫瘍と副甲状腺機能亢進症と膵・十二指腸領域の腫瘍が、同時にあるいは別々の時期に発生する遺伝性の病気です。

MEN1は腫瘍抑制遺伝子(細胞のがん化を防ぐ遺伝子)、MEN2は癌原遺伝子RETという遺伝子の変異によって、いくつかの臓器に腫瘍性変化が起こります。

患者さんの予後に影響するのは膵臓や十二指腸に発生する神経内分泌腫瘍(NET)と考えられています。

膵臓や十二指腸に発生する神経内分泌腫瘍(NET)の約10%は多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)のほうに発生していて、多発性内分泌腫瘍症1型の人の約60%に膵・十二指腸NETが発生していることがわかっています。

膵・消化管NETが見つかったときに、MEN1に関連しているかどうか鑑別診断するために最も簡便なことは、患者さんの両親や兄弟に同じような病気がなかったかどうかを調べるとともに、血清カルシウムの値が高くないか、血液中の副甲状腺ホルモンの値が高くないかを調べることです。MEN1の患者さんでは副甲状腺の機能亢進が90%以上に起こっているからです。

もしも血清カルシウム値と副甲状腺ホルモンの値が高ければ、MEN1の可能性が非常に高まります。家族の方に同じ症状の病気がない場合には、その方が「発端者」つまりその方から遺伝性疾患が始まることになります。

下垂体腫瘍はMEN1の約40%に発生するといわれています。これは良性の場合が多く、薬で治療できます。

副甲状腺機能亢進症を生じた場合はカルシウムが血液中に放出され、高カルシウム血症から骨粗しょう症による骨折や尿管結石などをきたすほかに、倦怠感、錯乱、意識障害、多尿、腎不全、血圧上昇、嘔吐などの激しい症状が出現して多臓器疾患に発展し、最悪の場合死亡することもあります。治療は副甲状腺の切除術です。副甲状腺を全て切除して、一部を皮下に移植する方法と副甲状腺の一部を残す亜全摘術の二つの術式があります。

日本では機能性膵・消化管NETとしてインスリノーマが一番多く発生していますが、次に多いのがガストリノーマです。

ガストリノーマは強力な胃酸分泌ホルモンであるガストリンを大量に分泌し、この結果胃酸が絶えず分泌されて十二指腸潰瘍胃潰瘍が穿孔することも多く、治療困難な病気です。最初に記載した外科医の名前にちなんでゾリンジャー・エリソン症候群といわれていました。

現在ではプロトンポンプ阻害薬が開発されており、薬で胃酸分泌を制御できるので、消化性潰瘍の発生を抑えることができます。しかし、膵臓に発生するガストリノーマは肝臓に転移しやすいので、根治のためにはガストリノーマを切除するのが一番良い治療ということになります。

胃の出口に近い領域の粘膜には、「ガストリン」という胃酸分泌細胞を刺激して胃酸を分泌させるホルモンを分泌する細胞(G細胞)があり、G細胞が胃酸の分泌をコントロールしています。

正常なG細胞は、胃の出口付近の粘膜がアルカリ性になったときに、ガストリンを血液中に分泌します。すると分泌されたガストリンは胃の食道に近い領域にある壁細胞という胃酸を分泌する細胞を刺激して、胃酸を胃の中に分泌させます。食事をして食物が胃の中に入ると、胃の出口付近の粘膜はアルカリ性になりますから、胃酸が分泌されることになります。食物が胃から十二指腸に移動して胃の中が再び酸性になるとG細胞からのガストリン分泌は止まるので、胃酸もそれ以上出ることはありません。空腹時には胃酸分泌量は減っているのです。このことを、ガストリン分泌と胃酸分泌との間にfeed-back機構が存在するといいます。

しかし、膵・消化管NETに多くみられるガストリノーマ(ゾリンジャー・エリソン症候群)の場合は、ガストリノーマが正常の胃酸分泌サイクルと無関係にガストリンを血液中に常に分泌し続けるため、胃や十二指腸、腸の一部が常に胃酸に晒されてしまい、消化性潰瘍が発生して、治療しないと穿孔して腹膜炎になります。

左:正常の胃酸分泌メカニズム、右:ゾリンジャー・エリソン症候群の胃酸分泌メカニズム

多くの場合は下痢(過剰分泌された胃酸が十二指腸に流れて小腸内のpHが酸性に傾くことで脂肪性の下痢を生じる)から始まり、次いで消化性潰瘍や潰瘍の合併症に伴う心窩部痛、出血、穿孔、激しい食道炎・狭窄などの症状が徐々に現れます。さらに進行すると、穿孔性腹膜炎などが起こる恐れもあります。

ガストリノーマは膵臓または十二指腸にできる腫瘍です。

実はかつて、ガストリノーマは膵臓のみに発生すると考えられていました。しかし、私たちが開発したSASI testによる局在診断法によってガストリノーマ切除術が多く行われるようになり、切除された標本を詳しく調べた結果、次のことがわかりました。

  • ガストリノーマは膵臓より十二指腸に多く発生する
  • ゾリンジャー・エリソン症候群を発症することが多いMEN1の患者さんのガストリノーマは必ず十二指腸に発生していて、そのうち膵臓のガストリノーマを合併している場合が13%程度である

ガストリノーマは非常に小さな段階からホルモン症状を引き起こし、腫瘍が遠隔転移するケースも多いので、全身の検査が必要とされます。検査ではCT、MRI、超音波、血管造影などによる画像診断や、SASI testという方法による局在診断が行われます。

SASI testの概要

SASI testとは、ホルモン分泌を刺激する薬を使ってホルモン産生腫瘍を栄養している動脈がどの動脈であるかを診断することにより、膵・十二指腸領域に発生するホルモン産生腫瘍の存在する場所を見つける方法です。

膵・十二指腸領域を栄養している動脈は、胃十二指腸動脈と上腸間膜動脈、そして脾動脈の3つです。腹部動脈造影法に使われる動脈カテーテルからホルモン分泌刺激薬(セクレチンやカルシウム液)を注入し、刺激されてホルモンが分泌されたかどうかを判定するために、あらかじめ挿入されている肝静脈カテーテルから、注射前、20、40、60秒後に採血をして、肝静脈血液中のガストリン濃度の変化を測定します。

40秒後にガストリンの値が上昇した場合に、その栄養動脈はガストリノーマを栄養していると判定できます。

この検査は小さな腫瘍がどこにあるか判断がつかない場合に極めて有用な検査として、国際的に使用されていて、今村法と呼ばれています。

MEN1に伴うガストリノーマではない場合は、手術で腫瘍を切除することにより、治療が見込めます。手術で腫瘍のすべてが採り切れなかった場合や手術が不可能な場合は薬物療法が適応されます。

MEN1の患者さんのガストリノーマは十二指腸に発生することが多いので、SASI testに基づいた根治術が適切です。しかし、日本とヨーロッパでは根治術がよく行われていますが、米国では様々な理由からMEN1の患者さんに対してあまり治療しない様子が伺われます。

薬物療法としては、抗NET薬としてストレプトゾシンや分子標的薬が使われます。胃酸分泌を抑制するためには、プロトンポンプ阻害薬が非常に有用で、消化管潰瘍などの制御ができます。

1987年に私がガストリノーマに関する研究結果を発表してから、通常の画像診断法を用いて腫瘍が描出できない場合でもSASI testでガストリノーマの局在診断が可能となったため、国際的にガストリノーマやインスリノーマの根治手術例が増え、機能性膵・十二指腸NETの様々な病態が解ってきました。

画像診断法も進歩を遂げてきていますが、まだ十分とはいえません。SASI testでは、画像診断法で診断できない小さな機能性NETや小さなインスリノーマ、成人ネジヂオブラストーシス(膵臓内のランゲルハンス島の過形成と増殖を来たす疾患)の局在診断もできるため、根治的切除術のための術前診断法として有用です。記事1『神経内分泌腫瘍(NET)の診断技術と最新治療の導入に向けた課題と専門医の取り組み』でも述べましたが、引き続き神経内分泌腫瘍や各種症候群診療の啓発活動を進めていくことが重要だと考えます。

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