妊婦さんのうち、流産を経験する方は全体の約15%、二度目の流産を経験する方は約5%いるといわれます。流産や死産を繰り返し、胎児がお腹の中でうまく育たない状態が続くことを「不育症」と呼びます。
不育症の原因は多岐にわたりますが、抗リン脂質抗体症候群の女性は不育症になるリスクが高いことがわかっています。しかし、一般的にはもちろん医療者のなかでも抗リン脂質抗体症候群による不育症について正しく理解している方は少なく、安易な診断から間違った治療を受けている方も多いと言われています。今回は抗リン脂質抗体症候群による不育症の症状と治療を中心に、名古屋市大学大学院産婦人科教授の杉浦真弓先生にお話いただきました。
不育症とは、妊娠はするけれど、流産(妊娠22週未満での妊娠の中断)、死産(妊娠12週以降の胎児の死亡)を繰り返してしまい、結果的に生児が得られない状態のことをいいます。あくまで「繰り返す」という習慣性を差し、2回流産・死産すると不育症、というような回数の指定はありません。
また、流産を2回繰り返すことを反復流産、3回以上連続して繰り返すことを習慣流産と言いますが、これらも不育症に含まれます。一方、1回の流産・死産・早産は不育症に該当しません。
不育症の原因は主に4つあります。子宮の形が本来と異なる「子宮奇形」、夫婦の染色体に異常のある「夫婦の染色体均衡型転座」、胎児の染色体に異常のある「胎児の染色体数的異常」そして「抗リン脂質抗体症候群」です。これらの不育症の原因のなかで、抗リン脂質抗体症候群は唯一治療ができる病気であり、正しく治療をすれば流産、死産を予防できる可能性があります。
抗リン脂質抗体症候群とは、抗リン脂質抗体を持っている方にみられる自己免疫疾患(体内にある免疫機能が誤って自分自身の組織を攻撃してしまう病気)の一種です。
(詳しくは『抗リン脂質抗体症候群とは?血栓症や脳梗塞の原因になる自己免疫疾患』をご参照ください。)
抗リン脂質抗体症候群は、「不育症」のほかにも、血管内に血栓が発生する「血栓症」を発症することがあります。
抗リン脂質抗体症候群になると血栓ができやすくなります。そのため以前までは、妊娠中に胎盤に血栓ができることで不育症に罹患すると考えられていました。しかし、近年の研究の結果、流産してしまった抗リン脂質抗体症候群の患者さんの胎盤には、必ずしも血栓ができるわけではないことがわかったのです。
現在、抗リン脂質抗体症候群の患者さんが妊娠すると、胎盤を作るトロホプラストという毛細細胞に障害が起こり、胎盤が本来持つ働きを失ってしまうせいで不育症になるのではないかと考えられています。
また、抗リン脂質抗体症候群による不育症の特徴として、初期流産(妊娠12週未満の流産)よりも、子宮内胎児死亡(妊娠12週以降の死産)で生児を得られない場合が多いことが挙げられます。
抗リン脂質抗体症候群かどうかを調べるには、「ループスアンチコアグラント」という検査の信頼性が最も高いです。「ループスアンチコアグラント」は血液凝固能検査の一種です。また、国内で測定できるループスアンチコアグラントには「リン脂質中和法」と「蛇毒法」の2種類があります。この2つは検査に使用する薬剤が異なります。
リン脂質中和法は日本に導入されてからまだ5年ほど(2017年現在)と歴史が浅い検査方法です。日本の多くの施設では蛇毒法のみ取り入れており、両方とも実施している施設は10%未満にとどまります。しかし、国際抗リン脂質抗体学会では、2種類以上の検査を受けないと原因を取りこぼす可能性があると発表しており、2つ以上の検査を受けることをお勧めします。
抗リン脂質抗体の検査を受け、抗リン脂質抗体が「陽性」という結果が出る方は、全体の約10%ほどです。しかし、この時点では抗リン脂質抗体症候群とは診断されません。12週間経過をみて、持続性がある(陽性の状態が継続する)ことを確認してから、抗リン脂質抗体症候群と診断されます。
抗リン脂質抗体症候群と診断される患者さんは陽性と判定された方のうち半数ほどです。抗体が陽性というだけであれば、無治療で出産に成功した症例も多々あります。抗リン脂質抗体症候群と診断された場合、治療を受ける必要がありますが、まずは、ご自身の検査結果や今までの妊娠歴をよく考えてから、信頼できる医師のもとで治療を行ってください。
ループスアンチコアグラントでは、リン脂質中和法、蛇毒法のどちらか一方にしか保険適用されません。そのため、両方の検査を受ける場合、どちらかは自費で受けることになります。
現在の法律では混合診療が認められていないため、保険適用される検査とされない検査を一度に行うと、すべて自費となってしまいます。そのため名古屋市立大学病院では、患者さんの金銭的負担を極力減らすために、リン脂質中和法を保険診療で受けていただき、後日、蛇毒法を自由診療で受けてもらいただくようにしています。
また、名古屋市立大学病院では臨床研究として、私が編み出した「杉浦法」という検査方法も実施しています。「杉浦法」は研究に参加していただくということで、無料で検査を実施しています。
検査で陽性となり、なおかつ持続性がみられ抗リン脂質抗体症候群と診断された場合、アスピリンとヘパリンカルシウムの2種類の薬を使い治療します。抗体価(抗原に対して生産された抗体の数を示す指標)がそれほど高くなければ治療成績は良好で、70~80%の患者さんの流産・死産予防につながります。治療により出産に成功した方も多くいらっしゃいます。
アスピリンは経口薬(飲み薬)で、妊娠がわかった時点ですぐに飲みはじめます。アスピリンには血を固まりにくくする作用があるため、分娩時出血増加を考慮して、36週目で服用を中止します。
一方、ヘパリンカルシウムは注射薬です。アスピリンと共に使用を開始し、分娩の前日および分娩が終わってからも使用を続けます。朝・晩2回ご自分で注射を打つので多少のトレーニングが必要ですが、1~2日でマスターできます。
また、抗リン脂質抗体症候群と診断された場合、アスピリン・ヘパリンカルシウムの併用治療は保険が適用されます。
通常、アスピリンとヘパリンカルシウムは、しっかりと検査をして抗リン脂質抗体症候群と診断されてから投与を開始すべきです。しかし近頃は検査を行わず、つまり不育症の原因が本当に抗リン脂質抗体症候群なのかがわからないままアスピリンとヘパリンカルシウムを処方する医療施設が存在し、問題となっています。
不育症の原因が抗リン脂質抗体症候群でない場合、アスピリンとヘパリンカルシウムを使用しても有効性はありません。これでは過剰治療になってしまいます。また、抗リン脂質抗体症候群と診断されない限り、治療に保険は適用されません。効果のない薬を自費で使い続けることは、金銭的にも大きな負担です。
不育症の治療を受ける場合、まずは適切な検査を受けて、原因が抗リン脂質抗体症候群かどうかを調べましょう。患者さんも「自分は抗リン脂質抗体症候群だからアスピリンとヘパリンカルシウムを使用している」ということを、医師とのコミュニケーションの中でしっかり確認することが重要です。
名古屋市立大学 医学研究科産科婦人科学分野
杉浦 真弓 先生の所属医療機関
関連の医療相談が10件あります
片手の痺れのような違和感
数時間前から左手の指に、若干じんわりするような感覚があります。 無意識に左手に重心がかかるような体勢を とっていたのが不明ですが、 気持ち悪い感覚です。 痺れとまではいかないような気がするのですが、ジンジンするような微妙な感覚があります。 ネットで調べると、脳梗塞の予兆だとか ネガティブなことばかり出てきて不安です。 一時的なものだとしたら特に問題はないとも思うのですが、 その場合だと、大体どのくらいで解消するのでしょうか? またこの鈍い感覚が解消せずに、 どのくらい続いたら 受診するべきなのでしょうか? 緊急を要する者なのでしょうか? ご返信いただけると幸いです。
目眩、浮遊感、頭痛、身体の痛み、疲労感
1年前から偏頭痛あり、近医内科でトリプトファン処方され頓服対応。ここ半年以上は内服なく経過。疲労時に症状悪化の自覚あった。 今回は2-3週前から疲労感取れず、週末の休息では回復せず。 頭痛、肩こり、臀部から腰、足の痛み、手の痛み痺れがありストレッチや鎮痛剤(トリプトファン以外にカロナール、ロキソニン、ロキソプロフェン湿布)で対応していたが一時的に症状和らぐも軽快せず。 めまいや浮遊感、気持ち悪さも併せてあり、悪化している印象。 このまま様子をみてよいのかもしくは受診が必要なのか、かかるのであれば何科にかかればいいのか知りたい。
睡眠時無呼吸症候群について
睡眠時無呼吸症候群の症状や検査について教えてください。 ほぼ毎日寝起きの息苦しさ、胸の圧迫感、気管の腫れや痛み、喉のつまり感、鼻詰まりなどのアレルギー症状があります。 だいたい1時間くらいで症状が消えるのですが、たまに1日中続く時もあります。 朝方に息苦しさで目が覚める時もあります。 毎日寝起きが辛すぎて寝るのが嫌になる程です。 心電図や肺のレントゲンは異常なく、肺機能検査で喘息と診断され、吸入薬を使っていますが大きな変化はありません。 病院からは肺のCTを撮ってみるか、体型からは可能性は低いけど睡眠時無呼吸症候群の検査をしてみてもいいかもと言われました。 肺のCTはレントゲンを4回(1回は肺がん健診)撮っても異常がないので息苦しさの原因は肺にはないと思い断りました。 睡眠時無呼吸症候群は私の体型が156センチ、40キロとガリガリなので可能性は低いそうです。 いびきも指摘されたことないし睡眠アプリでもいびきは録音されてないです。 ただ、昼寝をした時(布団以外で寝た時)にたまーに自分のいびきで目が覚める時があるため、毎日じゃなくてもたまにいびきはかいてるみたいです。 息苦しさの原因がわかるなら検査してみるのもありかなと思っているのですが、睡眠時無呼吸症候群の検査はどうやるのでしょうか? 入院して検査するのでしょうか?不眠症でたまに睡眠薬を飲みますが、睡眠薬を飲んで検査はできるのでしょうか? 寝る時、横向きじゃないと絶対に寝れないんですが体勢とか指定されるのでしょうか? そもそも私の今の息苦しさは睡眠時無呼吸症候群でも出る症状なのでしょうか? とにかく苦しくて寝るのも起きるのも苦痛です。
なかなか痛み吐き気が治らない
9月1日から胃痛がおき、レパミピドとコリオパンとピロリ菌に効果ある薬(名前忘れてしまいました。)を飲んでいたのですがあまり回復せず、9月16日に内視鏡することにし、その時にピロリ菌の検査も致しました。 その日からエソメプラゾールとレバミピドを飲み始め19日に痛みが強く再度受診した際に、CTと採血をしました。 CT採血ともに異常はありませんでした。 ここ数日朝方4時か5時ごろくらいから胃痛が始まり起きてしまいます。 その旨も医師に相談したら、寝る前にロキソニンを飲むことを推奨され昨日寝る前に飲んでみたのですが今日も痛みで起こされてしまい、吐き気と痛みが強いです。 精神的なものから来てるのか、ただ逆流性食道炎によるものが強いのか分かりません… 仕事に行けないなどの支障があるので、どうにかしたいのですがこのまま同じクリニックで診てもらったほうがいいのか、または別の大きな病院行った方がいいのか心療内科にかかったほうがいいのか分かりません。 どうかご参考までにご意見聞かせて頂けましたら幸いです。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「不育症」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。