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インタビュー

リンパ節郭清と新しい胃がんの手術 - 内視鏡的切除・腹腔鏡下手術

リンパ節郭清と新しい胃がんの手術 - 内視鏡的切除・腹腔鏡下手術
小寺 泰弘 先生

名古屋大学大学院医学系研究科 消化器外科学 教授、名古屋大学医学部附属病院 病院長

小寺 泰弘 先生

目次
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この記事の最終更新は2017年02月03日です。

胃がんはアジア人に多いがんです。日本では近年やや減少傾向にあるといわれていますが、それでも患者全体の6割を日本・韓国・中国が占めています。胃がんは発見が遅れて切除不能となると、完治が難しくなる恐ろしい病気です。

胃がん患者の多い日本では、たくさんの医師たちが少しでも多くの患者さんを救うために早期発見と治療成績の向上に努めてきました。今回はその中でも胃がんに対する手術療法のエキスパートといわれる名古屋大学大学院医科学系研究科消化器外科教授 小寺泰弘先生にお話をお伺いしました。

日本胃癌学会が作成している「胃癌治療ガイドライン(以下、ガイドライン)」ではがんの転移数や範囲に応じて、進行度を1〜4のステージに分けて診断しています。このステージ評価に応じて、医師はその患者さんに合った治療方法を提案します。

名古屋大学医学部附属病院の場合、胃がんの患者さんには多くの場合まず消化器内科でさらに詳しい検査を受けていただき、がんのステージを診断し、症例検討会で治療方針を検討します。患者さんは胃がんを発見するために既に辛い検査を受けておられますが、これだけではステージ診断や治療方針の判断材料となる情報が足りないことがあるからです。

胃がんの根治を目的とした手術の対象は基本的に胃がん治療のガイドラインに基づくステージ評価で1〜3と診断された患者さんに限られます。ステージ4の場合には根治を目的とした手術ではなく、化学療法、放射線療法、その他の対症療法など、延命や症状の緩和を目的とした最善の治療法を模索することになります。

しかし、近年は一部のステージ4の患者さんに対しても手術治療が有望かもしれないとのデータが出てきており、今後の動向が注目されています。

*ステージ4の患者さんに対する手術治療については記事2『胃がんステージ4の最新治療-ステージ4でも手術は可能?』をご覧ください。

小寺先生

胃がん手術には大きく分けて「内視鏡的切除」「腹腔鏡下手術」「開腹手術」の3種類があります。このうち、最も古くから行われているのが「開腹手術」ですが、近年より侵襲の少ない腹腔鏡下手術の適応が広がっています。以前から胃がんの手術を手掛ける施設は非常に多く、集約化が進んでいない分、他のがんの手術に比べると施設間の技術や知識の水準にばらつきがあると考えられていますが、私たち名古屋大学医学部附属病院では、上記のすべてのタイプの手術について常に世界最高の水準を目指し、精度と安全性を誇っております。

胃がん治療における「リンパ節郭清」とは、胃を栄養する主だった血管をその血管がさらに太い別の血管から分岐する根元の部分で切離し、血管の周囲にまとわりついた内臓脂肪ごと胃を切除する手術です。これにより内臓脂肪の中に含まれるリンパ節も一緒に摘出することができます。

リンパ節への転移が本当にあるかどうかは、このようにして手術で実際に切除した胃と周囲の脂肪を含む標本から手術後にリンパ節を掘り出して検査しなければわかりません。小さなリンパ節の場合、肉眼では一見転移がないように見えても顕微鏡で見てみるとがんが転移している場合があります。そのためCTなどの術前画像診断でリンパ節の転移が明らかではない場合でも、決まった範囲のリンパ節郭清をきちんと行うことでその範囲のリンパ節に潜んでいる可能性のあるがんを取り除くことができ、がんが再発する確率を下げることができます。

リンパ節郭清は日本人にとても適した手術方式だと思います。もともと、郭清という概念自体は欧米で生まれました。がんはリンパ節を通って別の臓器に転移するため、欧米では「がんの手術はリンパ・血管の解剖である」という考え方が生まれました。しかし、その後長期間にわたって、欧米ではわが国と同等の範囲のリンパ節郭清を行う術式は根付きませんでした。

臓器には内臓脂肪がまとわりついているので、開腹しても血管や臓器が鮮明に見えるわけではありません。内臓脂肪を切除してはじめて、解剖図などと同じように主要な血管や内臓が露わになるものなのです。そのため、脂肪の多い欧米人においてはリンパ節郭清のメリットよりも血管や内臓を傷つけたりする結果としてのデメリットが大きくなってしまいがちでした。

一方、日本人は脂肪が少なく、かつ手先が器用で職人気質の外科医が多く、精度の高いリンパ節郭清の手技が定着しました。

数年前まで行われていた術式として、リンパ節郭清の際、同時に胃の脇に位置する脾臓を摘出する術式がありました。脾臓は摘出することによる体への悪影響が少なく、血流が豊富で少しでも傷つけると出血が止まらなくなりがちなため、脾臓の周囲のリンパ節をしっかりと郭清するなら脾臓ごと摘出してしまったほうがよいとされていました。

しかし、近年日本で行われた臨床試験により、脾臓摘出の有無は患者さんの生命予後に寄与せず、むしろ脾臓を摘出する手術操作によって合併症が起きる可能性が高くなることが明らかになりました。そのため、2014年版のガイドラインには脾臓を摘出する術式が胃の上の方にがんができた場合の標準治療として掲載されていますが、この術式を行わないことを推奨する速報が日本胃癌学会のホームページに掲載されました。

脾臓の位置

「内視鏡的切除」とは、いわゆる「胃カメラ」と呼ばれる内視鏡を用いてがんを切除する手術方法です。開腹や腹腔鏡下での手術と比べ患者さんへの負担が少ない点が最大のメリットです。この方法はステージIの胃がんの中でもガイドラインにおける様々な基準を満たす特別に軽度ながんに対して行われます。具体的にはがんの大きさ、深さや細胞のタイプについて決められた条件を満たしている場合に、内視鏡的切除の適応となります。このように適応が厳しく限定されるのは、内視鏡的切除ではリンパ節の郭清が行えないからであり、ここであげた条件を満たしたがんはリンパ節移転の可能性がゼロに等しいと判断されているのです。

「腹腔鏡下手術」はお腹を炭酸ガスで膨らませて、おなかの表面にいくつかの穴を開け、その穴からカメラ・器具などを挿入して行う手術方法です。内視鏡手術同様、低侵襲で術後の回復が早いため注目されています。

近年、内視鏡的切除の適応から外れる早期がんを腹腔鏡下手術で治療する方法が開腹手術と並んでガイドライン上の標準治療に加わりました。腹腔鏡下手術は比較的新しい技術であり、わが国で厳密な意味で開腹手術と比較された長期成績はまだ得られておりませんが、内視鏡的切除と異なりリンパ節郭清が行えるので、きちんとした手術を行えば早期胃がんにおいては開腹手術と同等の高い生存率が得られるものと考えられています。また、胃がんに対して最も広く行われている胃の約3分の2を摘出する術式においては、手術の合併症の頻度や出血量と言った見地からの腹腔鏡下手術の安全性が立証されました。

また最近では早期の胃がんだけでなく、進行がんに対しても試験的に腹腔鏡手術が行われる場合があります。特に腹腔鏡手術をテーマとして研究を進めている施設では進行がんに対しても積極的に腹腔鏡手術を行なっておりますが、名古屋大学医学部附属病院では一定以上の進行度の胃がんにおいてはガイドラインに則った治療方法として「開腹手術」を提案しております。しかし患者さんが腹腔鏡手術を希望されることもあり、その場合には「臨床試験」として十分に利点、欠点をご説明した上で腹腔鏡手術を行うことがあります。

日本や韓国は胃がんの早期発見技術の進歩が目覚ましい国家です。もともとアジア系の民族には胃がんが多く、世界の胃がん人口の6割を日本・韓国・中国が占めています。胃がんはステージ4、すなわち根治を目指した手術の適応がないと診断されると予後が非常に悪く、その場合の平均的な余命は2年に満たないという恐ろしい病気です。そのため、日本は世界の先駆けとなり、早期診断のための健診の普及と診断技術の向上に努めてきました。その点では現時点で同等のレベルにあるのは世界で韓国のみと言えるでしょう。

胃がんの発見技術はバリウム検査の精度向上と内視鏡検査の普及によって達成されたと言えるでしょう。「胃がん検診といえばバリウム」という時代が長く続きましたが、バリウムはあくまで間接的に胃の凹凸を観察するものです。一方、内視鏡検査では胃の中を直接見ることができるので、微妙な色調の違いも分かりますし、さらに小さながんまで発見できるようになりました。

現在の健康診断はバリウム検診が主流になっていますが、内視鏡検査の認知度向上により、個人の希望でこれを行う方も徐々に増えてきています。今後は、内視鏡的切除の対象となる胃がんが見つかるケースがさらに増えていくことと予想され、より負担が少なく予後に期待できる治療が提案できるようになるのではないでしょうか。

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