インタビュー

脳梗塞後の後遺症への治療-「再生医療」という新たなアプローチの可能性

脳梗塞後の後遺症への治療-「再生医療」という新たなアプローチの可能性
寳金 清博 先生

北海道大学大学院保健科学研究院 高次脳機能創発分野 特任教授

寳金 清博 先生

この記事の最終更新は2017年02月28日です。

脳梗塞を発症後、後遺症が残ってしまった患者さんは様々な生活的・社会的苦難を抱えますが、現状、後遺症に対する治療法は限られています。

しかし近年、新たな治療手法として再生医療細胞治療が注目されるようになりました。これらの治療が発展することで後遺症に対する新たな治療法が開発される可能性があります。

脳梗塞後遺症に対する新たな治療アプローチとはどのようなものでしょうか。本記事では北海道大学大学院 医学研究科 神経病態学講座 脳神経外科学分野 教授、寳金清博先生に、脳梗塞後遺症の概要と最新治療の可能性について解説いただきました。

提供:PIXTA

脳梗塞とは、血栓など何らかの理由で脳の血管が詰まることで血液が行き届かなくなり、脳の一部分の細胞が壊死する疾患です。

厚生労働省の発表では、脳卒中による年間死亡者数13万人のうち約6割が脳梗塞であり、患者数は非常に多いです。また、介護が必要になる原因の第1位が脳梗塞です。

日本生活習慣病予防協会より

脳梗塞は閉塞の成り立ちによってアテローム血栓性脳梗塞・心原性脳塞栓症・ラクナ梗塞3種類に分けられます。また一時的に脳の血管が詰まる発作も脳梗塞の一つとみなすことがあります。

頸動脈、頭蓋内動脈に、コレステロールの固まり(アテローム血栓・粥状硬化[じゅくじょうこうか])ができることで、頸動脈が閉塞して詰まる脳梗塞です。

心房細動により心臓の血流によどみができると、血液が固まりやすくなり血栓が形成される場合があります。心原性脳塞栓症はこの血栓が血流にのって脳血管で詰まることで発症する脳梗塞です。

脳の深部にある非常に細かな血管(直径1mm以下の血管)が詰まる脳梗塞です。発症後の自覚症状は少なく、発症に気づけない場合もあります。ラクナとは空白という意味であり、断層撮影検査の画像を見てみるとあたかも空白のような影が見えることからこの疾患名がつきました。

何らかの原因で一時的に脳血管が詰まる病態です。脳梗塞の前触れともいわれます。

脳梗塞は何の前触れもなく、突然症状が現れる場合も多いです。脳梗塞や脳出血の総称である脳卒中の「卒中」には、急速に発生するという意味がありますが、脳梗塞が発症した瞬間から脳の一部で血流が止まり、脳の虚血状態が進行してしまいます。

脳梗塞発症後の早急な治療が求められる期間を急性期と呼びます。発症後4.5時間以内であれば血栓を溶かす血栓溶解療法(t-PA治療)を用いて治療することが可能です。脳梗塞発症後、病状が安定化するには3週間から1か月程度の期間を要することが一般的です。

急性期の次のフェーズを慢性期と呼びます。慢性期ではリハビリテーションと再発予防に向けた治療を主に実施します。

提供:PIXTA

ダメージを受けた脳の部位・範囲によって脳梗塞の後遺症は異なります。それが運動神経に関わる部位であれば手足の麻痺が起き、それが言語を司る部位であれば言語障害が起こります。

脳梗塞の主な後遺症としては次のものが挙げられます。

・痛み

・痺れ

・半身麻痺

・言語障害

嚥下障害

てんかん

・うつ

認知症

脳梗塞・脳出血のいずれかを発症した場合、症状の軽重はあるものの60%の患者さんには何らかの後遺症が残ると報告されています。しかし、脳に障害を受けたあとに自覚できる症状が現れていなくとも、脳細胞にダメージが全く残らないことは論理上ありえないといえます。脳には必要のない部位がないので、どこかに障害があるものの、検査や症状として表れていないだけだと考えられます。そのため、後遺症が残る確率を明確に示すことは難しいと思われます。

提供:PIXTA

脳梗塞の後遺症に対してはリハビリテーション再発防止の薬物治療が主流です。

麻痺、言語障害、認知障害などはリハビリテーションによって回復を目指します。現在では様々な新しい手法が登場しており、例えばロボットによる補助をする・負荷をかける方法や、脳を磁気で刺激する脳磁気刺激などが取り入れられています。

脳梗塞は1年以内に1割、10年以内で5割が再発するというデータがあります。そのため再発抑制を目的に薬剤治療を継続して行います。アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞には抗血小板薬を用いて動脈硬化による血小板血栓ができるリスクを抑えます。また心原性脳塞栓症には抗凝固薬を用いて心臓に血栓ができないよう血液の凝固を抑制します。たとえ脳梗塞の症状を自覚していなくても、薬剤の内服でリスクをコントロールすることが大切です。

寳金清博先生

実際にリハビリテーションによってどれほど回復を望めるのかというデータは明確に示されておらず、また後遺症が回復するメカニズムも解明されていません。現状ではリハビリテーションの期間が約6ヵ月を超える場合では、それ以上の回復を望むことが難しいといわれています。

リハビリのゴールは障害を受ける前の状態に戻すことではなく、それぞれの後遺症を最大限回復させてよりよい日常生活を送ることです。残念ながら一度障害をうけた脳機能が可逆的に戻るというデータは明確に示されていません。

治療法が限られる一方で、後遺症を抱える患者さんは様々な苦悩を抱えています。重度の後遺症では生活面で様々な苦労を抱えることはもちろん、軽度の後遺症でも職場からの解雇を言い渡されることがあります。そのため「後遺症を抱える患者さんは社会的差別を受けている」といえるかもしれません。

そこで脳梗塞の後遺症治療として再生医療が注目されはじめています。

再生医療とは、障害を受けた組織や臓器・生体機能を再生させることで、元の機能を回復させる治療法です。近年、幹細胞・ES細胞・iPS細胞が登場したことで、急速に発展を遂げている治療領域です。これらの治療技術は、これまで実現不可能であった脳梗塞の後遺症を回復させるための最も有効な手法として期待されています。

なかでも患者さん自身の骨髄間質細胞を活用する手法は、ES細胞やiPS細胞に比べ生命倫理的な問題や免疫反応、腫瘍形成などの問題がなく、臨床応用への有用性が高いと考えられています。

骨髄間質細胞を用いた脳梗塞後遺症治療については記事2『再生医療で脳梗塞後遺症を救う~骨髄間質細胞の有用性~』をご覧ください

ここで整理しておきたいことは、再生医療はES細胞やiPS細胞などを用いた細胞治療とイコールではないということです。

細胞治療とは、ES細胞やiPS細胞、幹細胞、患者さん自身の体の細胞を使って行われる治療を指します。ES細胞、iPS細胞などを用いた「細胞治療」と聞くと、臓器や組織を再生させる治療というイメージが強いと思いますが、そうではない治療メカニズムである場合もあります。

例えば細胞自体は間接的に体内ホルモンを増加させているだけで、体内に投与された細胞自体は組織や生体機能の再生に関与しないケースがあります。また白血病に劇的な効果をもたらした免疫療法は、患者さんのT細胞を取り出し、遺伝子組み換えをしたあと、再度体内に戻す治療法です。このような治療法も細胞治療の一つと捉えられます。このように、細胞治療と再生医療は同義語ではなく、この区別は医療従事者の中でもまだ正確に理解されていない部分でしょう。

現状、脳梗塞の後遺症に対する治療法には、下記の細胞を用いた治療法があります。

・ES細胞

・iPS細胞

・自家細胞(患者さん自身の細胞)

・他家細胞(患者さん以外のヒトの細胞)

このなかで、iPS細胞を用いた治療の開発はまだあまり着手されていません。またES細胞にはがんのリスクが高く、実臨床への応用はハードルが高いと考えられています。

これまで脳梗塞の後遺症への治療は確立されていませんでした。そのため脳梗塞は起こってしまったら後遺症が残ってしまって仕方がないものだ、と捉えられていました。

このアンメットニーズを解決するために、世界中の様々な研究機関・企業が治療アプローチを模索してきましたが、どれも臨床への応用が実現していません。次々と着手があきらめられていく中、残された治療手法がこの細胞治療です。細胞治療は、現状で最も見込みのある、残された治療開発領域といえるのです。

この治療領域がさらに発展し、脳梗塞の後遺症の新しい治療アプローチとして臨床に応用されることが期待されています。

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