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がん医療情報の在り方-5年生存率や患者数だけを見ず、その背景を考える

がん医療情報の在り方-5年生存率や患者数だけを見ず、その背景を考える
中釜 斉 先生

国立がん研究センター 理事長

中釜 斉 先生

この記事の最終更新は2017年02月24日です。

がん医療情報の収集と発信を担うがん対策情報センターは、約10年前の2006年に、国立がん研究センターの中核となる組織のひとつとして創設されました。結果、この10年でがんに関する膨大なデータが集まり、私たち一般市民も治療法や専門病院などの情報を受け取ることができるようになりました。しかし、国立がん研究センター理事長の中釜斉先生は、現在でも正しいがん情報は充足しているわけではないとおっしゃいます。

国立がん研究センターが集めるべき情報と、全国民へと発信できる情報の違いについて、中釜先生にご解説いただきました。

かつて日本のがん対策は、対がん10カ年総合戦略と呼ばれる10年計画の形式をとっており、その第一期は1984年に始まりました。がんがどのような病気なのかすら明らかになっていなかった第一期の目標は、「がんの本態解明」でした。

この成果を受けて1994年に始まった第二期では、がんの克服をミッションとし、10年の時をかけて、診断技術や治療法の開発に関する研究などが行われました。

2004年度に始まった第三期に至ると、その目標は克服から「罹患率と死亡率の激減」に変わり、現場での具体的な死亡率低減目標も設定されるようになりました。

「出口」が見えてくる

このように、基礎的な本態解明から始まった日本のがん対策は、徐々に臨床現場(病院)という出口に向かって進んできたという経緯があります。

この間に、「日本にはどのようながんが、どの程度存在するのか」といった情報も、少しずつ蓄積されていきました。

対がん10カ年総合戦略が始まる前の日本には、集約されたがん情報が存在せず、わかっていたことといえば、年間のおおよそのがん罹患者数など、曖昧なものでした。しかし、自国のがんの状況を知る手段がなければ、具体的な対策を立てることもできません。

近年になり、全国的ながんの実態を把握する必要性が盛んに叫ばれるようになり、2016年の1月、遂に「全国がん登録」事業が始まりました。

日本地図

全国がん登録とは、我が国でがんの診断を受けた全ての患者さんのがんに関する情報をひとつに集約し、日本のがんの現状を把握するための仕組みです。

全国的ながん登録は、各患者さんの個人情報を国が扱うという問題も孕むため、事業の実現にたどり着くまでには長い年月を要しました。

そのため日本では、一部府県のみで行われていた登録事業で得た情報のみをもとに、おおよその患者数を推定するという状況が続いていたのです。

また、診断と治療を別の県の病院で受けている患者さんも多いため、正しい罹患率を求めることも困難を極めました。

全国がん登録事業がもう少し早く始まっていれば、どの地域にどのがんが多いかといった実態把握も、もう少し早くできていたのではないかと思われます。

多くの壁を乗り越え、事業開始に漕ぎ着けた理由のひとつには、冒頭でご紹介したがん対策情報センターの10年にわたる貢献も挙げられるでしょう。

国民の間でもがん情報の重要性が叫ばれ始めた2006年に設置されたがん対策情報センターは、開設以来正しい情報を集めること、そして適宜公表していくことに力を注いできました。

がん患者さんをはじめ、多くの方のご尽力により国がん登録が始まり、すべての情報を集約できる体制が整ったことで、日本のがん医療は大きな転機を迎えたといえます。

情報の収集・集計には今後数年の時を要しますが、おそらく2年後には初めてわが国の罹患数の実測値が出ることと考えられます。

現代は様々なレベルの情報が雑多に混在している時代であり、正しい情報のみに的を絞ると、その量は決して充足しているとはいえません。

私たちの扱う医療情報には、「集めねばならない情報」と「発信すべき情報」があり、最近では後者の質が問題視されています。しかし、情報を集めるときにも、それが医学的に正しいものかどうかを吟味することを忘れてはいけません。

では、がんに関する正しい情報とはどこにあるのでしょうか。

現在では全国に427か所のがん診療連携拠点病院、地域がん診療病院などがあり、がん患者の7割以上がこれら拠点病院を受診しています。そのため、拠点病院の院内がん登録により、各地域におけるがん診療の状況を把握できるようになったということができます。

報道者

前項で、各地のがんの実態は、ほとんど正確に把握できるようになったと述べました。これらのデータをもとに、ジャーナリストの方などが様々な解析を加え、情報を発信しています。その末尾には、がん対策情報センターのデータを使用した旨が記されています。

しかしながら、医療情報を取り扱う場合、解釈も医学的に正しい手法に則ったものでなければ、発信される情報は誤った意味合いのものとなってしまいます。

たとえば、2桁や3桁といった数字は、パーセンテージ化して表示するには不十分な数であり、このことからも医療情報の発信者は、統計に関する一定の理解がなくてはならないということができます。

がん対策情報センターでは、がん情報サービスというWEBサイトや冊子を用いて集めた情報を適宜発信しています。

 

全国がん登録
※画像をクリックするとサイトに移動します

 

「がん情報サービス」のコンテンツは、10年前の立ち上げ当初と比べると雲泥の差といわれるほどに充実し、患者さんにとっても容易に参照できる仕組みになりました。

しかし、一括りにがん情報といっても、欲しい情報は人それぞれにより異なります。現在、臓器ごとのがんの特徴を知るページや、そのがんの治療を受けられる病院案内、罹患率や5年生存率といった統計を参照できるページなどがありますが、それでも全てのニーズに応えられているとはいえません。今後拡充が必要な分野の代表例は、「希少がん」に関する情報です。

希少がんとは、年間発生率が人口10万人あたり6例未満と定義されるがんです。日本の総人口である1億人に換算したとしても患者数は全国6000人以下である可能性が高く、全国427拠点で換算すると、1拠点で扱う症例は10例以下ということもあるというわけです。

医療者や研究者にとっては、1桁の数字は参考になるといえるものではなく、これまでは「10例未満」として、実数を表記せずに提示されていました。しかし、患者さんの中には、1例や2例といった数字でも知りたいという方がおられます。

では、このニーズに応え、数字をそのまま出せばよいのでしょうか。ここにも、誤解を招く危険性が潜んでいます。

たとえば、”平成XX年度はA病院が1例、B病院が3例だった”という情報発信をすると、“B病院のほうが多かった”と受け取るユーザーも出てくるでしょう。しかし、1例対3例という小さな数字の場合、翌年にはその大小が逆転していることもあります。

このように、不用意な情報提供が混乱を招くこともあるのです。

仮に、拠点病院Aのあるがんの5年生存率は70%、拠点病院Bは50%だったとしましょう。このとき、情報の受け手はA病院のほうが治療の質がよいと感じてしまう可能性があります。しかし、実際には、B病院は通常の施設では受け入れられない重症例を多くみているということもあります。

また、受診先を選べる都心部と、施設が点在している地域の病院の治療成績を単純に比較することも誤解を呼ぶ原因となります。

ですから、がん対策情報センターは、情報を求める声に真摯に耳を傾けつつ、情報の発信の仕方にも注意していく必要があります。

「正しく、なおかつ誤解を招かない形で情報を出すこと」、これががん対策情報センターの大きな役割といえます。

病院に行く市民

私たちの課題は、国民の皆さんにがん情報サービスを認識していただける取り組むだけにとどまりません。

既に、がん情報サービスから情報を得る過程で不明点が生じたとき、全国427の拠点病院の「がん相談支援センター」へ行けば、適切なアドバイスをするというシステムは確立されています。また、都道府県内のがん相談支援センター同士や、都道府県を取りまとめる都道府県拠点病院のがん相談支援センターとがん対策情報センターの連携もできており、問い合わせることで地域の病院や専門家を紹介する仕組みもできています。

しかしながら、実際にこの仕組みを多くの皆さんに利用していただくところまではたどり着いていません。今後は、体制を整えるだけでなく、それを広く活用していただくための努力が必要です。