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これからの日本の医療のあり方—信友浩一先生と考える

これからの日本の医療のあり方—信友浩一先生と考える
信友 浩一 先生

信友ムラ 、九州大学 名誉教授

信友 浩一 先生

この記事の最終更新は2017年04月03日です。

九州大学名誉教授の信友浩一先生は、診療だけでなく厚生労働省の医系技官として医療政策をリードし、さらには臨床研究を束ね、病院長として病院経営に携わるなど、さまざまな立場から医療の進歩に貢献してきました。信友先生は、今でこそ当たり前のように言われている、生活モデルや地域包括ケア、多職種連携を何十年も前から実践し続けてきました。

そして、自身が積み上げてきた経験を患者さんに還元していくため2012年に「信友ムラ」を開設しました。信友ムラは患者さんが医療を受けている中で感じた疑問や不安を相談するシステムを作っています。今回は信友先生が実際に感じてきた日本の医療の課題や展望と信友ムラの取り組みについてお話を伺いました。

悩む

私は現在に至るまでさまざまな立場から医療に携わってきました。

その中で今、課題に思っていることは、医師と患者さんとの間にある、疾患に対する認識の違いの大きな溝です。

医学を学んでいる立場上、医師は疾患を治すことを目的とし診療にあたります。しかし、医師が疾患に焦点を当てた思考に陥りすぎてしまうと、疾患の完治に注力してしまうあまり、その方の人生や生活、どのような生き方をしたいのかという希望を全く無視した治療を提案してしまうことになりかねません。

患者さんの立場からすれば、苦しみの原因となっているのは疾患そのものや治療だけではなく、症状の緩和、さらには今後の生活・人生に対する不安もあるのです。

患者さんの「患」の字は「気になること(心)が串刺しになる」と書きます。

この漢字が指し示すように、

  • 症状は今後どう推移するのか
  • 治療と生活の両立はできるのか
  • 子育てや仕事、趣味に支障はないだろうか

など、患者さんは文字通り、罹患したことによって生じる不安を数珠繋ぎに募らせるのです。

このような不安を抱えている患者さんを、単に疾患の治療だけに注力している医師が診療してしまうと、患者さんは治療のために自身の生活の多くを諦めなければならず、結果的に医療に振り回される人生を強いられてしまうことにもつながりかねません。

このような摩擦を取り除くには、患者さんの生活モデルに即した医療を提供する必要があるのです。

患者さんが医療に振り回される…このような現象は医療技術の進歩や、衛生環境の改善により、昔と今とで患者さんが罹患する疾患のタイプが大きく変わってきたことにより引き起こされたと考えられます。具体的には人間が罹患する疾患が時代に応じて急性期疾患から慢性期疾患へとシフトしてきたことです。

1960年代までは伝染病・感染症など、治療に1分1秒を争う急性期の患者さんが多い時代でした。急性期疾患は症状が重く、なおかつ適切な治療を早急に施す必要がありました。そうでなければ完治が見込めなかったのです。また、感染症に関しては、時には隔離などをする必要もありました。

つまり、このような急性期疾患の治療にはまさにスピードが重要で、早急な決断を迫られるケースが多くあります。急性期疾患の医療においては、ある意味で医師が「独善的な」治療を行っても許される傾向にありました。それが患者さんにとってもメリットをもたらしていたのです。

しかし近年はこのような急性期疾患よりも、がん糖尿病、リウマチ、うつ病など慢性期の患者さんが多くを占める時代になりました。慢性期疾患は完治が難しいので、罹患した方は適切な治療を受けながら、疾患と末長く付き合っていかなければなりません。がんを慢性期疾患と考える理由は、昔はなかなか治らず、罹患するとすぐに命を落とす人も多かったですが、今や治療が進歩し、かなり長い期間生きながらえることができるからです。

今は、完治の難しい疾患と一生付き合っていくことを考えなければならず、その方の人生が疾患の治療だけに支配されないようにしなくてはなりません。そのためには患者さんは罹患を機にご自身の今後の生活・人生をどう送っていくかを考えます。そして、医師はその希望に耳を傾け、それに適した治療を行っていく必要があります。このような医療こそが「患者視点の医療」といえるでしょう。

急性期疾患から慢性期疾患へと罹患する疾患が変遷してきた今、医師には、疾患のみをみる視点だけでなく、患者さんの生活全体をみる視点で診察する「患者視点の医療」が求められはじめています。

世界的にみてもこの流れは明らかであり、WHOでも1980年から続く疾患の分類から健康状態を把握するICD(international classification of disease:国際疾病分類)に加えて、この分類には当てはまらない生活機能の分類を示すICF(略International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類)という分類が2001年に制定されました。

この分類の制定により、生命を害す疾患だけではなく、生活レベル、人生レベルでの機能を総括して人の暮らしを判断する動きが出てきました。

協力

患者視点の医療を提供するために、私は医療者が施設・職種の垣根を超えて横に手を繋いで協力していく必要があると思っています。

現在の日本の医療現場には地域の病院が手厚い協力体制を組むパブリックマインドドクターという考え方がまだまだ浸透しておらず、各病院が施設完結医療を提供し、施設それぞれがいかに多くの疾患を治療できるかという競争をしている印象があります。

しかし患者さんにとって大切なことは、その施設でどれだけ多くの疾患の治療ができるかではなく、自分が暮らすその「地域」で最善の治療を受けることができるかです。

患者さんのこのようなニーズを踏まえ、近年はPFM(=Patient Flow Management:入院前に患者さんの情報を把握し、患者さんに最適な医療を提供するために病院・診療科の振り分けや地域全体で医療連携の充実を図る取り組み)という考え方が浸透しつつあります。私も福岡市東区を中心にPFMのさきがけとなるような活動を行ってきました。また、看護師を中心として周辺地域がボーダーレスに、より密な医療連携を行うことができるように工夫している地域もあります。

日本政府は2014年より「地域医療構想」といって、患者さんの容態によって高度急性期、急性期、回復期、慢性期とかかる病院を振り分けるシステム作ることを各都道府県に依頼しています。

地域医療構想が機能するようになれば、地域の医師がかかりつけ医(町医者)として周辺に暮らす方々の健康状態を見守り、重篤な疾患に罹患した時には大きな病院を紹介するという構図がスムーズに行われるようになります。

理想としては、かかりつけ医と地域の方々が、契約関係をこえて信頼関係によって結びつくことです。かかりつけ医と地域の方々はいわば生活を共にする仲間です。その間の信頼関係が築かれることによって患者さんは安心し、かかりつけ医にどんなことでも相談できるようになるのではないでしょうか。

信友先生

信友ムラは2012年、一般の方が医療において悩んだり苦しんだりしていることを相談できる場として設立されました。信友ムラでは患者さんの悩みを真摯にうけとめ、ICDだけでなくICFの視点にたってさまざまな改善策を提案しています。また、啓発活動としては一般の方の興味関心が高い医療のテーマを扱ったゼミを行うこともあります。

「村」という文字は「木」と「寸」という2つのパーツから成り立っています。「寸」には「少し」という意味がありますから、「少し腰を下ろす木があるところ」を「村」といいます。私は信友ムラを「居心地がよい」「医療や人生についてなんでも相談ができるような場にしたい」と思いこのような名をつけました。

ナビゲーションの役目とは、患者さんの悩みや考えを訊き、その方に合った医療をマッチングすることです。ときには医師をご紹介することもあります。

前述のように、私は医師と患者さんの関係性が契約関係ではなく、信頼関係によって築かれるべきものだと思っています。しかし、医師も患者さんもお互い生身の人間ですので、ウマが合う・合わないということは往々にしてありえます。自分の健康を預ける医師とのウマが合わなければ、患者さんもうまく医師を信頼することができません。

患者さんは疾患のこととなると、医師を頼るしかありません。もちろん、信頼関係を築き、非常によい治療を受けている方もたくさんいます。一方で自分の立場を弱く感じてしまい、自分の希望を医師に意見することができず、納得できない治療を続けている方もときにはおります。これからはそのような患者さんがもっと自分の生活・人生を考え、医師や多職種が連携して一緒により良いものを目指していく環境を作るべきであると考えています。信友ムラでは今後はより当たり前のように行われるであろうICDからICFの流れや多職種連携、PFMを実践していくお手伝いをしていきたいと思っています。