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筋芽細胞シートによる心不全治療の方法と手術を受けるタイミング、iPS細胞の活用

筋芽細胞シートによる心不全治療の方法と手術を受けるタイミング、iPS細胞の活用
澤 芳樹 先生

大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 未来医療学寄附講座特任教授、大阪警察病院 院長、日本胸...

澤 芳樹 先生

肉離れなどを起こしたとき、脚にある筋芽細胞の働きにより筋肉は素早く修復します。この筋芽細胞をシート状に培養し、心筋に移植することで、進行した心不全も治療できるようになりました。世界で初めて心不全を治療する再生医療等製品「ヒト(自己)骨格筋由来 細胞シート」を開発した大阪大学大学院医学系研究科・心臓血管外科教授の澤芳樹先生は、現在京都大学と共同でiPS細胞を心筋細胞に分化誘導させ、シート化する治療開発を進めています。

筋芽細胞シートによる心不全治療の具体的な方法や手術時間、iPS細胞を用いた治療開発の現状について、澤先生にお話しいただきました。

筋芽細胞シートによる心不全治療には、患者さんご本人の筋芽細胞を使用します。患者さんご自身の細胞を移植する「自家移植」であれば、移植後に拒絶や炎症といった免疫反応が起こるリスクがないからです。そのため、患者さんには合計2回手術を受けていただきます。

1回目の手術では、太ももから5~10gの筋肉を採取します。

採取後、2~3週間かけて筋芽細胞をシート状に培養し、その後シートを凍結させて検査を行います。この検査には約1か月の期間を要するため、2回目の手術を行うのは1回目の手術の2~3か月後となります。

2回目の手術では、患者さんの胸を開き、心臓の表面に重層化した筋芽細胞シートを貼り付けます。この手術にかかる時間は約2時間です。

移植した筋芽細胞は、心臓に生着すると弱った心筋を修復させるためにサイトカインというタンパク質の産生・分泌を始めます。

心機能に回復が認められるのは、2回目の手術から約3か月が経過した頃ですので、術後しばらくは心不全の管理が必要です。

筋芽細胞シートを用いた治療の最大の課題は、手術による体への負担(手術侵襲)と術後効果が出始めるまでの期間を、患者さんが乗り越えられるかどうかということです。

筋芽細胞シートを移植する際には、麻酔や開胸、約2時間にわたり側臥位(そくがい:横向きの姿勢)を続けるといった負担がかかります。

この負担に耐え、治療効果が認められるまでの期間を健康に過ごすために最も重要なことは、回復力や体力が十分にある状態で手術を受けるということです。

時計

筋芽細胞シートを用いた治療を受ける理想的なタイミングは、(1)心不全が重症化する前の(2)薬物治療では効果が得られなくなった時期です。私は、患者さんの身体に回復力があるこの時期を、再生医療を受けるゴールデンアワーだと考えています。

これまで治療を受けた患者さんのなかには、効果が認められたレスポンダーもそうではないノンレスポンダーもみえました。

薬物治療で十分な効果が得られる軽症心不全の患者さんに筋芽細胞シートを移植しても、目立った効果は得られないため、開胸手術を行うことは適切といえません。

また、心筋細胞の壊死による心機能の低下が著しい心臓に筋芽細胞シートを移植しても、望む治療効果は得られないこともあります。重症化すればするほど治療が難しくなるということを知っていただき、薬が効かなくなってきた頃に再生医療という選択肢を患者さんに提示していただきたいとお伝えしたいです。

患者さんの多くは、独自に治療法を調べ、筋芽細胞シートにたどり着いたとおっしゃいます。このように、主治医の提案ではなく、自ら主治医に相談して当院を受診された患者さんの数は、年間100名にものぼります。

この理由のひとつとして、心不全を専門とする医療者間で筋芽細胞シートの有効性が広く認識されていないことが挙げられます。

そのため、現時点では再生医療は患者さんにとって「最後の手段」となってしまっています。しかしながら、先述したように筋芽細胞シートは重症例には効果を示さないこともあります。実際に、筋芽細胞シートを求めて来院された患者さんに対し、補助人工心臓の装着を行わざるを得なかったという経験もあります。

重症心不全における最後の手段は、再生医療ではなく補助人工心臓の装着や心臓移植です。筋芽細胞シートの適応は補助人工心臓の適応よりも広く、後者を考える何段階も前に実施することが理想的です。

ぜひ、多くの医療者の方に筋芽細胞シートという選択肢とその有効性を知っていただき、早い段階で患者さんに選択肢を提示していただきたいと願います。

多くの医療者は、専門とする治療では治せないという段階に達してはじめて患者さんを他科へと紹介します。しかし、患者さんの予後をよいものとするためには、限界の何歩も手前で他科に対する依頼を行うことが肝要です。

医療者の意識改革により、治すことのできる心不全は現在の何倍にも増えるものと考えます。

飛行機

2016年5月に保険診療がスタートしてからは、大阪大学だけでなく東京大学や東京女子医科大学でも筋芽細胞シートの移植治療が行われるようになりました。

しかし、重症心不全と診断され治療の道を探されている患者さんは非常に多く、実施施設はまだまだ不足状態にあります。

筋芽細胞シートを求めて当院を受診される患者さんは、関西圏の方のみにとどまりません。本州のみならず北海道から来院された患者さんもいれば、国境を超えてサウジアラビアやカタールから来院された患者さんもいます。

大阪大学は海外の患者さんをスムーズに受け入れるために国際医療センターを設けていますが、心不全の患者数は世界的に増加しているため、将来的には筋芽細胞シートによる治療が世界中に普及して欲しいと願っています。

先に、筋芽細胞の力のみでは重症化した心機能を回復させることは難しく、治療効果のみられないノンレスポンダーも存在すると述べました。多くの心筋細胞が壊死し、著しく弱った心臓にサイトカイン分泌を促す細胞を移植したとしても、その働きは十分に得られないからです。

筋芽細胞シートを用いた再生治療では助けられない心不全患者さんを救うためには、健康な心筋細胞そのものを補うほかありません。

そのため、現在私は京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授と共に、iPS細胞から心筋細胞を誘導させ、シート状に培養する研究を行っています。

筋芽細胞を培養したシートも、iPS細胞を分化させ培養したシートも、移植の手順は同じです。ただし、後者の心筋シートには患者さんご自身の細胞ではなく、ドナーの骨髄や臍帯血から作製したiPS細胞を用いるため、「他家移植」になるという違いがあります。iPS細胞には、作製後のクオリティ維持が難しいという難点があります。

移植に必要な心筋シートを作るためには、作製した山のようにたくさんのiPS細胞のなかから質の高いわずかなiPS細胞をみつける必要があり、患者さんから採取した細胞のみでこれをまかなうことはできないのです。

iPS細胞を用いた心筋シートには、腫瘍形成と免疫反応という2つのリスクがあります。

移植する心筋シートに、分化が不十分な細胞や遺伝子が変異した細胞が混ざっていると、移植後に腫瘍を形成する危険があるのです。

腫瘍形成を防ぐための遺伝子変異に関する研究は、現在京都大学が中心となって行っています。

もう一つのリスクである移植後の免疫反応を防ぐためには、心臓移植などと同様、免疫抑制剤を使用する必要があります。

最近になり、哺乳類の免疫機構には後天的に形成される獲得免疫だけでなく、先天的に持つ自然免疫があるということがわかりました。しかし、自然免疫を抑制させるための科学的な研究が進むには、まだまだ長い時間がかかります。ここで、治療対象となる重症心不全の患者さんには、研究の進展を待つほどの時間はないというジレンマが生じます。

私たちが脚の筋芽細胞を用いた治療の開発を始めた当時は、現在のようにiPS細胞は存在しませんでした。このことからもわかるように、科学とは日進月歩でめざましい進歩を遂げるものです。

科学の進歩により将来的には免疫抑制剤を使用する必要がなくなることを期待しつつ、まずは免疫抑制剤を使用することを前提とした治療開発を進めることが、一人でも多くの重症心不全の患者さんを救うことに直結すると考えています。

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  • 大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 未来医療学寄附講座特任教授、大阪警察病院 院長、日本胸部外科学会 理事長、大阪府医師会 副会長

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