インタビュー

自分の股関節を利用する関節温存術 - 骨切り手術と関節鏡下手術

自分の股関節を利用する関節温存術 - 骨切り手術と関節鏡下手術
高平 尚伸 先生

北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科...

高平 尚伸 先生

この記事の最終更新は2017年06月15日です。

記事1『股関節の痛みへの対処と治療方法 – まずは手術しない保存療法を検討』では、股関節手術を決断する前に検討すべき「保存療法」と、治療方針の決め方など解説いただきました。

いよいよ痛みがひどくなり、歩行が困難になった場合には大きな手術が必要になります。手術には、自身の骨や関節を残して治療することができる関節温存手術と、人工の関節に置き換える人工関節手術のふたつに大きく分かれます。記事2では関節温存手術のなかでも古くから行われている「骨切り手術」。そして、初期までの関節症患者さんに行われる有効な「関節鏡視下手術」という新しい関節温存手術について引き続き北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科および大学院医療系研究科整形外科学教授の高平尚伸先生に伺いました。

股関節の痛みや歪みにより手術を余儀なくされた場合、手術には自分の骨や関節を残して行う「関節温存手術」と、自分の骨や関節を取り除き人工の関節を入れる「人工関節手術」という2つの選択肢があります。手術の際にはそれぞれの手術適応に合わせて選択することになりますが、傾向としては、病期が進行しておらず、まだ若く回復の早い方には関節温存手術を、ある程度ご高齢で、進行期から末期の股関節症で、病状が芳しくない方には人工関節手術を行う場合が多いです。場合によっては、若い方の進行期から末期の股関節症に行える関節温存手術としての骨切り術もあります。しかし、人工関節の精度が上がったことによって、若い方でも人工関節を入れることもあります。

手術イメージ

関節温存手術には「骨切り手術」と「関節鏡視下手術」があります。「骨切り手術」とは、従来から行われていた手術方法で、自身の骨を切って形を整えて固定し、軟骨の再生を促して治療を行います。術式が多岐に渡ることで知られていますが、今回は代表的なRAO(寛骨臼回転骨切り術)と、低侵襲で知られるCPO(低侵襲寛骨臼回転切り術)について説明していきます。

また「関節鏡下手術」は近年行われるようになった新しい手術で、骨切り手術や人工関節には及ばない軽い関節症で悩む患者さん、あるいはX線写真に映らない関節唇損傷や大腿骨寛骨臼インピンジメントのある患者さんに向けた手術です。

なお、大腿骨寛骨臼インピンジメントとは、寛骨臼側や大腿骨側における特異な骨の形態によって、股関節の運動時に繰り返してインピンジメント(衝突)が生じることにより、寛骨臼縁の関節唇や軟骨が挟まれたり傷ついたりして損傷が引き起こされる病態とされています。

「骨切り手術」は、あらゆる病期の患者さんに有効な場合があります。ステージが進んだ患者さんに対する治療としてだけではなく、まだ症状の軽い方が今後進行しないようにするためにも行われます。

しかし、骨切り手術の術式は数が多く、病院や地域によってその方法も異なります。ここでは最もメジャーに行われている「RAO」と呼ばれる「寛骨臼回転骨切り術」と「CPO」と呼ばれる「低侵襲寛骨臼回転切り術」について解説していきます。

骨切り手術はその名の通り、骨を切って位置をずらす手術です。変形性関節症を患う患者さんの8割は寛骨臼への大腿骨頭のはまり具合が浅く、軟骨が局所的にすり減ってしまうことに原因があります。軟骨が摩耗していくと、亜脱臼につながり、痛みや不安定感を伴います。

回転骨切り手術では大腿骨頭を包む屋根のように乗っている寛骨臼を切って、位置をずらして大腿骨頭とのはまり具合をよくすることによって変形性関節症の進行を防ぎます。

RAO(Rotational acetabular)は1978年より行われています。体を横に向け、お尻側から股関節に向かって切り入っていきます。この際大きな筋肉である一部の大殿筋と中殿筋を剥がします。そして、その奥にある寛骨臼を丸く切り、回転させることで、解剖学的に正常に近い股関節を再建することができます。

RAOはその歴史の長さから、今でも多くの病院で行われている術式です。

CPO(Curved Periacetabular Osteotomy)はRAOと同じ「寛骨臼回転骨切り手術」ですが、患者さんへの負担が少ないため、昨今注目されています。以前は北里大学病院でもRAOを行なっていたのですが、CPOのメリットの多さから、現在はこのCPOを行なっています。

CPOは、仰臥位で手術を行います。そして、下着に隠れる範囲の皮膚の切開線です。RAOのように腸骨の外側から寛骨臼に到達して骨切りして外側に引き出すのではなくて、CPOは腸骨の内側から寛骨臼に到達して骨切りして内側に押し出す手術です。したがって、腸骨の外側に存在する中殿筋を傷めずに骨切りが完成します。

切開の位置
CPO手術の皮膚切開位置。下着に隠れるビキニラインからの切開となり、傷の長さは7〜8cmほど。
手術CPO 術前 術後
CPO手術前後のレントゲンの様子。左が手術前、右が手術後 高平先生より提供

CPOの低侵襲の秘訣は筋肉を痛めずに手術ができるところにあります。従来のRAOでは体を横向けにし、股関節の外側から切り入っていく都合上、中殿筋と一部の大殿筋という大きな筋肉を剥がし、痛めてしまうリスクがありました。大殿筋・中殿筋は立つ・座るといった動きに重要な筋肉なので、痛めてしまうと回復にも時間がかかります。また、傷口も術者によって異なりますが、およそ20〜30cmほどと長く、加えて、下着・水着などに隠れにくいため、患者さんの中には気にされる方もいらっしゃいました。

一方でCPOは、手術時に体を仰向けにし、股関節の前から切り、入っていくので、大きな筋肉を痛めずに手術ができます。また、傷跡も7〜8cm程度でいわゆるビキニラインとして下着の下に隠れるため、下着・水着を着てもあまり目立ちません。

先にお伝えした通り、現在、北里大学病院ではCPOを実施しています。RAOと異なった合併症、たとえば外側大腿皮神経障害などが起こり得ますが、低侵襲という側面からCPOが患者さんには有益だと考えています。その一方で、RAOも長い歴史をかけてより精密に骨を切るなど、改良の研究が進んでいます。そのため、一概にどちらがよいとは言い切れません。さらに、術者の技術や経験、施設の方針などでも異なります。また、術者のコンセプトでも異なります。たとえば、確実な手術のためには傷口にはこだわってはならないという考え方と、同じ結果であるならば傷口は小さい方がいいに決まっているという考え方などです。

北里大学病院ではRAOからCPOへの転換期に5名ほど、左右各々両方の手術を経験した患者さんがいらっしゃいます。片足をRAO、もう一方をCPOで手術するという極めて珍しい事例です。この際に、5名全員が「CPOの方が回復も早く、傷が小さい」という意見を述べました。痛みについては、5名中3名の患者さんが「CPOの方が痛みは少ない」、2名の患者さんが「どちらも痛い」でした。また、「もう一度手術を受けるとすればどちらを希望するか?」の質問に対して5名中4名の患者さんがCPOと回答しました。もう1人は「どちらもといえない」でした。このように、左右各々両方の手術を経験した患者さんは全国でみても症例が少なく、貴重なデータです。

骨切り手術に踏み切る場合には、外科医が手術適応を絞ることが重要です。骨切り手術を行うことで術後の生活がよくなるのか、それを保証できるのか、というところが不確定な場合には、手術を選択することによってかえって悪くなってしまうこともあるので、総合的な判断と見極めが大切です。

具体的には、寛骨臼形成不全の病状の進行は少なく、年齢が50歳以下で関節がよく動く方にはこの手術が有効です。ある程度の年齢に縛りがあるのは、骨を切ってずらす手術であるため、前提として骨切り後の骨癒合などの再生能力が必要だからです。

さらに細かいことをいえば、寛骨臼の頭が球形の方に適性があります。このような条件をしっかり吟味し、適性のある患者さんに行われる骨切り手術は大変有用であると考えています。

関節鏡視下手術は関節温存手術のひとつで、寛骨臼(臼蓋)形成不全がないか、あるいは程度が軽い場合で「ステージ・病期」の軽い股関節症初期までの患者さんを対象に行われます。

勘違いされやすいのですが、ステージが進んでいないからといって、痛みや生活への支障が少ないかといわれれば必ずしもそうとは限りません。たとえば、スポーツや交通事故などの外傷で起こることが多いのですが、関節唇(軟骨の一部)の損傷の場合、レントゲンに写らないこともあり、目には見えないけれども本人は痛くてたまらないということもしばしばあります。

目に見えない症状の場合、医師も診断をつけることができず、今までは「原因不明」とされ、ひどい時は症状が精神的なものから来ているのではないかと心療内科や精神科の受診を勧められるような患者さんもいらっしゃいました。しかしこの「関節鏡視下手術」の台頭によって、このような痛みが強くても軽度でレントゲンなどで発見されにくい関節症患者さんがかなり適切な治療を受けられるようになってきています。

関節鏡視下手術は1cmほどの穴を開け、筒を通してカメラで関節の中を覗きながら処置をします。いわゆる「腹腔鏡手術」のような手術方式です。股関節の軟骨の一部の「関節唇」が断裂している場合は、この穴から器具を入れ、関節唇を縫って処置します。

傷跡が小さいので、患者さんにとっては見た目、回復の観点から手術侵襲の負担が少ない手術です。その一方で、医師の観点からみると腹腔鏡手術同様に難易度が高く、ある程度熟練した医師でもトレーニングを積む必要があります。

北里大学病院では現在、次世代の医師に集中的に技術を習得してもらっています。このうちの1人の医師はご遺体を使った研修が進んでいるアメリカやヨーロッパなどでも経験を積み、この分野では日本のリーダー的な存在として活躍しています。

北里大学病院の場合、それぞれの治療に対する費用は下記のように算出されています。

 

病名/変形性股関節症

手術名/寛骨臼移動術(RAO/CPO)

日数/6週間(42日)

手術点数/手技:40040 薬材:17931 麻酔:11991

概算(点数)/171,072

 

病名/股関節唇損傷

手術名/関節鏡下股関節唇形成術    

日数/4週間(28日)

手術点数/手技:44830 薬材:7726 麻酔:8630

概算(点数)/201,186

 

病名/変形性股関節症

手術名/関節鏡下関節滑膜切除術

日数/2週間(14日)

手術点数/手技:17610 薬材:1162 麻酔:8890

概算(点数)/72,040

 

実際の費用は上記の点数からそれぞれの保険診療負担額(1〜3割)に応じて決定されます。また上記の点数には入院費用、食事費用などは含まれておりません。

「関節鏡視下手術」は現在、非常に注目されている手術です。関節鏡視下手術は日本で開発され、2006年には第79回日本整形外科学会学術総会において偉大な業績として顕彰されています。2016年に診療報酬がついたばかりの比較的新しい手術で、今はまだ技術のある外科医はそれほど多くはありません。しかし、最新技術ということもあり、患者さんにとっては回復が早いというメリットがありますし、医師としてもやりがいのある手術なので、学びたいと考えている外科医は多い手術といえます。

しかし、この手術の件数の増加により痛みがなくなり助かっている患者さんがいると同時に、手術による合併症や後遺症など、まだ十分に解明できていない課題もあるということを忘れてはいけません。「関節外科」という医学雑誌では2014年2月私が企画編集した「股関節鏡の功罪と未来」という特集で、関節鏡視下手術の良い面、隠れた影の面についての警鐘を鳴らしました。

レントゲンに写らない「原因不明」とされていた症状を治す手術なので、過大評価されがちな部分がありますが、誤認識を防ぎ、正しい知識で関節鏡視下手術が導入されていくことを願ってやみません。

節外科 2014年2月号
医学雑誌「関節外科」  高平先生より提供
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  • 北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授、北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授

    高平 尚伸 先生

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