インタビュー

希少性難病である先天性大脳白質形成不全症とは?原因から症状まで

希少性難病である先天性大脳白質形成不全症とは?原因から症状まで
井上 健 先生

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第二部 室長

井上 健 先生

この記事の最終更新は2017年07月02日です。

先天性大脳白質形成不全症とは小児の希少性難病であり、現在の日本での患者数は、約220人です。運動能力と知的能力の発達遅滞のほか、神経症状や痙性麻痺といった症状が現れます。

今回は、国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第二部室長の井上健先生に、先天性大脳白質形成不全症の原因とメカニズム、症状についてお話をうかがいました。

?を頭に浮かべている人

先天性大脳白質形成不全症とは、小児の希少性難病であり、複数の疾患(2017年現在では11種類)の総称です。日本での患者さんの数は2017年現在、220人ほどしかいません。

発達に問題がない子どもは生まれてから徐々に、首が座り、お座り、ハイハイと運動の発達が進んでいきます。しかし、先天性大脳白質形成不全症の子どもは、各神経細胞間の連絡路の役割を果たす、白質と呼ばれる脳の部分の形成が上手くいきません。そのため運動の発達がほとんど得られない、または非常にゆっくりとしか発達が進まない状態です。

平均の寿命は患者さんによって様々です。生まれてから60日ほどで亡くなるかたもいれば、成人して以降も長く生きられる方もいらっしゃいます。

現在、先天性大脳白質形成不全症であるとはっきりわかっている疾患は、以下の11種類があります。

(1)ペリツェウス・メルツバッハ(PMD)

(2)ペリツェウス・メルツバッハ様病1

(3)基底核および小脳萎縮を伴う髄鞘形成不全症

(4)18q欠失症候群

(5)アラン・ハーンドン・ダドリー症候群

(6)Hsp60 chaperon病

(7)サラ病

(8)小脳萎縮と脳梁低形成を伴うび漫性大脳白質形成不全症

(9)先天性白内障を伴う髄鞘形成不全症

(10)失調、歯牙低形成を伴う髄鞘形成不全症

(11)脱髄型末梢神経障害、中枢性髄鞘形成不全症、ワーデンバーグ症候群、ヒルシュスプルング病

症状などから先天性大脳白質形成不全症と思われても、上記の11種類に当てはまらず原因がはっきりとわからない患者さんもいらっしゃいます。

患者数全体の約60%を占めている疾患は、ペリツェウス・メルツバッハ病(PMD)です。その他の疾患は非常にまれであり、日本ではまだ一例も症例がないものもあります。

また、次の4疾患の組み合わせがそのまま病名になっている脱髄型末梢神経障害、中枢性髄鞘形成不全症、ワーデンバーグ症候群、ヒルシュスプルング病(上記11)は、私がアメリカに留学している際に発見した疾患です。世界でも合わせて20人ほどしかおらず、この疾患を知っている方も非常に少ないと思われます。先天性大脳白質形成不全症では患者さんの数が最も多い、ペリツェウス・メルツバッハ病が代表ではありますが、そのほかの種類のものに関しての研究も日々進められています。

先天性大脳白質形成不全症は、すべての種類の疾患において遺伝性です。遺伝子の異常により髄鞘(ずいしょう・神経細胞の軸索を何重にも囲む膜で、絶縁体の役割を果たすもの。この絶縁性により、高速な神経伝導が可能となる)が作られないことが原因となり発症します。以下では発症のメカニズムを説明します

人間の大脳にある灰白質という場所にはニューロンという神経細胞が多数存在しています。

白質形成の位置
大脳白質の場所

そして、複数のニューロンは自身が伸ばしている軸索(じくさく)という突起でつながっており、軸索を通じて遠方のニューロンへ電気信号を送っています。この軸索の束がたくさんまとまって通っているのが大脳白質です。

軸索とニューロンの関係
軸索によってつながっているニューロン

一つ一つの軸索の周りは髄鞘(ミエリン)という被膜にぐるぐると包まれています。髄鞘は、電線でいうシールド(電気コードの周りを覆っているビニール)と同じ役割を担っており、電気信号が周囲に漏れないようにし、伝達の速度を上げています。人間が瞬時に筋肉から脳まで電気信号を伝え、すばやく動くことができるのは、この髄鞘があるためなのです。

髄鞘はオリゴデンドロサイト*という細胞によって作られています。しかし、何らかの原因により、まれにオリゴデンドロサイトの働きに必要な遺伝子に異常が現れることがあります。遺伝子に異常が生じた場合、オリゴデンドロサイトが減っていき、髄鞘が作られない、または、作られたとしても非常に少数となってしまいます。その結果、先天性大脳白質形成不全症を発症するのです。

*オリゴデンドロサイト…グリア細胞(神経細胞を助ける働きをしている細胞)の一種

寝ている赤ちゃん

産まれてすぐに出てくる症状としては、眼振(がんしん)というものがあります。眼振とは目がピクピクと横に震える症状です。眼振は時間が経つにつれて消えることもあります。

そして、髄鞘が作られない、作られても少数のため、体は大きく成長しても運動の発達が上手く進みません。支えられて立ち上がることはできても、それ以上自由に歩くことが難しいといった運動障害が現れてきます。手が震えるなどの神経症状、体がこわばるなどの痙性麻痺といった症状も現れます。

重症の患者さんだと寝たきりの状態になるほどの方もいます。一方、比較的症状が軽い方だと、足を引きずったり転びやすかったりするものの、歩くことはできる方もいらっしゃいます。先天性大脳白質形成不全症の症状は、重症度が患者さんによって幅広いことが特徴です。

また、運動発達だけでなく知能の発達も遅れるため、周囲よりも勉強が苦手であるといった症状もあります。

先天性大脳白質形成不全症と類似の症状を起こす疾患として脳性麻痺があります。脳性麻痺とは、遺伝子が原因ではなく、低体重出生児として生まれたことが原因で発症する疾患です。低体重出生児として生まれたため、脳が虚血(酸素が行き届かない)状態となります。そして、脳の白質の部分に障害をきたし、運動能力が発達しない、痙性麻痺といった先天性大脳白質形成不全症と非常に似た症状が現れるのです。

今よりも検査方法が発展していなかった時代では、多くの先天性大脳白質形成不全症の患者さんは、原因不明の脳性麻痺と考えられていました。そして、原因不明の脳性麻痺と診断されていた患者さんが亡くなり、解剖をして初めて脳性麻痺とは異なる大脳白質部分の異常が見つかり、先天性大脳白質形成不全症であったと診断がつくケースも少なくなかったのです。

しかし、現在では、生まれてから比較的早くに先天性大脳白質形成不全症の診断がつけられるようになっています。記事2『先天性大脳白質形成不全症の診断から最新の治療法まで』では、先天性大脳白質形成不全症の診断と治療法、最新の研究から井上健先生が代表を務めるネットワークについてご説明します。

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