インタビュー

先天性大脳白質形成不全症の診断から最新の治療法まで

先天性大脳白質形成不全症の診断から最新の治療法まで
井上 健 先生

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第二部 室長

井上 健 先生

この記事の最終更新は2017年07月03日です。

先天性大脳白質形成不全症の診断方法は、MRI検査が重要です。そして、現在の治療法には根本的に疾患を治すものはなく、症状を和らげる対症療法が行われています。

記事1『希少性難病である先天性大脳白質形成不全症とは?原因から症状まで』では、先天性大脳白質形成不全症の原因や症状を解説しました。今回も引き続き、国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第二部室長の井上健先生に、先天性大脳白質形成不全症の診断から治療法、最新の研究などのお話しをうかがいました。

眼振などの臨床的な症状が現れ、先天性大脳白質形成不全症を疑った場合、最初に行う重要な検査はMRI検査です。

*眼振…目がピクピクと横に動く症状

*MRI検査…磁石と電波を使い、身体の断面を画像化する検査

通常の方だと、成長とともに大脳の白質の部分に髄鞘ができます(先天性大脳白質形成不全症のメカニズムについては記事1『希少性難病である先天性大脳白質形成不全症とは?原因から症状まで』をご参照ください)。

そのため、MRI検査を行うと、白質の部分が黒く変化して見えます(図1)。しかし、先天性大脳白質形成不全症の患者さんは髄鞘ができないため、白質の部分がそのまま白く映ります(図2)。

正常な人の白質
図1 正常(19か月歳)  提供:自治医科大学 小坂 仁先生
先天性大脳白質形成不全症
図2 患児(36か月歳)  提供:自治医科大学 小坂 仁先生

そして、MRI検査を行い、先天性大脳白質形成不全症が疑われる結果がでた場合は、最終的に確定診断である遺伝子検査を行い診断します。

産まれたばかりの赤ちゃんは、みな髄鞘が存在しません。髄鞘が形成され、MRI撮影時に異常が現れ始めるのは生後6か月程度です。それ以前にMRI検査を行っても先天性大脳白質形成不全症かどうかの判断はつきません。そのため、早くに診断を行うために、聴力を調べるABR検査なども行われています。

ABR検査とは、耳から音を入れ、脳波*を調べるというものです。通常の方の場合、脳は1波からはじまり5波まで反応します。しかし、先天性大脳白質形成不全症の患者さんは、耳は聞こえていますが、脳の反応が鈍いという特徴があります。そのため、最初の1波しか反応しません。

*脳波…脳内で発生した電気活動を記録したもの

薬

現時点では、先天性大脳白質形成不全症を根本的に治療する方法はありません。手の震えなどの神経症状、筋肉の突っ張りなどの痙性麻痺といった症状に対する対症療法が行われています。

たとえば、筋肉が硬くなっている患者さんには筋肉を弛緩させる薬を投与、口や喉の筋肉の調節が上手くできず食べ物を食べられない患者さんには、管を使い栄養補給を行います。また、足の筋肉に常に力が入っている状態だと、頻繁に股関節の脱臼を起こしてしまいます。そういった場合は、筋肉を切る手術を実施するケースもあります。

そして、関節が固まってしまわないように、作業療法などのリハビリテーションも重要です。

先天性大脳白質形成不全症の新しい治療法として、薬剤の開発や細胞移植、登録システムの利用など様々な研究が日々行われています。

ウコン

我々の研究室では、ターメリック*に含まれるクルクミン*という成分の先天性大脳白質形成不全症に対する有効性について研究しています。

*ターメリック…ウコンの地下茎を乾燥させた香辛料で、カレー粉などに使用される

*クルクミン…ポリフェノールの一種で、黄色の色素成分

先天性大脳白質形成不全症のモデルマウスにクルクミンを投与した実験では、髄鞘を作るオリゴデンドロサイトの減少を防ぐことができ、寿命を延ばすことに成功しました。そのため、2017年中に臨床研究を始める予定です。現在、クルクミンを子どもでも飲めるよう、サプリメントを開発している企業と協力しながら、製品開発を実施しています。

クルクミンはアルツハイマー病やがんといった疾患に対しての臨床治験も行われており、人体に対する安全性も確保されています。先天性大脳白質形成不全症を根本的に治すというものではありませんが、症状を軽くし、症状の進行を抑える効果が期待できます。

先天性大脳白質形成不全症の根本的治療に近づくものとして、細胞移植の共同研究を行っています。

先天性大脳白質形成不全症とは、オリゴデンドロサイトが減少することによって、髄鞘が作られなくなる疾患です。そこで私たちは髄鞘を作ることができるようにすればいいと考えました。オリゴデンドロサイトになる幹細胞*を脳に移植すれば、髄鞘を作ることが可能です。しかし、この治療法の実施にあたり、越えなくてはならないハードルが多数あるのが現状です。

*幹細胞…代謝によって失われた細胞を再び作り出す機能を持つ細胞

・病状の数値化

先天性大脳白質形成不全症の症状は、患者さんによって大きな差があります。しかし、これまでは、どの程度の症状が軽症で、どういったものが重症なのかという明確な基準がありませんでした。そのため、私が参加している先天性大脳白質形成不全症に対する研究班では、症状の数値化を試みる研究をしています。

症状を数値化することによって、治療法を開発した際にも、ある治療法によりある患者さんの症状が何点から何点に変化したなどの客観的な評価を行うことができます。また、患者さんの自然歴*を記録できるようになります。

*自然歴…年数が経過するにあたり、対象となるものがどのような変化を遂げたかの記録

・患者さんの情報を登録するレジストリ

病状の点数化とともに重要な研究は、先天性大脳白質形成不全症の患者さんの登録システムを作ることです。このようなシステムが今まで存在しなかったために、どういった症状の患者さんがどこの病院にいるのかという情報を把握することが困難でした。

そのため、国立精神・神経医療研究センターでは、アイビス(IBISS)という登録システムを取り入れました。そのなかに全国の主治医の先生から送っていただいた、患者さんのMRIの画像と患者さんの病状などの登録を行っています。

先天性大脳白質形成の研究班メンバー
研究班の先生方  提供:井上健先生

先天性大脳白質形成不全症という疾患は、教科書などにもあまり詳しく載っておらず、患者さん、そして、医師にとっても情報が少ない疾患です。そのため、研究班のメンバーとともに、「先天性大脳白質形成不全症:PMDと類縁疾患に関するネットワーク」という名のネットワークを作りました。このホームページでは、先天性大脳白質形成不全症の概要や診断方法、治療法などを掲載しています。

また、2009年頃からは年に一度、東京都と大阪府で市民公開セミナーを行っています。セミナーでは、先天性大脳白質形成不全症という疾患についての解説や、現在行われている最新の研究についてといった内容の講演を行っています。そして、毎回テーマに沿って、医療支援ロボットの開発者、リハビリテーション専門の先生などをお呼びし、お話しをしてもらっています。

東京公演の場合、毎年約20家族が参加してくれており、北海道など遠方から来てくださる家族もいます。親御さんが講演を聞いて勉強をしている間、子どもたちの世話は、セミナーに協力していただいているボランティアの方々が行います。医師や看護師もいるため、病児でも安心して預けることが可能です。講演後の懇談会では、親御さん同士の情報交換や親交を深める場ともなっています。

先天性大脳白質形成不全症を患っているお子さんをお持ちのご両親は、ぜひ一度参加してみてください。必ず有意義な時間となります。

先天性大脳白質形成不全症の患者さんのご家族は、ぜひ一人で悩まずこれらのセミナーや交流会、そして医師などに相談してください。私たちは、患者さんとそのご家族を全力でサポートします。

 「先天性大脳白質形成不全症:PMDと類縁疾患に関するネットワーク」はこちらより

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