インタビュー

症候群性頭蓋縫合早期癒合症の低侵襲手術-2種類の固定器具を装着する骨延長法

症候群性頭蓋縫合早期癒合症の低侵襲手術-2種類の固定器具を装着する骨延長法
小林 眞司 先生

神奈川県立こども医療センター 形成外科 部長

小林 眞司 先生

この記事の最終更新は2017年08月17日です。

先天的な遺伝子の異常により、頭蓋と顔面の骨が成長していかない症候群性頭蓋縫合早期癒合症は、治療を施さなければ呼吸や飲食に問題が生じてしまうこともある難しい疾患です。多くの患者さんは生涯にわたり複数回の手術を受けていますが、頭部や顔の骨にアプローチする手術には、一定のリスクも伴います。そのため、神奈川県立こども医療センター形成外科部長の小林眞司先生は、少ない手術回数で症候群性頭蓋縫合早期癒合症の治療を終えられる顔面骨延長法の開発と普及に力を注がれています。症候群性頭蓋縫合早期癒合症に対する代表的な術式のメリット・デメリット、最新の治療法について、小林先生にご解説いただきました。

症候群性頭蓋縫合早期癒合症は、先天的な遺伝子の異常により頭蓋骨の縫合線が癒合してしまい、頭蓋骨や顔面骨の成長が阻害される疾患の総称です。

眼球や筋肉など、骨以外の組織や脳は発達していこうとするため、眼球の突出や脳圧の上昇による頭痛や吐き気など、さまざまな症状が起こります。

症候群性頭蓋縫合早期癒合症の重症度はさまざまですが、まぶたを閉じることができないような重症例では、手術により頭蓋骨を拡大せねば角膜の乾燥による失明や眼球の脱臼(眼球が眼窩から落ちてしまうこと)などが起こる危険性があります。

また、上顎骨の発育不全によって受け口になり、上気道を閉塞することにより、致死的な呼吸障害が引き起こされることもあります。このようなケースでは、気管切開を行い空気の通り道を確保することもあります。

生命に危険が及ぶ場合は、頭蓋骨と顔面骨を拡大する「骨延長法」の適応となります。

生命の維持に問題がない場合は、保護者の方への説明と相談を重ねたうえで治療方針を決めていきます。

骨延長法とは、骨切り術を行ったあと、特殊な機器を用いて治癒過程にある骨(仮骨)をゆっくりと伸ばしていく術式です。これにより、へこむように低位置に形成された顔面の骨を、正常な位置まで引き出していくことができます。

素材提供:PIXTA

転落や交通事故など、何らかの原因により頭蓋骨に骨折が生じたとき、その折れ方(骨折線の入り方)は大まかに(1) Le Fort I 型、(2) Le Fort II 型、(3)Le Fort III 型のいずれかに該当します。1905年に報告されたLe Fort分類は、今日の形成外科手術においても応用され続けています。

患者さんそれぞれの顔貌や咬み合わせの状態に応じ、Le Fort I 型から III 型の骨折線を参考に骨切り線を考え、骨切り術を行なうことで、顔面骨の低形成を改善することができます。

過去には顔面骨の骨切り術を行った後、骨切り線に腸骨などを自家移植することで、後戻りを抑えていた時代もありました。しかし、この方法では、血管や皮膚、神経にはアプローチできません。そのため、骨の位置(高さ)の変化は、1cm程度にとどまっていることが多いように見受けられました。

特に日本人は欧米人に比べ皮膚が伸びにくい傾向があることから、当時の術式による症候群性頭蓋縫合早期癒合症の治療は難しかったのではないかと推測されます。

このような難点を克服すべく、現在では骨切り術のあと、骨のみならず血管や皮膚、神経を延長するために、特殊な延長装置を用いています。1日1mmずつ、ゆっくりと時間をかけて延長するため、痛みなどは非常に軽度なことが多いです。

症候群性頭蓋縫合早期癒合症の手術に用いる外固定装置は、上顎を前方へと引き出す延長器のひとつです。

外固定装置

体外から経皮的に頭蓋骨を固定する外固定装置のメリットは、骨の延長方向にずれが生じたときなどに修正できることです。

骨を延長する方向をコントロールできるという点が、この器械を用いる大きな利点であるといえます。

ただし、外固定装置は強い力がかかると動いてしまうといったデメリットもあります。

また、骨を延長する力も強くはないため、日本人の場合は2cm程度の改善に留まるのではないでしょうか。そのため、患者さんは成長に応じて繰り返し手術を受ける必要があります。

症候群性頭蓋縫合早期癒合症に対する骨延長法には、皮膚の下へと固定器具を挿入し、頭蓋骨の側面をダイレクトに固定する内固定式骨延長法もあります。内固定式骨延長法のメリットは、外固定装置を用いる場合に比べて骨を押し出す力が強いことです。

当院でも、過去に受け口で呼吸機能に危険が生じている患者さんに対し、一度で2.5cmの骨延長を行なう手術を実施したことがあります。

内固定装置

ただし、固定器具の留め方が1度でもずれてしまうと、患者さんの顔面形成には大きな影響が及びます。

また、固定器具の抜去時にも全身麻酔を要するような手術を行なう必要があります。

このような理由から現在では、外固定式骨延長法を選択されている方が多いのではないでしょうか。

なぜ、生涯にわたり複数回の手術を行なう必要があるのか、この理由を理解するためには、正常な頭蓋や顔面の骨の成長について知る必要があります。

通常、頭部の骨の成長が終了したのちも顔面の骨は成長を続け、男の子であれば18歳頃、女の子であれば16~17歳頃に下顎の成長が止まり、顔面骨の成長は終わります。

そのため、症候群性頭蓋縫合早期癒合症の患者さんが、仮に小学校に進学する前のタイミングで、6歳前後の子どもにとって正常な位置まで骨を引き出す手術を受けたとすると、18歳前後になる頃には再び骨がへこんだような状態になってしまうのです。

このような理由から、これまで大半の患者さんは頭部1回以上、また軽度な方を除くと、顔面部は上顎と下顎の位置を合わせる手術を含め3回以上の手術を受けておられました。

しかしながら、症候群性頭蓋縫合早期癒合症の手術は、全身麻酔や輸血なども要する大掛かりな手術であり、患者さんの心身や生活にかかる負担も少なくはありません。

そのため、神奈川県立こども医療センターでは、症候群性頭蓋縫合早期癒合症の患者さんの手術回数を生涯にわたって少なくできるように、以下に述べるような工夫を行っています。

神奈川県立こども医療センター形成外科で行っているハイブリッド手術 提供:小林眞司先生

当院では、外固定装置と共に新規に開発した内固定器具を用いる骨延長法を実施しています。内外二つの骨延長器を用いるため、「ハイブリッド手術」や「内外延長器組み合わせ法」と称されることもあります。

皮膚の下に挿入する延長器は3次元的に動かせるため、術後に微妙なずれが生じた場合、延長する角度を調整することができます。また、この延長器は約30分の皮膚切開のみで抜くことできるため、抜去時の出血量も大きく減少し、侵襲は大きく減少したといえます。

頭部に装着する外固定装置は延長後、比較的速やかにとることができるため、その後は退院し、体表にはみえない延長器を装着しながらごく普通に生活し、遊んでいただくことができます。

外固定装置と内固定用の延長器を用いる術式の誕生により、一度の手術で骨を3cm以上引き出すことが可能になりました。当院では、この術式を用いて患者さんの顔面の骨を一度で16~18歳の高さにまで引き出す手術を行っています。実年齢以上のラインまで骨を引き出すことを、オーバーコレクション(過矯正)といいます。オーバーコレクションによる機能的な問題や外見上の違和感を最大限減らすためには、手術を行なう年齢を従来よりも遅い時期にずらす必要があります。

患者さんが比較的軽症であり、10代を過ぎる頃まで初回手術を待てるようであれば、中学校に進学する前(12歳前後)頃に、16~18歳の骨の位置まで過矯正を行うことをおすすめしています。初回手術で、顔面骨の成長が止まる年代の状態にまで骨を引き出すことで、顔面の手術を生涯一度きりで終える可能性が高くなります。

 

顔面の成長曲線
小林眞司先生より資料提供

一度の顔面骨の手術で骨を引き出しすぎてしまうと咬み合わせが合わなくなり、飲食などに問題が生じると想定される患者さんは、問題が生じる手前で延長を終了する必要があります。

また、2種の固定器具を装着するため、手術時間は外固定式骨延長法のみの場合に比べ、1~1.5時間ほど長くなります。

とはいえ、従来よりも少ない手術回数で症候群性頭蓋縫合早期癒合症の諸症状を治療することは、患者さんの身体や生活にかかる負担を減らし、手術時のリスクや合併症を回避することに直結します。また、思春期以降に入院を繰り返すことなく社会生活を送っていただけることは、患者さんの精神面にもプラスになるのではないかと感じています。

現在、症候群性頭蓋縫合早期癒合症における顔面骨の治療のうち、手術回数を減らし、生涯1回の手術のみで治療を終えられる可能性がある方法が、このハイブリッド手術です。また、後戻りした症例も現時点では1例もありません。

保護者の方とよく話し合い、小児・内科、脳神経外科、耳鼻科、矯正歯科など、患者さんを取り巻く各診療科と連携しながら、患者さんにとって最も適した治療を提供していきたいと考えています。

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  • 神奈川県立こども医療センター 形成外科 部長

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