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インタビュー

なぜ食道がんはリンパ節転移や手術に伴う合併症が起こりやすいのか?

なぜ食道がんはリンパ節転移や手術に伴う合併症が起こりやすいのか?
本山 悟 先生

秋田大学 大学院医学系研究科 教授

本山 悟 先生

この記事の最終更新は2017年08月24日です。

食道がんは、あらゆるがんのなかでも治療が難しく、予後が悪いがんの一つとして知られています。この理由は、食道という臓器の解剖学的な特徴にあると、秋田大学食道外科の本山悟先生はおっしゃいます。なぜ食道がんは悪性度が高いといわれるのでしょうか。また、なぜ食道がん手術後の合併症率や在院死亡率は他のがんに比べて高いのでしょうか、本山先生に解説していただきました。

がん」と一括りにいっても、その悪性度はがん種ごとに異なります。悪性度が高いがんとは、すなわち治療が難しく、予後が悪いがんであるといえます。個々のケースに目を向けるとこの限りではありませんが、がんはその悪性度により大きく3つのグループに分類することができます。

●グループ1:がんのなかでは予後がよいグループ

甲状腺がん前立腺がん乳がんなど

●グループ2:1と3の中間に相当するグループ

大腸がん胃がんなど

●グループ3:がんのなかでは予後が悪いグループ

食道がん膵臓がんなど

皆さんもご存知の通り、グループ1に分類されるがんであっても、生命を脅かす厳しい例は存在します。ただし、全体をみると、治すことのできる割合は比較的高くなります。一方、グループ3に分類される食道がんでは、高度に進行例では3人に1人程度しか根治させることができません。

最新の食道がん全体の5年相対生存率は43%(2008 年院内がん登録)と、他のグループのがんに比べ低い数値に留まっています。では、なぜ食道がんの予後はこのように悪いのでしょうか。この理由は、(1)リンパ節転移の頻度の高さと、(2)転移する範囲の広さにあります。まずは、なぜ高頻度でリンパ節転移が起こるのかについて、解剖学的な側面からお話しします。

がんの転移の仕方は、がん細胞が血流にのって他臓器にたどりつき、そこで生着する「血行性転移」と、リンパ流にのってリンパ節にたどりつき、そこで生着する「リンパ行性転移」に分けられます。

食道の壁は表面(内側)から(1)粘膜、(2)粘膜下層、(3)筋層、(4)外膜と4つの層で構成されており、粘膜下層以深(外側側)にはリンパ管が網の目を張り巡らせるように存在しています。つまり、がんが粘膜下層以深にまで達してしまうと、がん細胞が豊富なリンパ流にのってしまうリスクが高まるというわけです。

これは極端な表現ですが、がんはどれほど大きくなろうとも、転移さえきたしていなければ切除手術により取り去ることができるといえます。しかし、転移した食道がんを根治させることは現代の医療では極めて困難です。がんの「悪性度の高さ」を決める重要な要素は「転移しやすさ」であるといっても過言ではないでしょう。

胃や大腸の場合は、臓器の粘膜下層以深にあるリンパ網が食道よりも少ないことが知られています。したがって、食道に生じたがんは他の臓器に比べ早い段階からリンパ節転移を引き起しやすく、その特性ゆえに悪性度も高いというわけです。

食道がん

続いて、リンパ節転移が広範囲に起こりやすい理由についてお話しします。食道という臓器は、図のように頸部(首)から胸部を通り腹部にまで連なっています。他のがんの場合、リンパ節転移を起こしやすい箇所は、胃がん大腸がんならば腹部、甲状腺がんならば頸部、肺がんならば胸部とある程度限られていますが、食道がんは、頸部から腹部までどこにでも転移しやすい特徴を持っています。

前項では、やや大仰な表現ですが「がんは転移をしていなければ治すことができる」といった言い回しを用いました。この表現に対し、転移がんでも、転移巣をすべて切除してしまうことができれば治せるのではないかと疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、次の項目でご説明するように、現時点ではリンパ節転移を正確に診断する技術は存在していません。

がんの本体(主病巣)は、内視鏡検査をはじめとするCTやMRI、超音波検査やPET検査など、最新のテクノロジーを用いて非常に的確に診断することができます。ところが、こうした最新の診断法を駆使しても、リンパ節転移を正確に捉えることはできません。特に、小さなリンパ節転移の転移診断は極めて難しくなります。

あまり知られていませんが、技術が高度に進歩した現代においてもリンパ節転移診断能は、60%ほどと低い数値にとどまっています。そのため、外科医は予防的に転移が起こりうるリンパ節を取り除くという方法をとっているのです。これを、リンパ節郭清(かくせい)といいます。

通常、リンパ節に転移した食道がんは、手術あるいは放射線+抗がん剤治療のいずれかにより治療します。しかし、先述の通り、食道がんのリンパ節転移は広範囲に及びやすいため、手術を行う場合も頸部(首)、胸部、腹部にメスを入れなければならず、傷の数や大きさ、それに伴う出血、手術時間など、患者さんにかかる負担も大きくなってしまいます。同様に、放射線治療を行う場合も照射範囲が広くなり、これに伴う障害が起こるリスクが高くなります。

手術を行っている医療者

がんの手術とは、以下3つの要素から成り立っています。

(1)がんが生じている臓器の切除

(2)リンパ節郭清(リンパ節の予防的切除)

(3)臓器の再建

(1)の臓器の切除については、胃がんであろうと食道がんであろうと、病変部をターゲットとして行われます。

(2)のリンパ節郭清の範囲は、前の項目に記したように食道がんの場合非常に広くなるという特性があります。これに加えて食道がんの手術を難しくしているのが、(3)の「再建」(臓器を作り直すこと)という要素です。

食道とは、重要な臓器に囲まれた縦に長い臓器です。そのため、食道の再建をするときには、胃や大腸などの腹部にある臓器を、頸部まで持ち上げなければなりません。この移動距離の長さゆえに、食道がんの代表的な合併症である縫合不全が起こります。

縫合不全は、同じ管腔臓器である胃がんや大腸がんの手術とは?  適応や手術方法についてくわしく解説に比べ、食道がんではその発生率が高いことが知られています。この理由を理解するためには、「縫合とは何のために行なうのか」を知ることが肝要です。

切り傷が自然に塞がり治っていくように、私たち生物の体内の組織と組織は、新鮮な状態であれば「縫う」という作業を加えずとも癒合します。この現象を、創傷治癒(そうしょうちゆ)といいます。

しかし、なにも手を加えないで組織どうしを寄せておくだけでは、組織と組織にズレが生じてしまいます。そのため、機械や糸により適切な位置で組織を固定する必要があるのです。これが、縫合を加える理由です。

では、なぜ食道と胃や大腸で縫合不全の起こる頻度が異なるのでしょうか。これが、先に触れた臓器の移動距離と関係しています。縫合を成功させるための最も重要な因子は血流です。たとえば、同じ腹腔内で腸管と腸管を縫合する場合、組織の移動距離は短いため、双方共に血流の豊富な状態が保たれたまま縫い合わせることができます。

ところが、食道がんの場合は胃を頸部(首)まで挙上するために、太い動脈(胃に入り込む血管)5本のうち3本を切らなければなりません。

この理由を、「根を張った木を高く持ち上げたい場合」に擬えてお話しします。木を枯れさせてしまうことなく上部へと持ち上げようとする場合、短い根は切り、長い根だけを残せば、より高く挙上することができます。

木と根

胃は本来血流豊富な臓器ですが、これを挙上するために、あえて血流を悪化させる操作を加えているのです。そのため、食道がん切除後の再建時には縫合不全が胃や大腸と比べて高頻度に起こってしまうというわけです。

食道がん手術の代表的な合併症には、縫合不全のほかに、術後肺炎反回神経麻痺があります。肺炎は食道に外科的な処置を加えることで、飲み込みの力(嚥下機能)が低下することに伴って起こる誤嚥性肺炎と、術後、免疫力が低下することに起因する感染が原因となるものにわけられます。

反回神経麻痺は、声帯を司る反回神経が損傷されることにより起こります。

通常、がん手術後の合併症による再手術はごくまれですが、日本の外科治療成績を集積したNCD(ナショナルクリニカルデータベース 2011年)によると、食道がん手術後の30日以内の再手術率は6%強と非常に高い数値を示しています。胸腔鏡手術を受けた患者さんに限定すれば30日以内の再手術率は8%まで上昇します。

また、食道がん手術後の在院死亡率は3%強にものぼります。つまり、100人の患者さんが手術を受けたとすれば、3~4人の方は退院できぬまま亡くなられているのです。

私は、「手術が難しい」とはすなわち「患者さんの負担が大きい」と同じ意味であると考えています。食道がん手術の際に患者さんにかかる負担の大きさは、上記の数字などからも明らかです。

食道を専門とする外科医は、患者さんの体にメスを入れる外科医であるからこそ、患者さんにかかる負担の大きさを誰よりも現実のものとして理解しています。このような理由から、私は外科医であるがゆえに、「可能ならば手術をせずに食道がんを根治させられる道」を選べるような研究を進めています。

次の記事では、食道がんを早期発見し、手術を回避するためにできることをお話しします。

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    本山 悟 先生

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