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インタビュー

食道がんに対する治療、手術と内視鏡的粘膜切除術-早期発見のための研究

食道がんに対する治療、手術と内視鏡的粘膜切除術-早期発見のための研究
本山 悟 先生

秋田大学 大学院医学系研究科 教授

本山 悟 先生

この記事の最終更新は2017年08月25日です。

体の中心部を縦に走る「食道」。この食道にがんが生じた場合、頸部(首)や胸部、腹部にメスを入れなければならないため、体への負担は大きくなります。ただし、0期の早期食道がんであれば、手術ではなく内視鏡的治療によって根治を目指すこともできます。

秋田大学食道外科の本山悟先生は、手術のリスクを肌で知る外科医だからこそ、内視鏡的治療で治せる患者さんをさらに増やしたいという想いから、遺伝子を用いたリスク診断の研究に力を入れておられます。

早期食道がんに対する内視鏡的粘膜切除術と、進行食道がんに対する手術、飲酒と食道がんの因果関係に着目したリスク診断について、本山先生にお話しいただきました。

図4 内視鏡治療(イメージ図)

がんが粘膜内にとどまる0期の早期食道がんは、いわゆる胃カメラを用いた内視鏡的粘膜切除術が標準治療となります(※)。手術や放射線治療のように大きな侵襲のない内視鏡的粘膜切除術は、医学の進歩により生まれた非常に素晴らしい治療法のひとつであり、我が国の先駆者達が心血を注いで世界に先駆けて開発した誇るべき医療です。このため、我が国の内視鏡治療レベルは世界トップを維持しており、また日本全国に普及しています。

かつて、内視鏡的粘膜切除術の適応となる食道がんは腫瘍径の小さなものと限定されていましたが、現在では粘膜内にとどまる浅い腫瘍であれば10cm近いものでも内視鏡で治療する施設も出てきています。

※ただし、0期の食道がんでも、病変が広範囲に及ぶ場合などは手術もしくは化学放射線療法の適応となります。

0期の食道がんであれば内視鏡を用いて「腫瘍をこそげ取る治療で根治を目指せる理由は、腫瘍が粘膜にとどまっているために、がん細胞が豊富なリンパ流にのって転移するリスクが少ないからです。

粘膜より深い粘膜下層に達しているがんは、手術もしくは化学放射線療法の適応となります。

内視鏡的粘膜切除術と、手術あるいは化学放射線療法による患者負担の差は歴然としています。僅かな差で「手術」と決断せざるを得ないとき、私たち外科医は非常に悔しい思いに駆られます。そのため、将来的に内視鏡的粘膜切除術の適応範囲を拡大していけるよう、秋田大学では遺伝子を用いたリスク診断研究を進めています。

食道がんがみつかったとしても、リンパ節転移の起こりやすさや転移までの速度(期間)は人それぞれ異なります。この転移のしやすさを測るひとつが「CRP遺伝子多型」を測定することだと考えています。CRP遺伝子多型によるリンパ節転移診断法を臨床に反映させることができれば、これまで手術(もしくは化学放射線療法)を選ばざるを得なかった患者さんのなかから、内視鏡的粘膜切除術で治療可能な方をみつけられることが可能となります。

なぜ、外科医が手術を回避するための研究を行っているのかと、疑問の念を抱かれた方もいるかもしれません。この問いに対し、私は「外科医だから」とお答えしています。

実際に手術を行う外科医は、内科や放射線科の先生方以上に、手術による患者さんの負担や苦しみを傍でみて理解しています。それゆえに、内視鏡的粘膜切除術のメリットを理解しやすい立場にあると考えています。

食道がんの手術とは、術中だけでなく術後の長期的なリスクも伴うものです。記事1『なぜ食道がんはリンパ節転移や手術に伴う合併症が起こりやすいのか?』でお示しした通り術後合併症の頻度が高く、多くの患者さんが飲食物を十分量摂取できなくなります。どのような名医が手術を行ったとしても、患者さんの体を100%手術前の状態に戻すことはできません。また、放射線治療では晩期障害を負うリスクがあります。

これらの重みを痛感しているからこそ、私は内視鏡的粘膜切除術の適応を広げる研究に精力的に取り組んでいます。

その一方で、進行食道がんの患者さんをなんとしても助けることが、外科医としての自身の使命であると考えています。進行食道がんに対する標準治療は、術前に抗がん剤治療を実施し、その後手術を行なうというものです。

しかし、当院では食道がん患者さんの地域的な特性を鑑み、術前に化学放射線療法(抗がん剤治療+放射線治療)を行い手術に臨むという独自の戦略を立てています。

当院を受診される食道がんの患者さんには、「4期に近い3期」の進行がん患者さんが多いという特徴があります。そのため、術前に抗がん剤治療を実施している間に、手術機会を失ってしまうリスクも高くなります。また、秋田県における食道がんの罹患頻度は、全国平均の1.8倍にものぼります。

「食道がん専門医として秋田地域にお住まいの患者さんをみるのであれば、その地域の特性に則した治療を提供したい」という思いから、欧米の標準治療である術前の化学放射線療法を開始したのは今から8年ほど前の2009年のことです。この独自戦略により、少なくとも秋田地域においては術前に抗がん剤治療のみを行っていたころと比べ、治療成績を向上させることができています。

また、現在の外科領域では「低侵襲手術」に力点が置かれていますが、生命に関わる進行食道がんの手術では、まず「治せる方法」を選択することが大切です。

1番に治すことを考え、2番目に治せるのであればその中で「侵襲の少ない」方法を選択すること、この順番を入れ替えてはいけません。

当院では、胸腔鏡手術や腹腔鏡手術など、低侵襲外科手術の選択肢を用意していますが、ときには負担が大きい手術を選択する姿勢も重要です。

また、現時点では保険適応外手術ですが、手術支援ロボット・ダヴィンチ®を用いた手術を積極的に取り入れています。ダヴィンチ®を使うことで、難しい症例に対する手術の侵襲を軽減し、胸腔鏡手術に比べより精緻な手術ができると考えています。このダヴィンチ®手術技術は、社会全体のテクノロジーの進歩により可能となったものであり、外科医は手術を通じて患者さんに還元すべきと考えています。

(1)負担の大きい手術を選択してでも患者さんを治すこと、(2)治せる患者さんに対しより侵襲の少ない手術を提供すること、その一方で、(3)手術を選択せずに済む患者さんを増やすこと、一見相反するようにみえるこれら3か条はすべて手術を知る外科医だからこそ重視している自身の信条です。

患者さんにとって最も負担の少ない治療を選択するためには、食道がんを可能な限り早期に発見することが欠かせません。そのために最も重要になるものは、リスク診断なのではないかと考えます。

食道がん罹患のリスク因子のうち、最もエビデンスレベルの高い因子は「飲酒」です。しかし、食道がんの発症のしやすさは、「お酒をどれだけ飲んでいるか」という指標のみでは測ることができません。なぜなら、同じ量のアルコールを摂取したときに曝露するアセトアルデヒド(発がん物質)の量は、人種や個々人により、つまり遺伝子により大きく異なるからです。

顔が赤くなっている人

飲酒をして顔が赤くなる人のことをフラッシャーと呼びます。フラッシャーの方はアセトアルデヒドを代謝する遺伝子に変異があるため、顔が赤くならない方と比較するとアセトアルデヒドの曝露量が何十倍~何百倍にも高くなります。そのため、必然的に食道がんにかかるリスクも高くなるといえます。

もし、50歳以上の男性で、お酒を飲んで顔が赤くなるという自覚があれば、ぜひ半年に1度といった高い頻度で検診を受けてください。

ただし、フラッシャーの方でも徐々にお酒に慣れていき、顔色が変わらなくなっていくことがあります。読者の方のなかにも、「若いころは顔が赤くなったが現在はそうでもない」という方もいるでしょう。

しかし、このように顔色に変化はみられなくなった場合でも、生まれ持った遺伝子変異が変化することはないため、アセトアルデヒドの曝露量や食道がんの発症リスクは変わりません。これは、科学的根拠をもって証明されている事実です。

私自身は、遺伝子検査により、フラッシャーの方に比べてアセトアルデヒドの曝露量は低い体質、すなわち食道がんを発症するリスクは低いタイプであることがわかっています。このため安心してお酒が飲めます。ところが、私の遺伝子は別の観点(遺伝子)からみると、一旦食道がんを発症した場合にはがんの進行が速いタイプであることが、「CRP遺伝子多型を用いたリスク診断」研究によりわかりました。そのため、手遅れとならないように検診を積極的に受けようという意識も高まりました。

繰り返し述べてきたように、食道がんは広範囲に転移しやすく、進行してしまうと治療が困難になるがんの代表ですリスクを意識した自身に合った検診が必要です。

本山悟先生

上述した遺伝子検査によるリスク診断は研究段階にある診断法であり、実際に臨床の現場で行なうためには、今後複数の高いハードルを乗り越えていく必要があります。しかし、医療技術が進歩した現在においても術後合併症が多く在院死亡率も高い食道がんから一人でも多くの患者さんを救うためには、外科的治療を極めるだけでは足りません。今後も引き続き、外科医の視点から様々な研究に取り組み、食道がんの集学的治療に全力を注いでいきたいと考えています。

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    本山 悟 先生

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