インタビュー

日本が抱える「目」の課題 ―もっと健康な日本のために眼科医療ができること

日本が抱える「目」の課題 ―もっと健康な日本のために眼科医療ができること
平塚 義宗 先生

順天堂大学  眼科学教室 先任准教授

平塚 義宗 先生

この記事の最終更新は2017年09月20日です。

いま、日本の健康寿命は男性が約71歳、女性が約74歳とされています。これからより健康でいられる期間を伸ばしていくためには、介護が必要にならないよう、循環器疾患、認知症、老衰、糖尿病などさまざまな病態の発症や進行に気を付けなければいけません。

そうしたなか近年では、循環器疾患、認知症、老衰、糖尿病などさまざまな病態のリスクに、目の異常、つまり視覚障害が結びついていることが明らかになってきました。そうしたリスクが明らかになってきたことで「眼科医療をより健康でいるためにどう活かしていくか」という視点に注目が集まっています。

健康寿命を延ばしていくためには、具体的にどのような眼科医療対策を行っていくべきなのでしょうか。現代に求められる眼科医療対策について、記事1に引き続き順天堂大学医学部附属順天堂医院 眼科 先任准教授 平塚義宗先生にお話を伺いました。

※平成25年における平均寿命と健康寿命(厚生労働省資料より)

▼視覚障害と健康寿命延伸(記事1)についてはこちらをご覧ください。『視覚障害は「健康寿命」を左右する!目とさまざまな疾患の関連とは?』

まず大切であるのが「その人に合った視力矯正が行われているかどうか」ということです。意外なことかもしれませんが、きちんと度が合ったメガネをかけていない方は非常に多くいらっしゃいます。

実は現在「未矯正の屈折異常」つまり、適切な視力の矯正を受けられていないということが、世界における視覚障害の最大の原因となっています。この未矯正の屈折異常は視覚障害の原因全体の約43%を占めています。

これはそもそもメガネが入手できない、入手できたとしても度が合っていないという方が非常に多い、発展途上国で問題になることが多いのですが、先進国においてもメガネやコンタクトレンズによる矯正の問題は、視覚障害最大の問題になっています。

日本では60 歳以上の約5割が屈折異常であるとされています。特に遠視は、高齢になるほど有病割合が上昇する傾向にあり、その割合は60歳以上で20%~30%とされています。

そうして現在では、日本のメガネ使用者は5,000~6,000万人、コンタクトレンズ装用者は約1,700万人といわれており、メガネやコンタクトレンズで視力の矯正をする方は非常に多くいらっしゃるのです。

さてこうした視力の異常をもつ方々は、はたしてどれほど適切な矯正を受けられているのか、その割合を示すデータを提示することはとても難しいと考えられますが、適正なメガネやコンタクトレンズを装用していない人の数は相当数存在すると考えられています。このようにとても基本的な「視力の矯正」というところが、実はまだまだ適切に行われていないという現状があります。このメガネの大切さというところが、まだまだ意識されていない現状があるのです。

視力が十分でない場合には、生活に支障があらわれたり、転倒のリスクとなったり、目が疲れ眼精疲労を引き起こし、さらに生活の質(QOL)が低下してしまうことにつながってしまいます。まずは数年に一回は、いま使用しているメガネやコンタクトレンズがきちんと合っているのかを確認すべきでしょう。

つぎにポイントとして挙げたいのが「白内障手術を受けるタイミング」です。

白内障というのは加齢が大きな要因となって発症する疾患であり、白髪と同じように、誰もが年をとれば必ず発症するものです。しかし、発症初期は少し目の中の水晶体が濁る程度で、生活に大きな支障があらわれることはありません。しかしカメラマンやデザイナーなどの仕事に就く方は早期に手術を検討するでしょうし、一般の方ならそのまま過ごし、いよいよ生活に支障が出てきたと感じたときに手術を検討することになるでしょう。このように白内障手術のタイミングは人によって異なります。そのため「どのタイミングで手術をすべきか?」というところがとても重要になってきます。

ここで問題となるのが、患者さんの周りのサポート体制です。周りにご家族などサポートしてくれる方がいらっしゃる場合には、手術に付き添ってもらったり、術後の通院を支えてもらったりすることが可能です。しかし近年増えている「独居」の方では、そうしたサポート体制が十分でないケースが多く、手術を受けられない方もいらっしゃいます。また老人保健施設などに入居されている方では、手術のための他施設への入院に関する施設の手続きが煩雑なことが多く、施設側も患者さん側も手術を諦めてしまうことがあります。つまり、本来であれば視力を回復できるにもかかわらず、周囲の環境によって、手術を受けられないままになっている方が出てきてしまっているのです。

ですから私は、独居になる前や、老人保健施設に入る前に手術が必要な人は白内障手術を受けるべきであり、そうしたタイミングがひとつのポイントになってくると考えています。このような現状があることを知っていただき、ぜひ手術をより早期に、適切なタイミングで検討していただけるよう、啓発していきたいと思っています。

これまでのデータでは、白内障手術を受けることで、手術後1年間における転倒を34%,股関節骨折を23%減少させるという報告もなされているため、白内障手術は明確で具体的な介護予防策といえます。要介護となるきっかけを少なくしていくためにも、こうした「より早期の白内障手術」という点にもぜひ着目していただきたいと考えています。

また、訴求したい点として挙げたいのが「眼底検査の推進」についてです。

眼底検査は、視覚障害そのものを検査できるだけでなく、循環器疾患のリスクを評価でき、さらに網膜症をみつけることで糖尿病の診断につながることも期待できる検査です。記事1でご紹介したように視覚障害はさまざまな疾患の発症・進行などに関連が認められているため、眼底検査で目の状態を調べていくことはとても重要です。

しかし、実は日本の眼底検査の受診率は非常に低いことがわかっています。世界における糖尿病患者さんの眼底検査受診率を明らかにしたデータによると、実は日本の年間眼底検査受診率は先進国で最下位であることが示されています。

もともと眼底検査の受診率が低かった日本において、その状況をより悪化させる政策がとられました。2008年に導入された特定検診(メタボ検診)です。従来、健康診査は小さな自治体ごとの「基本健康診査(住民健診)」によって行われ、そのなかで眼底検査は医師の判断に基づき、必要と判断された方にはその場で実施されていました。しかし、2008年に導入された「特定検診」以降、眼底検査は詳細な検診項目という位置づけになってしまいました。そして現在では、腹囲、血圧値、血糖値、血清脂質の量など、さまざまな項目の基準を超えたうえで、さらに医師の判断で必要と判断された場合でなければ、眼底検査を行わないことになりました。

その結果、眼底検査の受診率は軒並み100分の1にまで減少しており、現在の特定検診ではわずか0.7%の方しか眼底検査を受けていません。このような状況から、眼疾患早期発見の機会は大きく損なわれているのです。これまでご紹介してきたように目の状態をしっかりと確認していくことは、多くの疾患の発症や進行において重要なことですので、日本の眼底検査受診率をいかに向上させていくかということは、非常に大きな課題だと感じています。

そして最後に「地域包括ケアシステムの枠組みへの眼科医療の参入」という点を挙げたいと思います。

地域包括ケアシステムとは、近年国が推進している「医療体系のモデル」のことです。これから高齢化が進む日本において、医療・介護・養護・予防医療・生活支援などを地域単位で一緒になって進めていこうというシステムのことであり、いまその実現に向けて医療機関では体制が整えられています。

この地域包括ケアシステムでは、地域のなかの多くの医療機関が密に連携をとっていくため、医師、看護師、ケアマネージャー、介護士など、さまざまな職種の方が関わります。

そうした方々の姿勢をみてみると、デンタルケア、口腔ケア、ロコモティブシンドロームの予防などはよく意識されていると思いますが、なかなか「目の医療を考えよう」という視点は取り入れられていないと感じています。

これまでご紹介してきたように眼科医療は、要介護になる疾患と関連があり、うまく介入していけば健康寿命をもっと延伸できると考えられるものです。しかしそういった観点が、実際の現場の方々の意識のなかに入っていないというところが、とても大きな問題だと感じています。

ですから今後は、こうした地域包括ケアシステムの枠組みの中で、しっかりと「眼科医療を重要視していこう」という意識を組み入れていくべきでしょう。そうすれば、視力を回復できる方が増え、循環器疾患の発症を抑制できたり、認知症の進行を抑えてもっと元気に生活できたり、生活動作機能を向上させてよりよい生活を実現させていくことができると考えられます。ぜひ、今後この眼科医療の重要性を医療に関わる方々にもっと広めていきたいと考えています。

平塚義宗先生

眼科医療というのは近年、最新の医療機器などが登場し、いかに目の前の患者さんをよりよく治していくかというところが重要視されてきました。そのため、こうした健康長寿における眼科医療の重要性についてはあまり訴求されてこなかったと感じています。

しかし、これからは本来であればもっと視力がよくなるはずの患者さんをいかに救っていけるのかというところにも注目していくべきではないでしょうか。ぜひ多くの方に眼科医療の重要性を知っていただき、よりよい暮らしに活かしてほしいと考えています。

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