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スムーズな事業継承や老朽化した病院のリニューアル-二代目ならではの悩みを解消するために

スムーズな事業継承や老朽化した病院のリニューアル-二代目ならではの悩みを解消するために
中村 康彦 先生

医療法人社団愛友会 上尾中央総合病院 理事長

中村 康彦 先生

この記事の最終更新は2017年10月30日です。

二代目、三代目の病院経営者は、承継時に創設者が直面することのなかった「病院の改築」や「事業継承」に関する問題に向き合うこととなります。

病院の建て替え時には、地域と時代のニーズに合わせた再構築や、患者さんの生活利便性、職員の働きやすさを考え、通常の建築物設計とは異なる工夫を加える必要があります。

また、事業継承時には相続税が問題となり、病院事業の維持が危うくなることもあります。社会医療法人など「持分なし医療法人」への移行を検討しなければいけないケースもありますが、専門的な知識がない状況では円滑な移行も難しくなります。

全日本病院協会・若手経営者育成事業委員会は、参加者同士をつなぐ架け橋となり、各自の持つ悩みやノウハウを共有できる場を提供し続けています。若手経営者育成事業委員会を設置し、現在は全日本病院協会副会長を務める中村康彦先生に、事業継承者が考えていかなければならない問題と工夫をお伺いしました。

全日本病院協会・若手経営者育成事業委員会の主な取り組みのひとつに、年1回の病院見学があります。第1回は、当時新棟を増築したばかりであった上尾中央総合病院に見学に来ていただきました。というのも、1960年~1965年に設立された病院の多くは、この時期老朽化によるリニューアルを目下の課題としており、事業継承者たちは病院の引越しや改築のスキームを常々模索していたからです。

医療は日々進歩しており、同じ急性期医療を担う病院でも40年前の急性期病院と今日の急性期病院では大きく異なります。そのため、リニューアルに伴う留意事項も増えました。

たとえば、上尾中央総合病院ではリハビリテーションのスペースを2倍以上に広げ、病室の壁面には手指の消毒剤を置くためのへこみ(ニッチ)を作りました。これは、病院の看護師との相談により採用されたアイデアです。

看護師さんが何かを話し合っている

また、病室などに設置する引き戸は、右左どちらからでも開けられるよう建設会社に依頼しました。通常、日本の引き戸は右から開くように設計されています。しかし、病院の場合は、片麻痺の患者さんも多々いらっしゃるため、双方から開けられるようデザインされている必要があるのです。実際にこれらの工夫をみていただいた方々からは、「ぜひ自院でも取り入れたい」というお声をいただきました。

また、介護老人保健施設を見学に行ったときの経験から、お風呂の設計時には洗い場から浴槽の様子がみえるよう工夫しました。通常の浴場では、体を洗うときに視線が浴槽方向を向くことはありません。ところが、このような一見ごく普通の設計により、介助者が入浴中におぼれてしまった患者さんに気づけなかったという問題が、当時の日本の介護施設では多数起こっていたのです。医療や介護施設では、リニューアル時のほんの一工夫が患者さんの命を守ることにつながります。こうした気づきは、全国の経営者に積極的に共有していくべきものでしょう。

二回目の病院見学では、全日本病院協会・病院のあり方委員会にて委員長を務める徳田禎久先生の札幌禎心会病院を拝見すべく、連れ立って北海道へと向かいました。また、神野正博先生が理事長を務める石川県七尾市の恵寿総合病院にも訪問しています。恵寿総合病院は、急性期医療から介護まで、市の医療の約8割を担っている重要な地域基幹病院です。そのため、市の全容を把握する必要があり、病院の一角には株式会社ゼンリンとコラボレーションして制作した地図システムが導入されていました。

また、佐賀県鹿島市の織田病院は、地域医療と介護をカバーするために、ゆうあいビレッジというひとつの町のような保健福祉サービスゾーンを作っています。

このように、各々が自院の立ち位置を考え、過去の経験に基づいて作り上げたシステムや設計を実際に見て回り、自分の地域に持ち帰って還元することで、全国の病院の機能や利便性の底上げを図ることができると考えています。

前項で「自院の立ち位置を考える」というフレーズを用いました。病床を削減しなければならないこれからの時代においては、自分の経営する病院が地域のなかでどのようなポジションにあるかを的確に捉えることが重要な課題になるものと考えます。

病院の病床機能は、「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」に4分類されます。自分の病院がどの路線で運営を続けていくべきかを考えるときには、地域のほかの病院の機能を考慮することも欠かせません。

たとえば、近隣に大学病院がある場合は、高度急性期病院以外のポジションを選び、機能強化を図っていくべきでしょう。また、回復期病院として生き残るためには、地域の急性期病院と信頼関係を築けていることが大前提となります。

このように、病院事業を継承した者は「自分がこれをやりたい」という考え方をするのではなく、自院の地域での立ち位置や身の丈を正確に把握し、その尺度に見合った投資をしていくことを第一に考えるべきでしょう。たとえば、人材投資を行なうにしても、回復期病棟ならば医師よりセラピストを増やすといった工夫が大切になります。急性期病院ならば、自分の病院に充分な救急室の機能やオペ室数があるのかを見直す必要があります。この見極めが、若手経営者と呼ばれる我々世代の担うべき大きな責務になるものと考えています。

また、事業継承に係る諸問題も、二代目、三代目ならではの問題といえます。特に、出資持分のある医療法人(いわゆる「持分あり医療法人」)の場合、経営を逼迫するほどの大きな相続税がかかるという問題が出てきます。全日本病院協会は民間病院が主体の組織であり、承継の際に病院事業を継続するため、社会医療法人などの持分なし医療法人へと移行することを考える会員病院も多数存在します。

持ち分あり医療法人では、法人税をはじめ、相続に係る諸問題が発生することがあり、これにより安定的な事業の維持が難しくなることも少なくはありません。しかし、病院とは一般的な企業とは異なり、その地域のインフラとして永続性を担保していかなければならないという重い責任を負っています。経営者が交代したために病院経営が破綻し、患者さんの治療を継続できなくなるという事態は起こってはならないことです。

全日本病院協会では、二代目、三代目継承者たちがこのような相続に係る諸問題を克服し、病院経営を維持できるよう、認定医療法人制度の勉強会や実例報告、スキームの共有などに力を注いでいます。

日本地図

東日本や西日本という境なく全国から委員会メンバーを選出している若手経営者育成事業委員会ですが、四国や中国地方の委員は現時点ではいらっしゃいません。今後は、全国すべての地域から意見を吸い上げられるよう、網羅的に構成員を拡大していく必要があります。なぜなら、事業継承者が直面する課題とは地域ごとに異なるからです。

病院が抱える課題ごとに日本を区分すると、「東京都」「都心部」「地方都市」と三つにわけることができます。たとえば、東京都では新棟を増築せねばならなくとも、近隣に土地がありません。しかし、人口減少については「少し先」の問題となっています。

埼玉県や千葉県、大阪府などの都心部も、早急に病床を削減する必要はありません。また、東京都とは異なり、改築時に土地がないという問題は起こりにくい傾向があります。

一方、2025年には人口が約12~13%減るとされている九州や四国、中国などの地方都市にとって、病床削減は現在進行系で進めなければならない課題となっています。

このように、健全な病院経営を続けていくにあたり論じるべき問題は地域ごとに異なるため、各所の意見を取り入れられる組織づくりは急務といえます。

全日本病院協会は私たちの父親世代が中心層を占めており、40代~50代、あるいは更に若い20~30代の病院経営者にとっては、気軽に輪に入りにくいという面もあります。私自身も急遽上尾中央総合病院に戻ることになり、37歳で父親が担っていた全日本病院協会の仕事もすべて引き継いだときには、自身と同世代の会員がほとんどいないことに驚いたものです。しかし、このような状況下で多くの諸先輩方にご支援をしていただき、疑問や課題を解消・克服していくことができました。

若手経営者育成事業委員会は、若手や医師免許のない方にも気兼ねなく参加していただき、全日本病院協会との架け橋となることを、ひとつの存在意義としています。10年後、20年後には、若手経営者育成事業委員会の勉強会などにのみ参加されていた方々が、全日本病院協会の会員となる可能性もあるでしょう。

輪になって色々な年齢のビジネスマン(男女とも)が話している懇親会風の素材写真

さまざまなハードルを取り去り、コミュニケーションの円滑化を進めるために、若手経営者育成事業委員会は初めて参加された方に色別けされたバッジをつけていただくという工夫をしています。初回参加の方がお一人で心細い思いをされないよう、その色のバッジを見かけた委員は必ずお声がけし、皆の輪に入れるよう手引きをします。

なかには、急な事情により右も左もわからないまま病院事業を承継せざるを得なくなり、若手経営者育成事業委員会の情報を得て、足を運ばれたという方もいらっしゃいます。こういった方の継承した病院機能や規模をお伺いし、同じ機能・規模の病院を経営する参加者を紹介することで、人と人の架け橋となることも私たちの役割のひとつです。記事1『病院経営のノウハウを若い経営者同士が共有できる場を!全日本病院協会・若手経営者育成事業委員会の活動』でも触れたように、いわゆる「後継ぎ」として病院に戻った二代目、三代目事業継承者の抱える悩みには自院の職員にさえも相談できない質のものも存在します。若手経営者育成事業委員会が同じ立場にある人同士をつなげていくことは、参加していただいた方の不安やストレスを軽減し、人脈を増やしていただくことに直結するはずです。

また、本記事でご紹介した活動により全国の民間病院の健全経営を後押しすることは、経営者やその病院の職員だけでなく、各地域にお住まいの患者さんやご家族のためにもなるものと確信しています。