インタビュー

リンパ浮腫に対する様々な治療の選択肢

リンパ浮腫に対する様々な治療の選択肢
光嶋 勲 先生

広島大学病院 国際リンパ浮腫治療センター 教授

光嶋 勲 先生

この記事の最終更新は2017年11月21日です。

何らかの要因でリンパ管の機能が低下し、余分な水分が腕や足に溜まることによって起こるリンパ浮腫。外科的治療で行うリンパ管静脈吻合手術(LVA)は、わずか0.05ミリの針と顕微鏡を用いて血管やリンパ管、神経などを吻合(ふんごう)する「スーパーマイクロサージャリー(超微小外科技術)」という、非常に高度な技術を要します。リンパ浮腫の最新治療について、スーパーマイクロサージャリーを得意とする光嶋勲(こうしま いさお)先生にお話を伺いました。

リンパ浮腫は加齢によって発症リスクが上昇します。その理由は、加齢によってリンパ管自体の機能が低下することと、平滑筋細胞が変性することにあると考えられます。

加齢を原因とするリンパ浮腫を「廃用性浮腫(はいようせいふしゅ)」または「老人性浮腫」と呼びます。廃用性浮腫は膝から下が腫れることが多く、痛みや重さによって歩行が困難になるケースもみられます。また車椅子で生活している高齢者の場合、脚を動かさないことによってリンパ管の機能が低下しやすい状況にあります。

リンパ浮腫は、男性よりも女性の発症がはるかに多いです。その理由は、男性に比べて女性の方が、腹腔内の脂肪が多いことにあると考えられます。腹腔内の脂肪によって骨盤内のリンパが圧迫されると、リンパ浮腫が起こることがあります。肥満による腹腔内の脂肪を原因とするリンパ浮腫を「肥満性リンパ浮腫」と呼びます。

特別な原因がなく発生するものを、特発性リンパ浮腫といいます。特発性リンパ浮腫のなかには、先天性と、ある年齢で突然発症する遅発性があり、先天性の中には乳糜(にゅうび:栄養と血液が混ざった液体。腸から吸収される)が腹水や胸髄として溜まることがあります。

先述のように、リンパ浮腫は加齢によって起こりえます。ところが最近の研究で、若年層に起こる原発性リンパ浮腫(原因が明らかでないリンパ浮腫)の存在が明らかになってきました。若年層に起こる原発リンパ浮腫には、発症時期に4つのピークがあります。

もっとも重症化しやすい先天性リンパ浮腫は、先天的にリンパ系に異常があり、腹腔内のリンパ系が奇形もしくは未熟です。通常は元来つながっているリンパ管と静脈が分化して、それぞれが独立した形になります。しかし先天性リンパ浮腫の場合には、リンパ管と静脈が未分化のままになるのです。一次性浮腫は、思春期(12〜13歳)、そして20代、40代と、発症のピークがあります。発症時期が遅ければ遅いほど、症状は悪化しにくいです。

リンパ浮腫でもっとも注意すべき合併症は、蜂窩織炎(ほうかしきえん)です。蜂窩織炎とは、皮膚下に溜まったリンパ液が細菌感染の温床となり、少しの傷から起こる急性の炎症です。留意すべきは、就学・就職の時期に繰り返し蜂窩織炎を起こした場合、通常の生活が送れず就業不可能となるケースもあり得ることから、患者さんの人生に重大な影響を与えかねないという点です。

蜂窩織炎を起こした場合、通常は抗菌薬(抗生物質)で治療を行います。しかし、複数回にわたる抗菌薬の服用によって耐性菌(ある抗菌薬への抵抗力を持った細菌)が発生し、あるとき突然、抗菌薬が効かない状況に陥ることがあります。蜂窩織炎を起こして抗菌薬が効かない状態では、患者さんは死に至るリスクが格段に上がります。

私は1990年頃からリンパ浮腫の研究をしていますが、致死性リンパ浮腫の存在がわかったのは数年前です。一般的に蜂窩織炎は繰り返し発症しますが、私の経験上、10回以上の蜂窩織炎は、致死性リンパ浮腫の目安になり得ます。そのため1回でも蜂窩織炎を起こした場合には、抗生剤治療のみでなく、できるだけ早く手術療法を行うべきであると考えています。私は、耐性菌が出現する患者さんをできるだけ減らしたいと思い、上記のような経過をたどるリンパ浮腫を、あえて「致死性リンパ浮腫」と呼んでいます。

1990年頃までリンパ浮腫の手術療法は、術者の技術レベルにかかわらず効果が低いと認識されていました。そこで私たちは1990年代初めに、脚や腕が腫れ始めた時点のリンパ管を生検で切除し、電子顕微鏡で観察しました。すると、リンパ管のなかの平滑筋細胞が、再生筋細胞という小型の筋肉細胞に変性していることが判明しました。リンパ管内の平滑筋細胞がすでに変性しているために、リンパ管の収縮機能がもとに戻らず、バイパス手術が成功しても退院後に足や腕が腫れてしまうのです。

1990年代当時、30%ほどの患者さんは両足にリンパ浮腫が出ており、そのほとんどのケースで、片足ずつリンパ浮腫が出ることがわかっていました。(出典:光嶋  勲,稲川喜一,漆原克之,森口隆彦:下肢リンパ浮腫の病像,35症例の病因と病像:とくに片側性から両側性への移行例について.日形会誌,18(3):138-143, 1998.3.)そこでどちらかの足にリンパ浮腫が出た時点で、反対側の足にもリンパ管静脈吻合手術を行う方法を始めました。理論的には、リンパ浮腫が発生する前にリンパの抜け道(バイパス)を作ることで、平滑筋細胞が変性しないわけで、その後の長期経過観察で予想通り反対側の足の浮腫発生を予防することができました。

盲点だったのは手術中の姿勢です。リンパ管静脈吻合手術は、患者さんが横になった状態で行います。手術中にうまくいったようにみえても、術後に患者さんが立ったり歩いたりすれば、必ず足とリンパ管に重力がかかります。すると、リンパの抜け道(バイパス)がうまく機能しなくなるのです。

そこで、手術前・手術後に行う「圧迫療法」を始めました。圧迫療法とは、弾性ストッキングなどを用いて手足を圧迫し、皮下組織内の圧力を高めてリンパ管の滞留や毛細血管からの漏れ出しを防ぐ方法です。半年間の圧迫療法ののちリンパ管静脈吻合手術を行い、手術後にも圧迫療法を行うと、治療効果に大きな差が出ました。(出典:光嶋  勲,稲川喜一,衛藤企一郎,森口隆彦:リンパ浮腫に対するリンパ管細静脈吻合術.日外科会誌100(9):551-556, 1999.09.)それ以降、術前後の圧迫療法とリンパ管静脈吻合手術を併用して行う方法が主流になっています。

リンパ浮腫の治療には、保存療法と手術療法があります。1990年に日本で初めて新しいリンパ浮腫の手術療法が行われ、2000年頃から徐々に国内の症例数が増えています。しかしながらリンパ浮腫の手術療法はたいへん高度な技術を要するため、まだまだ専門とする医師が少なく、施設によって技術レベルにかなり差があるのが現状です。外科治療を前提とした保存療法はまだありませんが、新たな理学療法が海外(シカゴ)で講習されつつあり、今後の発展が期待されています。

※現状ある保存療法の詳しい情報については(https://medicalnote.jp/contents/150812-000013-XRBROD)をご覧ください。

リンパ浮腫に対する手術療法では、リンパ管と血管をつないでバイパスをつくり溜まったリンパ液を流す、リンパ管静脈吻合(ふんごう)手術(LVA)を行います。リンパ管静脈吻合手術には、顕微鏡を覗きながら直径0.5ミリ以下の血管などをつなぐ、スーパーマクロサージャリー(超微小外科技術)という非常に高度な技術が必要です。

※スーパーマクロサージャリー(超微小外科技術)の詳しい情報については(https://medicalnote.jp/contents/170127-006-OU)をご覧ください。

リンパ管静脈吻合手術が効果を示さない重症例に対しては、リンパ管移植(リンパ節移植)を行います。これまでの経験から申し上げると、腕のリンパ浮腫であれば80%の割合で著効(薬が著しく有効)または改善します。一方、足のリンパ浮腫の場合、血管が非常に細いため手術の難易度は格段に上がります。高度で繊細な技術を要するリンパ管移植は、世界でも限られた医師のみが手がけています。しかしながら、かなり重症のリンパ浮腫にも効果を示し完治したケースもありますので、希望を持って治療にあたりましょう。

病院のホームページなどを調べると、スーパーマクロサージャリー(超微小外科技術)によるリンパ管静脈吻合手術に関する情報を確認できます。国内では、広島大学病院、岡山大学病院、国立呉(くれ)医療センター、神戸大学病院、福岡赤十字病院、聖マリアンナ医科大学病院、国立国際医療センター、JR東京総合病院、横浜市立大学病院、そして東京大学医学部附属病院などで、リンパ浮腫の手術療法を行っています。(2017年現在)リンパ浮腫の手術を数多く手がけていることは症例数で示されますし、学会でリンパ浮腫の手術療法について発表している大学病院などは、積極的に手術を行っていることがわかります。

リンパ浮腫は、婦人科系がん乳がんに対してリンパ節郭清(がん周辺のリンパ節を切除すること)や放射線治療でリンパ管系を損傷したあとに発症するケースが多くあります。このようなリンパ浮腫を防ぐためには、リンパ節郭清・放射線治療の前中後にリンパ管静脈吻合手術を行うことが重要です。できるだけ早期にリンパ管静脈吻合手術を行い、平滑筋細胞を保護することで、リンパ浮腫を予防することができるのです。2017年現在では海外のがん専門施設を中心に、この手法が広まりつつあります。

がん患者さんがリンパ節郭清や放射線治療をしたあと、多くの場合は半年〜1年ほどでリンパ浮腫が起こります。初めはリンパの腫れも小さく患者さん自身が異変に気付く程度ですが、この時点でリンパ管静脈吻合手術をすれば、完治するケースも多いです。リンパ浮腫に対するリンパ管静脈吻合手術は、実施が早ければ早いほど効果が大きいため、少しでも変化に気づいた場合には、リンパ浮腫外来治療数の多い専門病院を受診しましょう。

リンパ浮腫は、ICG(インドシアニングリーン)蛍光リンパ管造影法によって確定診断を行います。患部にICGを注射し赤外線ランプをあてると、リンパ管の形や滞留箇所を確認できます。リンパ浮腫では、足の付け根(鼠径部:そけいぶ)や下腹部にリンパ液が滞留し、腫れることが多くあります。またリンパ液の流れる速度、出現時などの観察によって、残っているリンパ管の機能を評価できます。

肝硬変が進行すると、症状の1つとして腹水が溜まることがあります。行き場を失った腹水が横隔膜に溜まるとさまざまな合併症の発症リスクが上がるため、リンパ管静脈吻合手術によって腹水を抜くという試みを計画中です。

モノマック症候群という、先天性の免疫異常疾患があります。モノマック症候群は、思春期に足に浮腫が出て、18歳頃に骨髄の異形成によって免疫の機能障害を起こし、最終的に白血病などの骨髄異常を発症します。白血病の発症後は骨髄移植が必要となり、抗がん剤による治療を行います。モノマック症候群で起こる浮腫に対してリンパ管静脈吻合手術を行うと、大きな効果が得られると考えます。実際に2名の患者さんが、リンパ管静脈吻合手術ののちに骨髄移植を行ったことで完治に近い状態となり、通常の生活を送っています。

光嶋勲先生

もしリンパ浮腫を疑う場合には、少しの異変だとしても、できるだけ早期に外科的治療を行う医療機関を受診してください。先述の通り、リンパ管静脈吻合手術には非常に繊細な技術が必要です。外科医によってリンパ浮腫に関する知識や技術のレベルは異なりますので、各病院の情報からリンパ浮腫に関するキャリアを確認したうえでの受診をおすすめします。

 

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