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在宅医療における総合診療医の育成と地域連携

在宅医療における総合診療医の育成と地域連携
加計 正文 先生

社会医療法人さいたま市民医療センター 病院長、自治医科大学 名誉教授・客員教授

加計 正文 先生

小畑 正孝 先生

医療法人社団ときわ 理事長、医療法人社団ときわ 赤羽在宅クリニック 院長

小畑 正孝 先生

この記事の最終更新は2017年12月06日です。

高齢化が進む日本で、今後ますますニーズが高まると予測される在宅医療。そのなかで、患者さんの身体的な問題のみならず、精神的・社会的な側面も考慮して治療を行う「総合診療医」は重要な役割を担うでしょう。本記事では、さいたま市民医療センター病院長/自治医科大学名誉教授の加計正文先生と、医療法人社団ときわ赤羽在宅クリニック院長の小畑正孝先生が「在宅医療における総合診療医の育成と地域連携」をテーマにした対談の様子をお伝えします。

加計正文先生の記事はこちらをご覧ください

『2つの面を兼ね備えた「多能性医師」が地域を支える-さいたま市民医療センターが目指す研修医教育とは』

https://medicalnote.jp/contents/170124-002-RF

『限られた医療資源をフル活用-病床数や医師不足に負けない「さいたま市民医療センター」の取り組み』

https://medicalnote.jp/contents/170124-001-XF

小畑先生:

加計先生は前記事で「総合診療医がもっと増えるべき」とお話されていました。我々も在宅医療を行ううえで、基本的には常勤医全員が総合診療医として働いています。ただ、ほかの在宅医療を専門とするクリニックすべてが同じように認識しているわけではありません。なかには専門医のような区切りを設けて診療を行うクリニックも多いのです。しかしながら高齢者の場合には複合的な問題を抱えていることが多く、さらに在宅医療を受けている患者さんにはそもそも通院が難しいという前提条件があります。このような場合、在宅医療が総合的に患者さんを診ることができないと、結局は病院に通う必要が出てきて、自宅で治療を受けたいという患者さんの希望に添えなくなります。また在宅医療と病院で別々に患者さんを診ていると、患者さんを総合的に診るメリット(薬の調整や全身管理など)がなくなってしまいます。このような視点から、私たち在宅医療を行う医師は、総合診療医であるべきだと考えています。

加計先生:

世のなかの流れとして、総合診療医が大切であるという理屈にはたいていの方が賛成してくれますが、実際に現場で働く人々の本音とは相反する場合もあります。総合診療医は患者さんを丸ごと引き受ける必要があり、ときに看取りにまでかかわります。個人的な負担が重く、「大きな責任が伴う仕事」なのです。

小畑先生:

そうですね。総合診療医でカバーすべき知識は非常に広く、日々勉強し続ける必要がありますから、個人的な負担が大きいことは事実です。その問題を解決するためには、総合診療医の標準プログラムを作成し、基本的な症状・状態に対しては一定の水準で治療可能にすることが必要です。加えて、医師の専門領域をチーム内で補完し合うことも重要だと考えます。たとえば赤羽在宅クリニックには2017年11月時点、神経内科や整形外科などそれぞれ専門を持つ4名の医師が在籍していますが、チーム内で互いに足りない領域をカバーしています。個人レベルでは難しくとも、チームとして専門領域を網羅することは可能でしょう。今後チームが拡大するなかで、専門性を持つ総合診療医を集め、より質の高い医療を提供したいと考えています。

加計先生:

それぞれ専門性を持つ医師が集まり異なる視点から議論することは、正しい方向性だと思います。すべての患者さん1人1人について議論はできずとも、困難なケースに関して、患者さんの社会的な側面などを含めて情報共有し、役割分担できればよいですね。

小畑先生:

そうですね。実際に在宅医療で行われるカンファレンスでは、純粋な医学的問題ではなく、患者さんとご家族の関係など、社会的な側面に問題のあるケースが議題にあがることが多いです。

加計先生:

そのようなカンファレンスで、未経験のケースや専門外の領域がある場合には、どのように対応しているのですか。

小畑先生:

2017年11月時点で、赤羽在宅クリニックでは300名ほどの患者さんを診ていますが、そのようなケースはあまりなく、ほぼすべての状況に対応できています。またカンファレンスには医師だけでなく看護師も参加します。実は、医師よりも看護師のほうが患者さんの家族関係を含めた社会的な側面をよく知っている場合もあり、多職種によるカンファレンスは有益です。ただ今後さらに規模が拡大していけば、すべての状況を把握して診療することは難しくなるでしょう。ですから、チームを分割してMSW(Medical Social Worker:医療ソーシャルワーカー)が深く介入できるシステムを構築したいと考えています。医療機関の意見はほかのプレイヤーに比べて強くなりがちなので、医療機関の医療ソーシャルワーカーが患者さんの担当をもち、リーダーシップを取ると、患者さんの深い問題にまで介入しやすいのです。

小畑先生

加計先生:

なるほど、それはいいですね。では患者さんの医療拒否、輸血拒否、セルフネグレクト(生活環境や栄養状態が悪化しているのに助けを求めない状態)、虐待など、倫理的な問題を含んだケースに対しては、どのように判断していますか。多職種カンファレンスで解決の糸口をみつけられるものでしょうか。

小畑先生:

我々は基本的に、本人の意思に沿う形で医療を提供します。たとえば宗教的な理由で輸血を拒否しているのであれば、その先に予測される状態をきちんとご説明したうえで、患者さん本人の判断を尊重します。むしろ難しいのは、患者さんが、明らかに根拠のない治療法を信じて続けているようなケースです。そのような場合、まず患者さんの治療目的と、治療への理解度を明らかにします。なかには、根拠がないことを知りながら、安心感を得るために治療を続けている方もいますね。治療に関して、患者さんの経済的に問題がなければ、無理にやめる必要はないと思います。一方、すべてを犠牲にして治療費を払っているような場合にはやめることを推奨します。また高齢者には、セルフネグレクトも比較的多くみられます。しかしながら、セルフネグレクトの根底には孤独がありますので、在宅医療チームが丁寧に介入していくと、徐々に人間関係が構築されて、問題解決につながるケースも多いです。

加計先生:

在宅医療のチームがしっかりしているのでしょうね。

小畑先生:

そうかもしれません。困難な事例については、ケアマネジャーさんから依頼がくることが多いです。もしもその際に我々が「医学的に問題がないので関係ありません」と手放したら、それきり患者さんを助けることができなくなります。これからは、医学的な面だけ・自分の専門だけを診る医師ではなく、患者さんを総合的に診療できる医師、そしてチームで患者さんを助ける在宅医療が必要になるでしょう。

小畑先生:

自治医科大学では、1人でも働ける医師になる教育がされますよね。非常に素晴らしいと思いますが、教育のうえでどのような工夫をされていますか。

加計先生:

自治医科大学のシステムでは、卒業後の2年間(初期研修)は基幹病院あるいは関連病院で勤務したのち、3年目以降はへき地に赴き、ケースによっては1名体制で診療所に勤めます。一般の医科大学よりも2年ほど先取りで学部教育を行いますので、卒業の時点で、採血や簡易な内視鏡検査など基本的な技術は習得しています。

小畑先生:

なるほど。卒後3年目に1人で診療所を担うプレッシャーもあるでしょうし、心構えから変わりそうですね。自治医科大学の先生がおっしゃっていた「自分の医療水準が、地域の医療水準になる」という言葉がとても印象的です。在宅医療もそれに少し似ています。基本的には主治医は自分ひとり。自身の知識・医療の水準がそのまま、患者さんが受けられる医療の水準になるのです。私は、在宅医にはこの心構えが非常に大切だと思います。

加計先生:

そうですね。学びのスピードは一般の医科大学より早く、卒業後のプレッシャーもありますので、全体的に学生のモチベーションは高いと思います。また自治医大は、卒業後の医師に対するフォローアップが充実しています。たとえば、赴いた地域で臨床研究する際の資金サポートを行い、コンペティションののち、優秀な発表に対しては大学の教官が無償で論文作成を支援します。

加計先生

小畑先生:

大学全体でフォローアップしているのですね。今後、総合診療医に関しては学会でバックアップしていくようになるのでしょうか。

加計先生:

そうなると思います。そのほかに、地域医療を担う医師に対して、地域の病院がサポートする姿勢が望まれます。たとえば、在宅医療を担うチーム・医師に対して研修プログラムを提供するなど、若い医師がチャンスを求めたときに叶えられる体制を整えていきたいです。

小畑先生:

とてもいいですね。実際、赤羽在宅クリニックに在籍する医師も若い人が多いです。もし大学病院が提供する研修プログラムを受けられる、さらに家庭医療専門医が取得できるとなれば、もっと人材が集まると思います。やはりクリニックだけの教育よりは、大学病院の研修プログラムを受けられる方が、教育面での安心感も増しますよね。

小畑先生:

埼玉県は人口に対しての医師数、病床数、医療機関数が少なく、医療過疎であるといわれます。全体として、救急の受け入れに関してはここ数年で徐々に改善しているものの、東京に比べてかなり厳しい状況です。このように医療過疎地である埼玉県を中心として、我々は今後、在宅医療をもっと充実したインフラとして整備し、積極的に在宅医療を展開していきたいと考えています。一定以上の人口が住むエリアで、在宅医療のある社会を作ることができれば、地域の方々がきちんと医療を受けられるようになります。また結果として、不要な救急搬送を大幅に減らし、急性期病院が本来の機能を発揮できるはずです。貴院は急性期医療を担われていますが、病床は十分ですか。

加計先生:

当院は一般病棟のみ、340床のうち急性期293床、回復期47床という内訳です。大学病院に比べて入院が長引くケースも多く、地域の病院との連携が必須です。

小畑先生:

そのようなケースでは、在宅医療が退院後の受け皿を担えたら理想的ですね。実際、点滴は自宅でもできますし、赤羽在宅クリニックでは、病院での治療を引き継ぐ形で患者さんを受け入れています。しかし、在宅医療への理解がそこまで進んでいないためか、そのようなケースはさほど多くありません。

加計先生:

患者さんや家族が在宅医療を認知していないのかもしれませんね。

小畑先生:

はい、埼玉県では特に在宅医療の認知度が低いです。具合が悪くなったら病院へ行く、というのが一般的な考えですね。北区、足立区などでは在宅医療が徐々に増えており、訪問看護も充実しているため、在宅医療が地域に受け入れられやすいです。まずは埼玉県でも在宅医療を通して自宅で患者さんを診られることを経験してもらうことが必要だと思います。貴院のエリア(さいたま市西区)は地域医療構想のなかで病床は不足していますか。

加計先生:

当院のエリア(さいたま市西区)は将来的に、高度急性期の病床は余り、回復期と慢性期の病床が不足すると予測されています。しかし、在宅医療が選択肢に入ってくれば、地域の方々がきちんと医療を受けられますね。

小畑先生:

そうですね。地域の医療を支えるために、医師単独の在宅医療ではなくチームを編成し、高品質な医療を提供するシステムを構築することが重要です。今後、在宅医療への理解を深め、患者さんを送る先として、在宅医療が選択肢に組み込まれることを目指します。

加計先生:

在宅医療と地域医療が、互いに機能を補完する関係になれるかが問題ですね。在宅医療が大事なことは皆わかっているはずですから、地域医療のなかで、どう在宅医療を位置づけるかが課題になるでしょう。

小畑先生:

確かに、そもそも在宅医療の存在感が薄いのかもしれません。たとえば、歩行困難に陥った患者さんを自宅に戻すのが難しい場合、現状では「施設を探す」という思考になります。介護サービスを入れて自宅へ戻す、ましてや在宅医療に切り替えるといった発想にはならないでしょう。まずは在宅医療が、患者さんや病院の選択肢に入る必要があります。

加計先生:

在宅医療で、家族側のファクター(要素)はどれくらい関与しますか。

小畑先生:

家族側のファクターは強く関与します。もし家族が「みられません」といって手放したら、患者さんを助けることは難しいですね。実は、独居の患者さんの方がスムーズに医療提供できるケースも多いです。独居であれば、治療方針を決定する際に家族間の利害関係を調整する必要がなく、患者さん本人の意思だけを汲み取ればよいからです。

加計先生:

なるほど。実際に診られている患者さんの年齢や自立度はどのくらいですか。

小畑先生:

患者さんのほとんどが70歳以上で、80〜90代の方もいらっしゃいます。若い方の場合は、がんや難病で終末期を迎えられているケースですね。自立度についてはさまざまですが、寝たきりの患者さんでも1日3回介護サービスをつけて生活できているケースもあります。

加計先生:

では、医療安全面で問題になるようなケースはないのでしょうか。病院で患者さんを診る場合、たとえば転倒による骨折や誤嚥(食べ物や異物を気管に飲み込んでしまうこと)など、入院中の事故が起こり得ます。我々はそれらの事故を予防するため、安全面で常に警戒しています。

小畑先生:

在宅医療でも、患者さんの転倒などは日常的に頻繁に起こります。しかし、在宅医療は患者さんを管理するというよりは、アシストする感覚なので、安全管理の責任が問題になることは少ないです。もちろん、予測される状況については十分に説明しておくことが重要です。そして患者さんには「何かあれば連絡をください」と話しています。

加計先生:

なるほど。在宅医療の機能や役割について情報を浸透させるには、たとえば病院で在宅医療の実例をお話ししていただく機会などがあればよいのでしょうか。

小畑先生:

はい、それは大事だと思っています。先日も病院のMSW(医療ソーシャルワーカー)や看護師に向けて、在宅医療の実例や症例検討を交えたプレゼンを行いました。やはり実際に出向くのは大切です。病院から自宅へ戻れないと判断されているような症例でも、在宅医療を使えば自宅で生活できるケースは多数あります。このようなプレゼンを通して、在宅医療を選択肢に組み込みたいと考えます。

小畑先生:

関東のある病院では、週に半日、在宅医療外来の時間を設けています。その時間に非常勤の在宅医がきて各病棟をまわることで、病院との共同診療が可能になりました。患者さんの電子カルテを共有し、在宅医療の視点から症例検討を行うことができます。在院日数も短縮でき、病院・患者さん両者にメリットがあります。

加計先生:

それは有用ですね。

小畑先生:

我々も病院で症例検討する際、在宅医は担当のMSW(医療ソーシャルワーカー)から患者さんの情報をプレゼンしてもらい、本人を診ています。すると、ほとんどのケースで問題解決の糸口がみつかるのです。

加計先生:

なるほど。在宅医療が外部から介入するのは難しくても、お話されているような形で、互いに混ざり合うような関係を構築できればスムーズかもしれませんね。

小畑先生:

そうですね。特定の人々に利益のある方法ではなく、地域のためになる方法を考えていかなくてはなりません。まずは総合診療医を育成し、チーム内で専門性を補完できるシステムを構築します。そして在宅医療が地域医療でいかに機能するのか、どのように連携すればよいかを知ってもらい、患者さんの行き先として選択肢に入ること。そのために我々は、現在の取り組みを継続していきたいと考えています。

 

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