インタビュー

重症マラリアの症状と、感染リスクのあるマラリアの流行地域

重症マラリアの症状と、感染リスクのあるマラリアの流行地域
加來 浩器 先生

防衛医科大学校 防衛医学研究センター 教授

加來 浩器 先生

JAMSNET東京(ジャムズネット東京)は、海外居住経験を持つ医療、保健、福祉、教育、生活等の...

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この記事の最終更新は2017年12月12日です。

世界三大感染症のひとつ、マラリア。5つの種類にわけられるヒトマラリアのなかでも、最も危険な「熱帯熱マラリア」は意識障害や重度の貧血腎不全などを引き起こすことがあり、流行地域では死亡者も出ています。なぜ、熱帯熱マラリアのみが重症化するのでしょうか。重症マラリアの原因と症状、また、世界におけるマラリア流行の歴史と現状について、防衛医科大学校防衛医学研究センター教授の加來浩器(かく・こうき)先生に、お話しいただきました。

ヒトに感染するマラリアは、現時点で5種類存在することがわかっています。このうち、最も危険なマラリアは、重症化することもある熱帯熱マラリアです。本項では、熱帯熱マラリアが重症化する機序についてご説明します。

熱帯熱マラリアの場合、マラリア原虫に感染して溶血した赤血球の近くに存在する、感染していない赤血球が、“つられる”ように溶血し、重症化することがあります。このような現象は、「非感染赤血球の溶血」と呼ばれています。なぜ、非感染赤血球まで溶血を起こすのかはわかっていませんが、この現象によって致死的な貧血などに陥ることがあります。

赤血球

三日熱マラリア原虫と卵形マラリア原虫は、成熟する前の幼弱な網状(もうじょう)赤血球にのみ、感染することができます。これとは逆に、四日熱マラリア原虫は、脾臓(ひぞう)に取り込まれて処理される前の古い赤血球にしか感染することができません。

ところが、熱帯熱マラリア原虫は、すべてのステージの赤血球に感染することができます。そのため、全赤血球の30~40%に感染することも可能であるといわれています。これも、熱帯熱マラリアのみが重症化する理由のひとつです。

意識障害や急性腎不全などを引き起こすマラリアを、脳マラリアといいます。脳マラリアとは、熱帯熱マラリアが重症化したときに生じる合併症のひとつです。

マラリアに感染した赤血球には、ノブ(Knob)と呼ばれるタンパク質の隆起が生じます。ノブ同士は接着しやすい性質があるため、マラリア感染赤血球は連なって「連銭形成」を起こします。脳マラリアは、連なったマラリア感染赤血球が脳や臓器につながる毛細血管を塞いでしまうことで起こります。

なお、脳マラリアにはメフロキン塩酸塩やアルテミシン誘導体などの殺メロゾイト薬といった有効な薬剤が存在します。これらの薬剤により血管を塞いでいる連銭状の赤血球を除去することができれば、後遺症も残りません。

体内に侵入したマラリア原虫(スポロゾイト)は、すべてが多分裂してメロゾイトに変わるわけではありません。三日熱マラリア原虫と卵形マラリア原虫の一部は、多分裂して血液中へと出ていかず、肝臓のなかに留まり続けます。このように、肝細胞のなかで休んでいるマラリア原虫を休眠型原虫と呼びます。

患者さんにマラリアの症状が現れたとき、メロゾイトのみを死滅させる薬を使って症状を抑制したとしても、休眠型原虫を殺すことはできません。

マラリアの再発は、治療後に体内に残った休眠型のマラリア原虫が、活動を開始することで起こります。

そのため、三日熱マラリアと卵形マラリアに対しては、発症した時点で「肝内に休眠型原虫がいる」と考え、メロゾイトとともに休眠型原虫を死滅させるプリマキンリン酸塩も併用する必要があります。

肝細胞に侵入する前のスポロゾイトに対するワクチンは開発が困難とされており、現状、メロゾイトと休眠型マラリア原虫を殺す薬の併用が、有効性の高い治療と考えられています。

日本は1960年代に土着マラリア(もともとその土地に存在しているマラリア)の排除に成功しており、現在は国外から持ち込まれる輸入マラリアへの注意喚起がなされています。しかし、1960年代までの日本では、幾度も土着マラリアの流行が起こっていました。そのなかでも、特筆して語られているものが「戦争マラリア」です。

戦争マラリアとは、第二次世界大戦中の沖縄で起こったマラリアの集団感染被害を指す言葉です。戦争マラリアは、その当時人が住んでおらず土着のマラリア原虫が存在していた地域に、旧日本軍が多くの地域住民を強制移住させたことで起こりました。

韓国では、1979年に土着のマラリア撲滅宣言が出されました。しかし、1993年に三日熱マラリアの感染が広がり、2000年には4,000人を超える感染者が出たことで、国際的にも大きな問題となりました。1993年に韓国人陸軍兵士に発症した三日熱マラリアは、陸続きの北朝鮮で、大きな干ばつと洪水、飢饉(きが)が起こったことを機にもたらされたと考えられています。北朝鮮は、今もなお土着の三日熱マラリアが存在している地域です。北朝鮮と韓国の境界地域(DMZ)に生息する土着のシナハマダラカは、ヒトよりも動物に対する吸血嗜好性が高く、また夜間に吸血活動するという性質を持っています。そのため、本来であれば夜行性の動物を吸血の対象とします。しかし、自然災害により野生動物が激減したことで、夜間にDMZで勤務する韓国の陸軍兵士の方も吸血の対象となってしまい、マラリアがもたらされたと報告されています。

1993年の韓国におけるマラリア流行は、自然災害と感染症の関係を考える際の、ひとつのモデルとなるものと考えています。

現在も、アジア、オセアニア、アフリカ、中南米地域など、91か国でマラリアの流行が起こっています。WHOのWorld Malaria Report 2016によると、2015年の世界におけるマラリア新規報告数は2億1,200万人とされています。また、このうち、約90%はアフリカで起こっており、東南アジアは約7%にまで減ったとされています。

現在、WHOでは2020年までに世界のマラリアを大きく減らすというゴールを設け、対策を推し進めています。そのために、公的機関からも多額の資金が投資されています。しかしながら、こうした潮流のなかで、パッケージの酷似したマラリア偽装薬も製造されるようになり、新たな問題が生じています。現在、世界で流通しているマラリアの偽装薬は、まったく効果がないというわけではなく、マラリア原虫に対して作用する成分(真薬と同様の成分)も多少は含まれています。これが災いし、既存のマラリア治療薬に耐性を持つ、より強いマラリア原虫が現れ始めています。

マラリア偽装薬
カメルーンで流通しているマラリア偽装薬:左が偽装薬、右はパッケージにホログラムがついた新薬 写真提供:加來浩器先生

世界の製薬メーカーは、偽装薬との見分けがつくよう、真薬のパッケージにホログラムをつけるなど、さまざまな工夫を凝らしています。

世界的に流行する感染症の対策に際しては、このような問題もみつめていかなければなりません。

 

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  • 防衛医科大学校 防衛医学研究センター 教授

    加來 浩器 先生

    防衛医科大学校防衛医学研究センターにて、広域感染症疫学・制御研究部門の教授を務める。デング熱やマラリアなど、世界で流行する感染症について、病原体や媒介者の性質、地域の歴史や国ごとの課題などに深い観察眼を持ち、多角的な研究を行っている。

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