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放射線の基礎知識を知り、検査を行うことのメリットとデメリットを考える

放射線の基礎知識を知り、検査を行うことのメリットとデメリットを考える
メディカルノート編集部 [医師監修]

メディカルノート編集部 [医師監修]

この記事の最終更新は2018年01月18日です。

2011年の東京電力福島第一原発事故を受け、福島県南相馬市の学校では、児童全員を対象とした内部被ばく検査が行われています。原発事故から6年半以上が経った現在(2017年)も、この検査は実施され続けています。

福島県の主に相馬市と南相馬市で、放射線アドバイザーの仕事を行っている医師・坪倉正治先生は、「児童全員を対象とした内部被ばく検査には、メリットもあればデメリットもある」とおっしゃいます。

継続的な内部被ばく検査により、子どもたち全員の安全が確認されたことは、検査の大きなメリットであったといえます。しかし、既に被ばく量が少なくなってきている現在、お子さんが検査を受け続けるという行為によって、自分の体や将来に対して逆に不安を感じてしまうといった可能性もあるでしょう。このような事態を防ぐためには、大人・子ども皆が放射線に対する正しい知識を共有し、誤解や疑問をひとつずつ解消していくことが大切です。

この記事では、2017年8月21日に坪倉先生を講師として行われた「地方議員のための政策セミナー」(主催:メディカルノート)から、放射線の基礎知識と検査の位置付けに関するお話を抜粋してレポートします。

厳密には異なりますが、放射線は「光」であるとイメージしてみると、イメージがつかみやすくなります。懐中電灯から光が出るように、放射性物質から出る光のことを「放射線」といいます。

放射性物質には、さまざまな種類があります。よく名前を聞くような放射線物質としては、ヨウ素やセシウム、ウランやプルトニウムなどが挙げられます。放射性物質には、天然のものと人工のものがあります。たとえば、土のなか、空気中などに、天然の放射性物質が存在しています。また、私たちの人間の体内にも、生命を維持するために欠かせないカリウムなどの放射性物質が存在しています。

放射線と聞くと、人体にとって悪い影響をもたらすものと感じる方もいるかもしれません。しかし、放射線は自然界にもともと存在しており、それ自体が見境なく健康に影響をもたらすというものではありません。通常、私たち人間が生きているなかで浴びる放射線の「量」は、健康を損なうほどのものではないのです。

たとえば、日本国内ではもともと東日本よりも西日本のほうが、放射線の量が多い傾向があります。放射線量は、特に温泉地で多くなる傾向があります。また世界では、石造りの建築物などが多いヨーロッパ圏の国々のほうが、日本に比べ放射線量が多くなっています。しかし、それにより住民の方の健康に差が生じているわけではありません。

バナナや牛乳

また、牛乳や肉類、魚など、ほとんど全ての食べ物には、天然の放射性物質であるカリウム40が一定量含まれています。しかし、これらの食べ物に含まれる放射性物質の量は、健康に影響を及ぼすほど多くはありません。

放射性物質の影響は、人工のものでも天然のものでも変わりません。

どちらの放射性物質からも放射線が出ていますが、体への影響は「どれだけ浴びたか」という量の問題のみによって決まります。

放射線を浴びることを「被ばく」といいます。この被ばくには、経路が2つあります。ひとつは体の外に放射性物質があり、そこから放出される放射線を浴びる外部被ばくです。レントゲン検査やCT検査による被ばくは、外部被ばくに該当します。もうひとつは、口や傷口を入り口とし、体内に放射性物質を取り込むことで起こる内部被ばくです。

もし、全く同じ量の放射性物質が体外と体内にある場合を比べるとすれば、後者のほうがリスクは高まります。しかし、放射線による影響を決定づけるものは、どれだけ浴びたかという「量」ですので、インターネット上などでよくいわれる「内部被ばくのほうが危ない」という情報だけでは誤解があります。そして、福島第一原発事故などの放射能災害では、被ばく量が一定以上にならないように、国による基準値が設けられています。

みなさんにとって、安全とは何でしょうか。

辞書によると、「安らかで危険のないこと」、「危険以外」などと定義されています。安全とは、科学のみで決められる問題ではありません。安心が心の問題だとすると、安全は社会の心の問題(合意)であると考えることができます。

安全

私たち人間が定める基準値とは、社会の安心のために、社会の同意によって作られた数値であると捉えることができます。

たとえば、加工食品のなかの保存料の量や食品の中の細菌の量は、完全にゼロにすることはできません。そのため、保存料や細菌などについて社会の同意に基づく基準値が定められています。放射線の基準値についても同じです。完全にゼロにしたいけれども、それができない。-そのため、現実的に十分影響が考えられないレベルの基準が作られ、運用されています。東京電力福島第一原発事故の後にセシウムを対象とした新たな基準値が設定され、2012年4月から運用されています。

(参考:厚生労働省:食品中の放射性物質の新たな基準値 http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329_d.pdf )

南相馬市の検査データでは、流通している食材を食べていることで、内部被ばくが増えた方はいらっしゃいません。

流通している食材とはすべて検査をされたものであり、上述の新基準値を下回っています。仮に検査のなかで高度に汚染しているものがあったとしても除かれているため、お店で売っている食品で内部被ばくが増える心配はありません。

福島県南相馬市の児童全員を対象とした内部被ばく検査は、2011年から毎年行われています。この検査により、既に2012年の夏頃から、ほぼ児童の誰からも内部被ばくを検出することはなくなっています。原発事故から6年半が経った現在では、1ミリシーベルトを超える放射線量が体内から検出されるのは大人ですらおられません。

元気に外遊びする小学生くらいの子どもたち

ところが、安全が確認されて久しい2017年現在も、南相馬市の学校では、すべての児童を対象とした内部被ばく検査は行われ続けています。また、保護者の皆さんに対し「すべての子どもに対し放射線量を測定する検査を行なうべきだと思いますか」「それとも、希望者のみに行なうべきだと思いますか」と問いかけると、「全員に対して検査をしてほしい」という意見が圧倒的多数を占めます。

科学的には安全性が確認されている今、「何のために検査を行なうのか」という点について、今一度考えることが大切だと感じています。ヘルススクリーニング検査には、心理的・時間的デメリットもありえます。子どもたちが「自分は◯◯という理由で健康なのだ」と確信を持って主張できるきっかけになるのであれば、検査はいきてきます。

私は南相馬市の学校にお邪魔し、子どもたちに対して放射線に関する授業を行なうこともあります。このとき、「子どもたちが自分で自分の安全と健康を理解すること」そして、「自分の健康について、自信を持って説明できるようになってもらうこと」を最も重視しています。放射線の問題に晒された地域の学校では、放射線の基礎知識やリスクを教えることも、もちろん重要です。しかし、安全性が確認されている今、根拠のない差別やいじめから、子どもたちの心と体を守るための教育を行なうことが、より大切なのではないかと考えています。

東日本大震災の後の福島第一原発事故は、大変につらく過酷な出来事でした。しかし、季節的な背景や地理的な条件などが重なり、不幸中のさいわいにして原発事故による被ばく量は少なく、子どもの体への影響はほぼ考えられません。その一方で今後は被災された地域のお子さんたちが成長し、転居や結婚、妊娠・出産を考える際、迷いや不安なく前に踏み出せるよう、私たち大人が後押ししていくことが重要だと感じています。

内部被ばく検査を続けるのならば、その目的は何なのか、どの段階でやめるのか、放射線教育は何のためにあるべきか、ぜひ、この機会に皆さんにも考えていただければと願っています。