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2000年代に行われた医学教育の抜本的な改革と課題-卒前・卒後のシームレスな教育を

2000年代に行われた医学教育の抜本的な改革と課題-卒前・卒後のシームレスな教育を
新井 一 先生

順天堂大学 学長 、一般社団法人全国医学部病院長会議 会長

新井 一 先生

この記事の最終更新は2018年02月28日です。

かつて、日本の医学教育は各大学に任されている裁量権の範囲が広く、大学間で教育水準などに差異が生じてしまいやすいという問題点を抱えていました。この問題を解消し、卒業時点での医師の質を担保するために、2001年頃から約15年かけ、医学教育の抜本的な見直しが行われました。たとえば、初期臨床研修の導入などがよく知られている医学教育改革の一例です。

しかし、時代や社会のニーズが変化するなかで、日本の医学部は再度教育の在り方を見直すべき時期を迎えています。順天堂大学学長であり、一般社団法人全国医学部長病院長会議の会長を務める新井一先生に、この15年間で行われた3つの医学教育改革と課題、見直しが必要な現行の制度について、お話しいただきました。

日本には2017年現在、82の医学部があります。日本の医学部に在籍する医学生は最短でも6年間所属する大学で座学形式と実習形式による教育を受け、医師として活動するための基本的な実践力を身につけたうえで卒業します。日本の医学教育は、この15年で大きく様変わりしました。そのなかでも特記すべきは、(1)医学部教育モデル・コア・カリキュラムの導入(2)共用試験の実施(3)初期臨床研修制度の開始の3点です。

講義を受けている学生

過去の日本では、各大学に任せられた裁量権が大きく、独自性に富んだ医学部教育が行われていました。しかし、この方法では入学した大学により受けられる教育や進級判定基準にも差異が生じてしまい、卒業時点における医師の質にも差が生じてしまうという問題点がありました。

2001年、上記のような指摘や社会のニーズに応える形で、医学教育の抜本的改革を目的とした「医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン」が文部科学省より公表されました。

医学教育モデル・コア・カリキュラムは、すべての医学部・医科大学の教育水準の向上と均一化をはかるため、「医学・歯学教育の在り方に関する調査研究協力者会議」(座長:高久史麿先生)により制定されたカリキュラムです。

カリキュラムのうち約7割は、ある程度画一化されたコア(根本部分)となる教育内容が占めています。また、残りの約3割は、医療と医学の多様化にも対応し、それぞれの大学が独自性を発揮できるようなカリキュラムとなっています。

2001年に「医の原則」や「診療参加型臨床実習」、そして「共用試験」をキーワードとして策定された医学部教育モデル・コア・カリキュラムは、時代の要請に応じて改定されており、昨年2016年に約6年ぶりとなる改定がなされました。2016年改定時には、多様なニーズに対応できる医師の要請、社会の変遷への対応、卒前・卒後の一貫性などがキャッチフレーズとして掲げられ、本記事で詳しくお話しする「診療参加型臨床実習」や「地域包括ケアシステム」などがキーワードとして盛り込まれました。

2001年に医学部教育モデル・コア・カリキュラムが策定されて時点で、その必要性が指摘された共用試験は2005年から開始となりました。共用試験とは、一般教養や臨床前医学教育を履修した医学部4年生が、臨床実習に進む前に受験する進級判定のための試験です。これにより、学生がコア・カリキュラムの到達目標に達しているか、患者さんに接する臨床実習を行なうに足る能力を獲得しているか否かを評価します。

共用試験は、以下に記す2つの試験により成り立ちます。

(1) CBT(Computer Based Testing)

これまでに学んだ知識の総合的な理解度をはかる、コンピューターを用いた客観試験です。

(2) OSCE(Objective Structured Clinical Examination、オスキー)

患者さんへの接し方などを含め、基本的な臨床技能をはかる試験です。模擬患者に対する実技形式の試験で、学生が行なう一連の診察の流れなどをみます。医療系大学間共用試験実施評価機構(CATO)のもと、他大学の教員が評価を行なうことで客観性を担保しています。

共用試験に合格すると、一般社団法人全国医学部長病院長会議が“Student Doctor認定証”を発行します。共用試験は国家試験ではありませんが、患者さんに信頼していただくための大きな資格となり得るものであるという考えから、このような認定証を発行しています。

臨床実習の際にStudent Doctor認定証をつけていることで、一定の医行為を行うにあたり必要な基準を満たした選ばれた学生であることを患者さんにも明示でき、安心感にもつながるものと考えています。

2017年現在、共用試験は全国80の医学部・医科大学で進級判定材料として用いられています。

順天堂大学では他の試験に受かっていても、CBTとOSCEに合格できなかった場合、臨床実習へと進むことはできず留年になりますが、現在多くの大学で共用試験はこのような形で利用されています。

詳しくは後述しますが、今後は共用試験は医師国家試験と同様のレベルで、全国共通の試験として用いられていくことが理想であると考えています。共用試験と医師国家試験の内容を調整し、所謂知識を問う問題をCBTに集中することで、学生が臨床実習に注力できる環境を整えることも可能になります。この実現のためには、共用試験の公的なものとしての位置付けの明確化と判定基準の統一がなされていかなければなりません。

臨床実習

共用試験に合格した学生は、その後臨床実習に臨みます。2001年の医学教育モデル・コア・カリキュラムの導入とその後の改定を経て、過去には見学型だった臨床実習は、未だ充分とは言えませんが「診療参加型臨床実習」へと大きく変わってきました。医師の診察行為を見学し、レポートを書くといった形ではなく、実際に一定の医行為を行ない診療チームの一員となることで、患者さんを診療するために必要とされる知識や技能、態度を含めた基本的な実践力を習得するといった目的です。

卒業時に医師としての基礎的な臨床実践力を身につけるためには、2年間の参加型臨床実習に腰を据えて取り組むことが極めて重要になります。

しかし、現在は大学ごとに臨床実習の内容やレベル、週数に差がない訳ではありません。(詳細は記事2『社会のニーズに応えられる医師を養成するために-国際標準化と学外臨床実習の拡充』へ)

加えて、6年次の2月には医師国家試験が控えており、その対策のため、6年次の臨床実習は形骸化してしまっているという現実があります。

医師国家試験については、2018年の第112回試験から出題数が100問減り、試験日数も3日間から2日間へと短縮されます。これにより、学生への重圧は軽減するのではないかと期待されます。

これはあくまで私の意見ですが、6年次の臨床実習の形骸化という問題を解決するために、医師国家試験の出題は「臨床実習で学び得た内容に限る」ものとし、6年生は12月頃まで臨床実習に注力できるよう、環境を整えるべきであると考えています。

現在の医師国家試験が学生に与えているプレッシャーと対策のために使わねばならない時間はあまりに大きく、現在の制度のままで臨床実習に集中せよということは学生の立場に立って考えても困難であるといえます。

私個人としては、年が明けた1月に1か月間受験勉強に専念することで合格できるよう、試験のレベルを調整することが望ましいのではと感じています。

そのためには、共用試験のCBTの出題内容を医師国家試験のそれと調整を図り、さらに先述したように全国でその判定基準や位置付けも画一化していく必要があると考えます。いわゆる「座学」は最初の4年間で徹底的に学び、共用試験に合格した学生は診療参加型臨床実習に専念し、医師国家試験でその修得度をはかるということです。

2004年(平成16年)に始まった初期臨床研修制度は、この15年間の医学部教育改革のなかの大きな柱の一つです。今、この初期臨床研修制度も見直すべき時期に入っているといえます。

現行の制度では、医師国家試験に合格して一回目の医籍登録を終えたとしても、その後二年間の初期臨床研修を修了し、二回目の医籍登録を終えなければ医師として活動することはできません。しかし、初期臨床研修制度には、卒前の診療参加型臨床実習と重複している部分があるという課題点や、基礎研究へと進む医師の減少を招いているという側面もあります。

医学部に限らず、日本は今、あらゆる学問分野において研究力を高めるため、大学院を強化していかなければならない時期にあります。2007年、2010年の医学教育モデル・コア・カリキュラム改定時にも、「研究への視点」「研究マインド」というキーワードが盛り込まれました。

このような課題を解決していくために、私たち全国医学部長病院長会議は臨床研修制度のゼロベースの見直しが必要なのではないかと提言しています。

私たちが提言する一つの案は、初期臨床研修の1年目を卒前に前倒しできないかというものです。これにより、上述した臨床実習との内容の重複問題が解消できるだけでなくシームレスな卒前・卒後教育が可能になります。現在の医学教育は、卒前と卒後、つまり医師国家試験のタイミングで一端分断されてしまっており、これは以前より長らく問題視され続けていました。初期臨床研修の前倒し案は、長きに渡り要請され続けてきた連続性、一貫性のある医学教育の実現のための、ひとつのきっかけになり得ると考えています。勿論このためには、我々医学部がしっかりした診療参加型臨床実習を実践していく体制を整えることが必要であることは言うまでもなく、その責任は重いと思っています。また、同時に共用試験を公的なものとする、学生の行う医行為を法的に担保するといったことも必要になってきます。