下垂体腺腫は、脳の下垂体の周囲にできる腫瘍のひとつです。発症すると目の異常やさまざまな病気を引き起こすことがあります。主な治療方法は、鼻から器具を入れて腫瘍を取り除く手術です。体に負担をかけにくくするため内視鏡(体内を観察・治療する医療器具)がよく利用されています。確立している手術方法ですので、下垂体腺腫が発見された方は、あまり身構えず治療を受けるようにしてください。
今回は、下垂体腺腫の治療方法について、昭和大学病院脳神経外科 谷岡大輔先生にご解説いただきました。
下垂体腺腫の治療方法としては、手術治療、薬物治療、定位放射線治療があります。選択される治療方法は、腫瘍の種類によって異なります。
機能性下垂体腺腫(ホルモンの分泌量を増加させる腫瘍)の治療では、ほとんどの場合、手術治療が選択されます。非機能性下垂体腺腫(単に大きくなった腫瘍)では、大きさが20ミリ以上であるか視神経に接している場合、手術を行います。
手術の種類と特徴については、詳しく後述します。
下垂体腺腫の治療方法では、ほとんどの場合、手術治療が選択されます。一方、薬物治療が選択されることもあります。
機能性下垂体腺腫のひとつであるプロラクチン産生下垂体腺腫に対しては、ドーパミン作動薬*を投与することがあります。ドーパミン作動薬には、プロラクチン(乳汁をつくるホルモン)の分泌量を下げたり、腫瘍を小さくしたりする作用があるためです。
ドーパミン作動薬の副作用はまれですが、腫瘍内出血*や心臓弁膜症*が起こる可能性があります。また、投薬を中断すると腫瘍の増大が再開することがあり、薬を飲み続けなければいけなくなる場合があります。
ドーパミン作動薬…ドーパミンと同じようなはたらきをする薬剤。
腫瘍内出血…腫瘍のなかで血が出てしまう状態。
心臓弁膜症…心臓の弁の機能が損なわれ、血液の流れに異常が起こる病気。
体の抵抗力が落ちている方や心臓が悪い方には、定位放射線治療*を実施することがあります。ただし、放射線治療を行う方は実際にはほとんどいません。
定位放射線治療…放射線を多方向から集中的に病巣(病原がある箇所)にあてる治療法のこと。
経蝶形骨洞手術は、鼻の穴から器具を入れて、頭のなかにある腫瘍を取り除く手術方法です。下垂体腺腫の手術のなかでも、よく選択される方法です。
鼻の穴の周囲には、副鼻腔(ふくびくう)と呼ばれる空洞が4つあります。そのなかの1つである、鼻の奥の方にある蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)という空洞を経由して、下垂体付近の腫瘍を除去する治療方法です。近年では、神経内視鏡*が導入されています。
神経内視鏡…脳神経外科における治療でつかわれている内視鏡のこと。
内視鏡…臓器などのなかをリアルタイムで観察できる小型カメラ。
腫瘍の大きさによっては、脳の開頭手術(頭蓋を切り開いて行う手術)が選択される場合があります。頭蓋を切開することで脳に触れる可能性があり、体への負担がかかりやすい手術方法とされています。
ハーディー手術は、歯ぐきを切開して腫瘍を摘出する手術方法です。上の歯ぐきを切開することで、鼻腔(びくう)を露出させ、ひらけた通路から器具を挿入します。
手術のあとには歯ぐきを縫う必要があり、強い痛みが出たり顔が腫れたりする可能性があります。患者さんの負担が大きいことから、ほとんど行われない治療方法です。
下垂体腺腫の手術では、内視鏡をみながら行う方法(鏡視下手術)がよく選択されます。手術器具と内視鏡を鼻の穴から挿入して行います。顕微鏡をみながら行う従来の方法に比べて周囲組織を観察しやすく、他の器官を傷つけにくいことが特徴です。
内視鏡下手術では、まず、鼻の奥にある蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)に10ミリくらいの小さな穴をあけます。その穴から内視鏡を差し入れ、なかの様子をみながら腫瘍を摘出します。切開する部分が小さいため、高齢者でも全身麻酔をかけられれば実施することが可能です。
内視鏡の視野角(映る角度)は140度です。内視鏡を使うことで、下垂体の周囲を広くみ渡すことができます。
また、下垂体の周りには大切な構造物が複数あります。下垂体の上部に位置する視神経、下垂体の両脇を通る内頚動脈(ないけいどうみゃく)などです。内視鏡を利用することで、これらを損傷しないように腫瘍が摘出されやすくなります。
内視鏡は、慣れるまでは操作するのが難しい機器です。狭い穴にカメラを差し入れ、さらに器具を挿入する必要があり、こみ入った操作になります。医師が内視鏡の操作を行う場合に特別な資格は必要ありませんが、技術認定の資格を取得する制度はあります。
手術にかかる時間は、一般的には2~4時間です。内視鏡の操作に慣れている医師が実施するとより早く終了することもあります。
全身麻酔をかけて行うため、手術の前後にも時間を要しますが、合計時間としては半日かからないことが一般的です。
手術する際、入院日数はおよそ7日間~10日間です。下垂体腺腫の手術後には、ホルモンが出にくくなったり、逆に出すぎたりしてしまう時期があります。その期間中は吐き気や頭痛が起こる可能性があり、病院で様子をみる必要があります。
また、退院後はすぐに職場復帰が可能とされています。実際には、しばらく休みを取る方が多いようです。
なお、下垂体腺腫の手術は保険が適用されています。
下垂体腺腫の手術では、後遺症として髄液鼻漏が起こることがあります。
髄液鼻漏とは、手術のあとで水分が漏れてくる状態を指します。頭のなかは水分(髄液)で満たされており、そこに脳が浮いた構造になっています。大きな腫瘍を手術によって取り除くと穴があくため、そこから水分(髄液)が漏れてくる場合があります。
手術中に漏れてきた場合は、膜を縫ったり、お腹の皮下脂肪を充填したりして対処するため、大きな問題にはなりません。術後に漏れてくる場合は、鼻のなかの雑菌を頭に引き込む可能性が高くなるため、再手術を行うことがあります。
非常にまれですが、下垂体腺腫の手術では、下垂体の両脇にある頸動脈(内頚動脈)を傷つけてしまうことがあります。これを内頚動脈損傷といいます。内頚動脈は1分間に約1,000CCの血液が流れている器官です。損傷すると、止血するのに数分かかるため、大量に出血してしまうことがあり、注意が必要な部分です。
下垂体腺腫の手術を行うと、一時的または永続的に下垂体機能の低下がみられます。ただし、それが手術によるものなのか、患者さんが元々持っている病気によるものなのか、はっきりと区別するのは困難です。下垂体機能が低下すると、人間の生命活動に必要なホルモンが損なわれることがあります。この場合は、ホルモン剤の服用を行います。
まれな合併症ですが、開頭手術を行う場合は、脳に触れることによって後遺症が起こる可能性があります。たとえば、術後に体の半分が麻痺する、言葉が出にくくなる、てんかん発作が生じるなどです。
下垂体腺腫の手術を考えている方は、脳神経外科だけでなく耳鼻咽喉科と内分泌内科を一緒にみられるような大きな病院を受診するようにしてください。脳外科だけでは治療が完了しないため、耳鼻咽喉科と内分泌内科があるかどうかを事前に確認することが重要です。
内視鏡下手術を考えている方は、病院のWEBサイトなどを確認し、実績のある病院を選んで受診するとよいでしょう。
下垂体腺腫の手術は、開頭手術ほど身構えることはありません。気軽にとはいいませんが、ぜひリラックスして手術を受けるようにしてください。
昭和大学病院 脳神経外科 准教授
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