医師は、常に安心感を与える存在にならないと

「医師は、常に安心感を与える存在にならないと」

慢性疾患だからこその医療を心がける菅野義彦先生のストーリー

東京医科大学腎臓内科主任教授

菅野 義彦 先生

どんな状況でも「大丈夫ですよ」と微笑みながら

「今日は数値が悪くなっていませんか?」

診察室に入る多くの患者さんが不安そうな顔をして私に尋ねてきます。腎臓病を患っている患者さんはいつも恐怖との戦いです。腎臓病の場合、他の臓器と違って自覚症状がほとんどありません。そのため、前回の診察時から体調に変化がなくても、あるいは、健康診断で指摘を受けただけで自分では特に変調を感じていなくても、腎機能が悪くなっているかもしれないのです。

実際に数値が悪化してしまっていると、それを目の当たりにした患者さんの目は本当に悲しげで、こちらまで辛くなってしまいます。しかし、医師である私がそこで悲観的な話ばかりしていてはいけないと思っています。

「確かに数値が少し動いているようですね。動く原因になるようなことをしていませんでしたか?それをみつけて次に悪くなるのを防ぎましょう。大丈夫ですよ。すぐにどうにかなってしまうわけじゃないですから。」

医者の「大丈夫」という一言で、患者さんは私たちが思っているよりもずっと安心してくださるようです。私の専門分野である腎臓疾患の多くは一生付き合っていくものです。折に触れて患者さんが、ずっと続く病気に対していろいろな形で不安な気持ちを訴えることがあります。

それでも医学的な根拠に基づいた適切な処置を施し、患者さんがそれを実践すれば「大丈夫」という言葉は誇張ではありません。その一言で患者さんの心が少しでも軽くなってこれまで通りの生活ができるなら、私は何度でも同じ言葉を繰り返します。「大丈夫ですよ」と。

私たち医師が患者さんにできることは、最良の医療とあたたかい気持ちをもって「安心して普段の生活を続けてもらうこと」だと信じているからです。

「成績がいいから」と何となく選んだ医学部。ホントは他学部の友人が羨ましかった

声を大にしていえることではありませんが、私は他の方のように困っている患者さんを助けたい、という崇高な気持ちで医師になったわけではありません。ただ成績がよかったから医学部へ、という安直な理由です。

慶應義塾高校の成績上位者は、成績順に慶應義塾大学医学部へ進学することが慣例でした。私は選択肢を絞られるのが嫌で一生懸命勉強していたので、医学部に進学できる成績を3年間保つことができました。最後に進路希望を提出するときも、なんせ当時は18歳ですから、自分の仕事や将来に対して具体的なイメージは特にありませんでした。単にこれまで成績上位の人が進学してきたのだから医学部では何か面白いことをしているんだろうという気持ちで進学しました。しかし当時の医学部のカリキュラムは今のカリキュラムと違って6年生までは患者さんの前に出られませんので、医学部に入学後も退屈な授業が何年も続いていました。

当時、世間はバブルの真っ只中。大学4年生になって、他学部の友人たちは就職活動でどんどん有名企業に内定し、彼らは卒業までの間に「思い出づくり」と称して楽しく遊んでいました。その一方、私は実習で解剖をする日々。私が医学に興味が持てずに苦しんでいる中、華々しい大学生活を送る他学部の友人たちが心底羨ましかったことを覚えています。

とうとう医学部の講義や実習に嫌気が差した私は、講義や実習のかたわら、他学部の講義に潜り込み、一般企業の就職活動を実行します。しかしどこの企業も「医学部はうちでは専門学校扱いだから、4年で中退なら学歴は専門学校中退扱いですね」と門前払いされるばかり。「もう医師になる道しか残されていないんだ……」と悟った私は、ほぼ諦めに近いかたちで医師免許を取得しました。

慶應義塾大学医学部を卒業した後は研究者としての選択肢を残すために大学院に進学しましたが、自分の専門を決めるときにも医学部進学のときと同様、腎臓に興味があったわけではありませんでした。そして医学生時代と同じように、私は腎臓内科のおもしろさを見いだせない日々を過ごすことになります。

今でこそ腎臓内科の扱う領域を心から楽しいと思いながら仕事をしていますが、当時はそれがまったくわからなかったのです。経歴の中で学生教育に専念し、診療をしていなかった時期も5年ほどありますが、普通の医師であれば敬遠するようなポジションで仕事ができたのもそのせいかもしれません。

腎臓のおもしろさって、なんだ?

医師になった当初、私は腎臓をつまらない臓器だと思っていました。腎臓は他の科と違って画像診断がありません。実際に臓器を目で見て判断することができないため、検査の数値や問診で推測するしかなく、確実な診断には経験と時間を要します。そして内視鏡のように技術を磨くという領域でもありません。腎臓はまさにブラックボックスのような臓器です。当時の私は自力では確実な診断ができないので、その治療が最適かどうかの判断もできず、上司にいわれた通りの治療を行うような日々を過ごしていました。これでは医師としての楽しさも見出せません。

大学院生ですから研究もしていましたが、診療で興味の持てない臓器の研究にもちろん興味が持てるわけはありません。ただ昔から何をしても要領だけはよかったので、それなりに論文を書いて留学するという研究者の卵としてのコースを順調に進んでいました。

帰国後は子育ての時期に重なったことを理由にして、今でいう「時短」で働いていましたが、大学の中で徐々に立場が上がることで外来診療をしたり、学生や研修医に講義をしたりするようになりました。後に私の専門の1つとなった医学教育では「学ぶのに最もよい方法は教えることである」というのが常識なのですが、私の場合もまさにそうで、学生に指導するためにわかりやすく余計なことを省いて考えていくうちに、腎臓の本質がわかってきました。

そして40歳頃になって、私はようやく腎臓を軸に患者さんの身体で起こっていることを考え、説明するのが楽しくなってきました。素っ気なかった検査値も、組み合わせて考えることでいろいろなことを教えてくれることがわかりました。そのころから患者さんへの説明もわかりやすくなったのでしょう。診療に余裕が出てくることで、患者さんの話をゆっくり聞いてそれと関連付けて状態を説明できるようになりました。患者さんも一般論ではなく自分の話だとよく聞いてくださいます。今では私の外来を訪れた患者さんの多くが帰りに「安心しました」「先生の顔を見るだけでホッとします」といってくださいます。今は医者になってよかったと本当に思っています。

腎臓の病気は一生付き合っていくものだから、誰もに安心感を与える医療を

最近の私は診療にもずいぶん余裕が出てきましたし、ある程度長い期間患者さんを診ることで腎臓病の進行についても様子がわかるようになりました。「○○になると思います」ではなくて「私の経験では○○になることが多いです」といえるようになりましたので、そうした言葉も患者さんにとって安心につながっているのだと思います。

他の臓器の疾患であれば「痛い」や「つらい」など患者さん自身が自覚できる症状があるので、患者さんもご自分で病気の様子が何となくわかります。しかし、腎臓病は自覚症状がないため進行しているかどうかもわからず、そのことでさらに不安になる患者さんも多いです。腎臓病はよくいわれるように治らない疾患ですし、血糖や血圧、コレステロールのように治療で数値が下がることもありません。そのため今の状態を維持していれば治療的には100点なのですが、患者さんにとってはなかなかそれも受け入れられないことが多いです。

そして、腎臓病が進行して最終的に「透析」となると、自分の暮らしはどうなっていくのだろう、とさらに不安だと思います。病気を治したり、症状を取り除いたりすることが医者の仕事ですが、症状もなく完治させることもできない腎臓病の医者は何をすればいいのでしょうか?私がたどり着いた答えは「不安を減らして安心して普段通りに生活をしてもらうこと」でした。

そのため、少しでも不安を取り除けるよう、ご家族にも一緒に受診していただいています

また、かかりつけの先生はご専門が腎臓でない方も多いので、腎臓の悪い患者さんの治療に不安要素が大きく、たとえば、診察し慣れている風邪の治療であっても安心して本来の力を発揮できません。かかりつけの先生が腎臓の悪い患者さんを私にご紹介くださった場合には、その先生にも安心してもらうためにお返事を丁寧に書いています。

腎臓疾患の多くは「治療をすれば治る」というものではありません。一生病気と付き合っていかなければならないことも多々あります。自分が病気であることに、落ち込まない人はいません。程度の差こそあれ、どの患者さんも不安になるのは当然でしょう。

しかし、医師と患者さんが二人三脚で適切な治療に励めば、長期間今までと同じように生活することも可能です。私の役目は患者さんが病気とうまく付き合いながら、できれば病気であることをなるべく意識せずに普段通りの生活を送れるようにすること。そのためには最高の医療と、患者さんが前向きに病気と付き合うため医師が「安心感」を提供することが、何よりも大切だと考えています。

だから私は必ず患者さんに「大丈夫」といいます。そして確かな医療を提供します。すべては、患者さんに安心してもらうため。そしてそのご家族や、患者さんのかかりつけ医である地域の開業医の方にも安心してもらいたいからです。

医師が根拠をもって「大丈夫」といえば、患者さんは前向きに病気と向き合い、治療に励むことができます。みんなが安心できる医療を提供すること。それを目標に、これからも医師の道を歩み続けたいと思います。

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