強皮症を治せない難病から、治せる病気にしたい

「強皮症を治せない難病から、治せる病気にしたい」

指定難病の解明に向けて力を尽くす佐藤伸一先生のストーリー

東京大学医学系研究科皮膚科学 教授 / 東京大学医学部附属病院 副院長

佐藤 伸一 先生

難しいからこそ、解明したいと思う

「何科の医師ですか」と聞かれれば、私は「皮膚科医です」と答えます。しかし、実際は皆さんが想像される皮膚だけを診る皮膚科医ではありません。私は、自己免疫疾患である膠原病のひとつの、強皮症という難病を専門にしています。皮膚科医でありながらも、皮膚そのものより皮膚に異常を起こす免疫の研究をしているので、皮膚科医らしさはあまりないかもしれません。

強皮症は、皮膚が硬くなるといった外見の症状だけでなく、肺、消化管などの内臓に線維化を来たし機能異常を起こすなど、内部にも症状が現れるとてもつらく、大変な病気です。重症化すると合併症で亡くなることもある、皮膚科の疾患のなかでは最も重いもののひとつでありながら、強皮症はいまだにその詳細な原因の解明や根治できる治療法が確立されておらず、その多くが謎に包まれています。それにもかかわらず、日本には2万人を超える強皮症の患者さんがいるといわれており、そのほとんどが女性という非常に重要な病気なのです。

2万人の患者さんを救うために、早くこの病気の原因を解明し、より有効な治療法を探したい―。強皮症の研究は一筋縄ではいかないですが、難しいからこそ、この謎を解明したいと強く思います。

海外留学をしたい、という理由で選んだ皮膚科医の道

私は、必ずしも皮膚に興味があって皮膚科医になったわけではありません。むしろ研究をやってみたいという気持ちから、皮膚科医になりました。皮膚は研究対象としては最も身近であり、また、研究を発展させるために海外留学をしたかったから、というのも皮膚科医となった理由の一つでした。

学生時代から海外に憧れがあり、海外に留学して研究ができたら、と思っていました。そして大学卒業後にどの診療科に入局するかを決めるころ、皮膚科が他科よりも早く卒後5年目ぐらいには留学ができるということを知りました。早く海外へ行きたいという気持ちが強かった私は、皮膚科学教室の門を叩きました。入局後に、最初に受け持った患者さんが強皮症であり、重症の肺線維症を合併していたため、泊まり込みで治療にあたりました。また、その時恩師であった竹原和彦先生(当時は東京大学皮膚科講師、現在は金沢大学皮膚科教授)と出会い、強皮症外来へ誘っていただいたことで強皮症を専門とすることになりました。あのとき竹原先生に誘っていただかなかったら、今の自分はいないかもしれません、

希望どおり、卒後5年目にはアメリカのデューク大学免疫学教室への留学を果たします。デューク大学では強皮症の発症にかかわる、B細胞と呼ばれる免疫細胞について研究しました。強皮症は自己免疫疾患のため自己抗体が産生されますが、そのメカニズムは不明でした。

留学中、B細胞でCD19という分子の量を増加させると、それだけで自己抗体が産生されることを発見しました。この発見は留学後、強皮症でB細胞を取り除くリツキシマブによる治療法の開発に繋がりました。留学先の指導教官であったThomas Tedder教授は、臨床医ではなく免疫学者でしたので、彼と研究結果を討論する過程で、研究の進め方などについて多くを学ぶことができました。

患者さんを救えない無力感が、強皮症治療に光を差した

帰国してからは、竹原先生がおられた金沢大学に異動して、留学先のTedder先生から頂いた遺伝子改変マウスなどを使いながら、強皮症の研究を進めました。もちろん、臨床も一切手を抜かず、強皮症のオンライン相談を始めるなどの取り組みを行っていました。

患者さんと向き合って話を聞き、どうにか治療できないかと試行錯誤する日々。当時は、肺線維症を起こした患者さんは、いくら薬を投与してもその治療効果を十分に得られずに副作用のほうが強く出てしまうため、積極的に治療を施さないほうがよいという考えが主流でした。

「本当にこのような消極的なスタンスでよいのだろうか」

そう、私は強く疑問に思っていました。

また、私の患者さんにも、肺線維症を発症し、最終的には呼吸不全や心不全で亡くなる方もいました。目の前に苦しむ患者さんがいるのに、助けることができなかったこともあります。そのときはもどかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そのときの患者さんの顔は今でも鮮明に覚えています。

自身の無力さを感じながらも研究を続け、ついに重症の強皮症に有効な治療薬・リツキシマブの自主臨床試験にまでこぎつけることができました。この自主臨床試験で忘れられない患者さんとして、まだ若い女性の患者さんがいました。彼女は皮膚の硬化がひどく、また重症の肺線維症も起こしている患者さんでした。

リツキシマブとは違う別の治療薬で治療することも考えましたが、その薬は無月経という副作用がありました。無月経になってしまうと、将来妊娠ができなくなるリスクが生じてしまいます。患者さんご自身も将来妊娠することを希望していましたし、私も、患者さんの10年後、20年後の将来を考えて最善の治療を選択するのが重要であると考えていたため、その薬を選択しませんでした。

その代わり私は、無月経の副作用がないリツキシマブを彼女に投与しました。すると、彼女はみるみる回復し、肺機能も筋トレができるくらいまで回復したのです。こんなに劇的に効果がみられたのは、彼女が初めてでした。

「これなら、ほかの患者さんも救えるかもしれない!」

強皮症治療に一筋の光が差した瞬間でした。

もしタイムマシンがあったら、あのとき救えなかった患者さんを救いたい

それから他の強皮症患者さんにもリツキシマブでの治療を実施し、多くの方が回復されました。リツキシマブは根治できる治療ではないものの、継続的に投与すれば症状をコントロールできます。しかし、リツキシマブは効果が高い反面、リスクもありますので、投与すべきかどうかをよく検討してから使用する必要があることもわかってきました。

患者さんを救うことができるひとつの選択肢として、これまでにない効果を有するリツキシマブを見つけることができた今、過去に救えなかった患者さんを思い出し、「この薬を持って過去へ戻り、あのときの患者さんを助けたい」と強く思います。この薬があれば、あの患者さんも、この患者さんも救えたかもしれない。しかし、当然ながら過去には戻れません。

それならば、今の私ができることをするしかありません。残念ながら、リツキシマブは強皮症に対して保険適応がなく、現時点では誰にでも使える治療薬ではありません。そこで強皮症の患者さんに広くリツキシマブを使うことができるようにするために、つまり強皮症に対する保険適応を取得するために、当科の吉崎歩講師を中心として、現在医師主導の治験を準備しているところです。これによって、重症の強皮症患者さんにも治療の選択肢があるという希望を持ってもらいたいと思います。

強皮症を治せない難病から、治せる病気にするために今日も走り続ける

一部の専門家の間では、強皮症は、B細胞という細胞の異常が原因で引き起こされるのではないかと推測されています。私は、このB細胞がどのように作用して強皮症を引き起こすのか、そのメカニズムを解明するため、長年研究を重ねてきました。この謎が解ければ、強皮症を根治することのできる画期的な治療法を生み出す契機になるかもしれません。

冒頭お伝えしたように、強皮症は有効な治療法が確立されていません。強皮症を治せない難病から、治せる病気にしたい。この実現に向け、私は今日も研究を続けます。

 

佐藤 伸一 先生の疾患記事

医師のストーリー 医師には医師のドラマがある

ストーリー一覧