患者さんと信頼関係を築けた瞬間は、医師冥利につきる

「患者さんと信頼関係を築けた瞬間は、医師冥利につきる」

母校に根を張り、医師を続けてこられた大野岩男先生のストーリー

東京慈恵会医科大学総合診療内科 教授

大野 岩男 先生

個性の強い研究者が多い教室でカルチャーショックを受ける

幼い頃に家族が病気になったことも関係しているのでしょうか。ものごころついた頃には「医師になりたい」と思っていました。その思いは高校へ進学しても変わらず、私は東京慈恵会医科大学へと進み、念願叶い医師になることができました。

当時の私の医師に対するイメージといえば患者さんと対面し、診察し、そして適切な治療を施す。一般の方が医師に思い描いている医師像と同じようなものでした。しかし、医師になって2年が経ってからのことです。

国内留学を果たした東京大学免疫学教室で、私は最初のカルチャーショックを受けることになります。

その教室には寝食も忘れ、四六時中、研究に没頭する医師が集まっていました。海外留学生が在籍していたこともあり、ディスカッションは英語。それまで研究の経験もほぼなく、免疫のこともよく分かっていない私にとって、まるで未知の場所でした。

手持ち無沙汰の私が研究を手伝おうにも、試験管すら洗わせてもらえません。やっと手伝うことを許されたのは、留学開始して1か月が経った頃でした。仕事を手伝わせてもらいながら、徐々に教室員と親しくなることができました。

その教室員の研究へのこだわりは相当なものでした。私が試験管を洗わせてもらえなかった理由は、試験管をしっかりと洗えていないと実験結果に影響を与える可能性があるからでした。研究へのこだわりに驚くとともに、「医師には、こんな世界もあるのだ」と私は大きな刺激を受けたのです。

それはたった1年間の経験でしたが、その時の経験は今の私に大きな影響を与えており、その頃の教室員の方々とは今でも交流があります。皆、それぞれの道で活躍されており、国内留学を終えてからも私にたくさんの刺激をくれる存在です。

アメリカでは、朴訥(ぼくとつ)でも誠意を持って伝えることの大切さを学んだ

国内留学の体験をきっかけに、私は海外留学も経験することになります。2年間、リサーチフェローとして、アメリカのカリフォルニア州にあるMedical Biology Instituteへと留学を果たしたのです。ここでは、文化の違いや人種の違いを肌で感じる機会にもなりましたし、社会観や生活観が変わる貴重な経験になりました。

そして何よりも、アメリカの地で「人に伝えるには、一体何が大事なのか」を学ぶことができたのです。

留学先では2週間に1度、成果発表をする機会が与えられます。英語が苦手な私にとって、これは大きなチャレンジ。発表前には予行演習を繰り返しました。しかし、そんな私に周囲の方がくれたアドバイスで大切なことに気づきます。

それは、いくら流暢に言葉を話すことができても信頼を得ることは難しい、ということです。たとえ朴訥であっても、誠意を持ち一生懸命説明すれば、人は信頼してくれる。

それを知ってからは、流暢に話すことより、伝えるべきことを誠意を以って、きっちり伝えるようになりました。これは、現在、患者さんに接するときや後進を指導する際にも心がけていることです。

患者さんにとって最善の道を模索する日々に、喜びがある

アメリカ留学から帰国し、私はもともとの専門である腎臓・高血圧内科へと戻りました。ここで私は、内科医としての資質を培うことができたと思っています。腎臓の疾患は、悪化すると肺炎・心不全や胃の出血を引き起こすなど、全身へ影響を及ぼします。そのため、気づけば心臓や胃腸、呼吸器や脳など、腎臓を専門としながら苦もなく全身を診る事ができるようになっていました。

内科医たる者、あらゆる症例を診ることができて一人前。もともとの専門は腎臓でしたが、腎臓に携わることで内科医として全身を診る力を自然と身につけることができました。

医師には、「本当にあの診断でよかったのだろうか」「あの治療は最善だったのだろうか」と自問する瞬間があります。

それはいくら経験を積んでも変わりません。私も現在でも、常に自問自答しながら患者さんにとって最善の道を考え抜きます。苦悩を伴うこともありますが、それがなければ慢心になってしまいます。より良い医療を謙虚な気持ちで模索し続けるため、医師にとっては避けては通れない道なのでしょう。

そんななか、医師冥利につきる瞬間があります。

それは、患者さんに心の底から「ありがとう」と伝えてもらえた瞬間です。また、担当した患者さんが自身のご家族を患者さんとして紹介してくれるケースもとても幸せに思います。

それは、患者さんが「この先生になら、家族の診察や治療を任せても大丈夫」と私を信頼してくれた証拠だからです。患者さんと、このような関係を築くことができたときは、「医師になってよかった」と、本当に思います。

総合診療医として、患者さんのどんな相談にも答えることができる医師に

2013年、私は東京慈恵会医科大学附属病院 総合診療部の部長に就任しました。一般に総合診療部とは、どの診療科に受診すればよいか迷う患者さんが最初に訪れるところです。しかし、総合診療の役目はそれだけではありません。

院内の専門家につなげた後にも「やっぱり先生に相談したい」と、何度も相談にいらっしゃる患者さんもいます。もちろん時間の制約はありますが、できる限り時間をかけて患者さんの話を聞くようにしています。セカンドオピニオンのような位置付けで、患者さんの不安を少しでも解消する。これも総合診療医の役目だと思っています。

患者さんと接するとき、私は「相手の立場に立ってものを考える」ことを大切にしています。

これは私の恩師から教わったことです。「先生、この治療についてどう思いますか」と患者さんに相談されることも少なくありませんが、そんなとき、私はよく「自分の身内だったらこうする」とお話しさせていただきます。

相手の立場に立つというのは難しいことですが、自分の身内に置き換え、真剣に考えることで患者さんに適切なアドバイスができると信じています。

お金だけではない、やりがいが医師を続けてこれた原動力

私が医師を続けてきた理由。それは、「やりがい」という言葉に尽きます。

お金を稼ぐというのは、私にとって、仕事の一側面に過ぎません。国内留学や国外留学から大きな刺激と新たな学びを得ながら、母校でもある東京慈恵会医科大学で働き、気づけば30数年。私はここに育てられたといっても過言ではないほど、東京慈恵会医科大学に根を張り医師を続けてきました。

なぜやりきることができたのか。それは、医師として、大学の教職員として、やりがいを感じられたからです。私にとって生涯を捧げるほどのやりがいを得られる場所、それが、ここ東京慈恵会医科大学だったということなのでしょう。

患者さんにとって最善の選択は何か、悩み考え続けることは今でもたくさんあります。それでも、やりがいを感じながら医師という仕事に邁進できたことは、幸せなことであると思っています。

 

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