自分に正直に生きたい

DOCTOR’S
STORIES

自分に正直に生きたい

患者さん、恩師、友人、そして家族。「敬天愛人」を貫く下川宏明先生のストーリー

東北大学大学院 医学系研究科 循環器内科学分野 教授
下川 宏明 先生

福岡市大渇水、そして東日本大震災という二度の災害経験を経て

小学生の頃、自宅で数年間臥床療養していた父方の祖父の病気が脳卒中であることを両親から聞き、心臓血管系にほのかな興味を持ちました。高校生の頃、病気に向き合い、なおかつ自分に正直に生きられる一生の仕事がしたいと思い、医師になることを決めました。

その後、九州大学医学部に進学し、進路を考えていた6年生の1978(昭和53)年、福岡市で大渇水を経験しました。この時は、翌1979年の3月まで、約300日間にわたって給水制限が行われ、ひどいときには給水が1日1時間のみに限定されることもありました。この間、福岡市の住民生活は長期間にわたり麻痺してしまったのです。

この時、医学生なりに考えたのは、人が住む家をひとつの細胞、水道・電気・ガスなどのライフラインを循環器系とすると、どれだけ機能の高い細胞を持っていても、循環器系が麻痺して血液が来なければ細胞・臓器は全く機能できなくなるということでした。この経験から、血液を循環させる循環器系の重要性を改めて認識しました。子どもの頃の思い出も重なり、循環器系がいかに重要な臓器であるかを再認識しました。この経験から、私は心血管病を専門とする循環器内科医になることを決めました。

その後の話になりますが、2011年3月11日、この仙台の地で私は東日本大震災に直面することになります。この時、震災が起こった途端に市民生活はあっという間に麻痺してしまう光景を目の当たりにしました。それは、福岡市大渇水の時と同様、まるで社会が急性心筋梗塞を起こしたかのようでした。

災害と同様、急性心筋梗塞もいつ・どのようなときに起こるか予測できません。福岡大渇水と東日本大震災。このふたつの経験は、全身の臓器に血液を循環させる心臓血管系がいかに重要であるかを私に示したように思います。そしてこれらの災害を経て、私は人の命に深く関わる心血管病を診療する循環器内科医としてさらに努力を重ねなければと思いました。

患者さんを治すことそのものが、循環器内科医としてのやりがい

よく「医師としてのやりがいはどこにありますか」と聞かれますが、1つのポイントでやりがいを語ることはできません。なぜなら私は、患者さんの心血管病を治して、一生その患者さんを支えていくことそのものにやりがいを感じるからです。

循環器内科医は、例えば、急性心筋梗塞で生死の境を彷徨っている患者さんを救命し、社会復帰していただく使命を持ちます。閉塞していた冠動脈を開いて血流を再開させると、異常な心電図がすーっと正常に戻っていき、患者さんの激烈な胸痛がさーっと引いていきますが、患者さんが助かったと思う瞬間が、人のお役に立っていると喜びを実感できる瞬間です。また、患者さんに感謝の言葉をかけていただいたときは、医師として心から喜びを感じます。

心臓は生命に関わる臓器で、心臓病の患者さんは、死を覚悟するほどの痛みや呼吸困難や恐怖を自覚します。我々循環器内科医は、そうした患者さんを救命させることができるのです。また、循環器内科は、内科と外科の境界領域に位置し、内科の奥深さと外科の技術的な経験の両方を学ぶことができます。循環器内科医のカバーする診療の範囲は広く、高血圧・糖尿病などの一次予防から、カテーテル治療、心肺蘇生に至るまで、幅広い診療を行っています。非常にやりがいのある専門領域です。

恩師に一歩でも近づきたい

自分なりの医師人生を送ってきましたが、もちろん、辛いことや逆境を経験したこともありました。しかし、人間とは逆境にあるときこそ、最も人間力が深まると思っています。また、自分の人間力を深めることが、良医になるための重要な要件であると考えています。

私は、心の中で恩師(メンター)を3名持っていますが、その1人が、九大時代に師事した竹下彰先生(九大名誉教授、2009年ご逝去)です。竹下先生は、人としても医師としても研究者としても素晴らしい先生でした。私は10年間助教授として竹下先生に師事しましたが、先生が亡くなられた現在も、ほぼ毎日のように心の中で会話しています。竹下先生に一歩でも近づきたいと日々努力しているつもりですが、まだまだです。教育とはその恩師が亡くなられた後も続くということをしみじみ実感しています。

私の診療のモットーの1つは、「受け持ち患者さんを自分の肉親と思う」ということです。患者さんが自分の肉親であれば、無駄な検査や治療はしないはずです。そして、どんなに忙しくても、朝と夕方は必ず顔を見に行くはずです。この信念は、臨床医としてブレない大切な考え方だと思い、教室員にも伝えています。

私の教室からは、わが国の次世代の循環器内科学・循環器診療をリードする人材が数多く育ちつつあります。既に指導的立場についた人もいますし、あと10~15年もすれば、もっと多くの人材が世界に羽ばたいていくはずですから、今からとても楽しみにしています。

教育は見返りを要求しない地道で息の長い仕事です。また、自分の指導が後進の成長という結果に結実するかどうかは、長年経たなければわかりません。しかし、教育は、我が国や世界の将来に対する現代に生きる我々の責務として、最も価値があると考えています。

循環器内科医としての日々の人生は充実しています。私は、例えば、もう一回高校生に戻ったとしても医学部に進み、循環器内科医を目指すのだろうと思います。

敬天愛人の生き方

私のもう一つのモットーは、「天がいつも私を見て導いてくれている」という思いです。私は、人並みにいろいろな苦労や逆境も経験しましたが、恩師・友人・家族などいろいろな人に助けられて、何とかここまで生きてくることができました。「天に生かされている」という思いは、亡き母や恩師にも心がつながるものであり、日々の仕事や生活において背筋がまっすぐになる思いがします。天を敬い、人を愛する気持ちを失わずに、これからの人生を歩んでいきたいと思います。

 

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  • 東北大学大学院 医学系研究科 循環器内科学分野 教授

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