ありがとうの一言が、苦しみのなかに一筋の光を注ぎ込む

「ありがとうの一言が、苦しみのなかに一筋の光を注ぎ込む」

一心不乱に脳神経外科学に情熱を注ぐ隈部俊宏先生のストーリー

北里大学医学部脳神経外科学 主任教授

隈部 俊宏 先生

初めての臨床訓練で出会った、脳神経外科という分野

私が脳神経外科医の道に進んだのは、偶然ではなく、必然に違いないと思っています。東北大学医学部5年目、当時の臨床修練で初めて所属した診療科が脳神経外科であったことは運命だと思っています。それから、早31年が経ちました。私は、脳神経外科を天命と感じて日々情熱を注いでいます。

火の玉のようなエネルギーを放つ鈴木二郎教授に魅せられて

なぜ私が脇目も振らずに、脳神経外科学の道を進んだのか。それは鈴木二郎教授という、とんでもなく魅力的な存在に出会うことができたことに起因します。

鈴木二郎教授は人を惹きつける火の玉のようなエネルギーを全身から放ちつつも、脳神経外科学を心の底から楽しみ、仕事をしていました。そんな鈴木教授の情熱が伝搬したのか、体がボロボロになるくらいハードな日々にもかかわらず、教室の先輩たちもみな強い信念をもって働いていました。そのような姿にひどく感銘を受けた当時の私は、他診療科の選択肢を顧みることとなく、「脳神経外科学に入局させてください!」と即座に宣言したのです。

今でも続く、脳神経外科医としての情熱

脳神経外科の先輩たちは、ほとんど毎日教室に泊まり込みで患者さんの治療にあたっていました。あまりに日常的に泊まり込むため、教室の天井に寝床(蚕棚と呼ばれていました)が備え付けられていたほどです。教授回診(教授・医師・看護師がそろい、患者さんを診てまわる時間)の際には、一人の患者さんに関して30分以上の熱い話し合いが行われることもありました。脳神経外科医として一心不乱に突き進む鈴木二郎教授の背中は、私にとって憧れであり、大きな目標となったのです。

「あのとき脳神経外科を選んだのは、正しかった」

今でも私は、情熱に突き動かされて医師という仕事をしています。迷うことなく脳神経外科を選んだ私ですが、その選択を悔やんだ瞬間はこれまで一度もありません。

脳神経外科学は、努力も経験も、すべてが自分に返ってくる

どの医療分野もそうかもしれませんが、脳神経外科学は対象とする疾患の病態変化が極めて早いために、自分がしたことがすべて結果として自分に返ってきます。ひとつひとつの努力、ひとつひとつの経験が血となり肉となり、一人の脳神経外科医を作り上げるのです。脳神経外科の治療は、努力と経験を重ねるうちに理解が深まり、目の前に突然に新たな世界が開けることがあります。このような瞬間が訪れたときの興奮と感動は、何歳になっても色褪せることなく、今でもその瞬間を「今か、今か!」と求め続けています。

すべての患者さんが大切な存在。常に120%の力を注いで向き合う

私は患者さんの治療にあたり、美辞麗句なく、真剣に向き合うことを信条としています。私にとって、すべての患者さんが大切な存在です。以前、失語症になってしまった患者さんから、懸命に「ありがとうございます、先生—」とお礼を言われたことがあります。

人から人へ「ありがとう」という一言を伝えられること。このとき、そのことの大切さ、尊さを身にしみて感じ、常に120%の力を注いで患者さんと向き合うことを心に誓いました。

苦しみのなかで、患者さんの「ありがとう」が光になる

医師として、もっとも嬉しい瞬間は、やはり患者さんから「ありがとう」といってもらえることではないでしょうか。

脳神経外科医の仕事は奥が深く、興味深い世界だと思います。しかし一方で、人の生死に直接かかわる機会も多いことから、苦しみの大きい世界でもあります。ふと「こんな世界から解き放たれたい」と思う脳神経外科医も多いのではないでしょうか。それでも私たちがこうして仕事を続けていられるのは、患者さんの「ありがとう」という言葉のおかげです。

かくいう私も、時折「もうだめかもしれない」と感じることがあります。

これまで情熱に突き動かされて脳神経外科医として生きてきましたが、思い通りにならないことや、苦しい瞬間は、山ほどありました。そんなギリギリの精神状態の私を救ってくれたのは、患者さんからの「ありがとう」の言葉でした。患者さんに元気を与えるべき立場にいる私ですが、患者さんから元気をもらうために、こっそり病室へ足を運ぶこともあります。

持てる力を注ぎ込み、よい医療を、患者さんのために

日々厳しいことの連続である、脳神経外科医としての仕事。それでも、経験が新しい発見につながる奥深さと、元気になっていく患者さんの姿に支えられて、私はこの仕事を続けてきました。たくさんの苦労、辛い瞬間は数多くありましたが、それでも、つまらないと感じたことは一度たりともありません。

このような人生を歩めたことを、医師として誇りに思います。患者さんがいて、私がいる。だから私はこれからも自分の持てる情熱を、力を、治療に注ぎこみ、患者さんによい医療を届けていきたいのです。

後進の教育では、衝突するのも覚悟のうえで真剣に向き合う

お伝えしたように、脳神経外科の仕事は、患者さんの生死を左右する場面に頻繁に出会う厳しいものです。本来なら「褒めて伸ばす」という教育方法が適する人もいるのでしょうが、それが不可能なくらい1分1秒を争う瞬間が多く存在します。

ですから私は、後進たちとは衝突を覚悟で、真剣に向き合います。嘘は大嫌いです。いい加減も大嫌いです。人と人が面と向かって本気でぶつかると、その瞬間は殺伐とした空気に変わりますし、仕事を楽しむ余裕など生まれません。しかし、私たち医療従事者が常に真剣に向き合っていなければ、よい治療にはたどり着けるわけがありませんし、患者さんにも失礼だと思っています。

鈴木二郎教授から受け継いだ脳神経外科領域への情熱を、治療に、患者さんに、そして後進に。持ちえる情熱を今後も注ぎ続けていくつもりです。

北里大学医学部脳神経外科学を成長させ、次世代を育てたい

私は現在、北里大学医学部脳神経外科学にて教授を務めています。これまで自身が学び得たことを次世代に伝えていく使命が私にはあります。幸運にも、現在の教室員はみな真剣に脳神経外科学と向き合い、日々多くの患者さんを診てくれています。

私は彼らに、持ちえる知識、経験のすべてを惜しみなく伝えていくつもりです。いつの日か、成長した彼らが大きく羽ばたいていくことを夢みて。

 

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