チーム医療こそがあるべき形

「チーム医療こそがあるべき形」

100年後の医療のために走り続ける田中栄先生のストーリー

東京大学大学院医学系研究科外科学専攻 感覚運動機能医学講座整形外科学 教授

田中 栄 先生

「がんを治す、お医者さんになりたい」と思い描いた幼少期

「がんの患者さんを治す、お医者さんになりたいです」

自分ではあまり覚えていないのですが、小学生の頃、私が書いた絵日記にこんなことが書いてありました。

当時読んだ漫画で、まだ幼い子どもががんで亡くなるシーンをみた私は、「世のなかには治らない病気があるんだ」と強い衝撃を受けました。今思えば、これが私を医師の道へと導いた最初の一歩かもしれません。

とはいえ、その後ずっと医師になりたいと思っていたわけではありません。ものごころついた頃は、医療への想いはそれほど強くありませんでした。しかし、中学・高校生時代、周りに医学部を志望する友人が多く、彼らに影響を受けたのか、気がつくと私も医学部を本格的に志すようになっていました。

歩けなかった人が歩けるようになる感動に魅せられて

整形外科で取り扱う疾患は実は生死に関わることがほとんどありません。しかし、整形外科は人の生活の質(Quality of Life)に大きく貢献します。たとえば関節の痛みのために歩けなかった方が、手術によって再び歩くことができるようになり、笑顔を取り戻します。肩が痛く、洗濯物を干すだけでひと苦労だったお母さんの負担が減り、家族に笑顔が戻ります。

「患者さんを笑顔に変える医師になりたい!」「高齢化が進み、今後、骨や関節を扱う整形外科医のニーズは高まるに違いない」

そう思い、私は整形外科医になる決意をしました。

骨の研究のため歯学部へ

本格的に整形外科臨床に携わるようになって強く感じたことは、「わかっていないことがなんと多いことか!」ということです。臨床の現場には困っている患者さんがたくさんいて、現在の医療で解決できることはほんのわずかでしかありません。私は未解決の臨床的問題を解決するためには基礎研究が重要だと考え、大学院への進学を決めました。東京大学の大学院に入学した後、実際の研究指導を受けたのは昭和大学「歯学部」生化学教室でした。「なぜ歯学部?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、答えはシンプル。私が整形外科医になった1980年代は、整形外科教室よりも歯学部の方が骨についての研究が進んでいたのです。

「骨についてもっと詳しく学びたい」

と思っていた私には、それは自然な選択でした。当時の昭和大学歯学部生化学教室では骨の研究やビタミンDの研究に精通した須田立雄先生という有名な教授が指揮をとられており、当時は「須田先生のもとで学びたい!」と多くの医学生や企業研究者が昭和大学歯学部へ集まっていたのです。

私もその一人でしたが、当初の期待通り、須田先生からたくさんのことを教えていただき、また、多大なる影響を受けました。それは骨についての基礎知識・学問にとどまらず、それ以降の医師人生・研究者人生において必要な考え方、医学との向き合い方を学ぶことができたのです。

どんな人と出会い、どんな刺激を受けるか–2年間の留学生活を経て

大学院卒業後、研究の面白さに魅せられた私は、基礎研究をさらに深めるためにアメリカのイェール大学医学部へ留学します。この2年間の留学では、世界との繋がりが増えたこと、そして、国外の研究者からの刺激を多く受けました。

世界は多様性に富み、さまざまな考えを持つ人がいます。しかし、医学研究の現場では国や文化の壁を超え、皆が「患者さんを治したい、幸せにしたい」と願っています。さまざまなアプローチ方法を採りながらも、同じゴールに向けて研究に取り組んでいる事実に私は強く感動しました。

当時、私を指導してくださっていた現ハーバード大学教授のRoland Baron先生とは今でも深い交流があり、年に数回アメリカや日本で再会し、研究に対する熱い思いを交わし合っています。

研究内容は細かく地道。しかし叶えたい未来は壮大

どの分野でも同じことがいえると思いますが、整形外科領域ではまだまだ解明されていないことばかりです。研究もホームランを狙うばかりではなく、ヒットをひとつずつ積み上げていく過程が重要です。

整形外科の医師や研究者が望んでいることはいたってシンプルです。

「骨粗鬆症や変形性関節症を予防できないか」

「一生使える人工関節を作れないだろうか」

「骨折が注射であっという間に治らないか」

患者さんやご家族、そして医師なら誰でも望むような未来を描いて、日々の地道な研究に取り組んでいます。たとえ小さな1歩であっても、未来が近づく瞬間は非常にエキサイティングです。

しかし、このような未来を実現するには1人の力ではどうにもなりません。何千何万という優秀な研究者たちが、長い年月をかけて切磋琢磨しながら研究に取り組むことで、はじめて実現できると思っています。6年間の研究生活で学んだもっとも大切なことは、

「医療は1人では実現できない」

というある種の諦めと割り切りでした。

100年後の医学のために–1人でできることはそう多くない、それをどう繋げていくか

私たちが100年前の医療の姿を見たら、「なんて非科学的で野蛮なことをしているんだ!」と驚くことが多いに違いありません。しかし100年後の人々が今の私たちの医療を見たときにも同じことがいえるでしょう。

100年後の医療がどのような姿になっているのか、今の私たちには知る由もありません。しかし、「こんな医療が実現できたらいいな」と医療が進んでいくべき方向を思い描くことはできます。

ひとりの医師ができることはそれほど多くはありません。しかし、今を生きている医師が力を合わせることで、道しるべを作っていくことはできます。私は100年後の医学の未来を見据えつつ、後進の指導にあたっているつもりです。

学んだことを伝えるために論文の執筆も大切

周囲の人に自分が学んできたこと、見出したことを伝えるために、論文は1つの大切なツールだと思っています。論文はそれを書くことが目的になってはいけませんが、いくら懸命に臨床や研究を行っても、有益な情報を世界のたくさんの医師に届けるためには論文、特に英文の論文に仕上げ世界に発信していくことが必要です。

私が教鞭を執る東京大学医学部形外科学教室でも、論文を書くことを積極的に推奨しています。質のよい論文を書くことによって、研究が世に広まるだけでなく、自分自身の考えが整理され、日々の診療やさらなる研究の発展にも役立つと信じています。

チーム全体で大きくなっていくことが世界の医療の発展につながる

私はさまざまな先輩医師との出会い、患者さんとの出会いのなかで、多くのことを学んできました。今は学んできたこと、習ってきたことを全て後進の医師に伝え、東京大学医学部整形外科学教室を、そして日本の整形外科学をさらに発展させていくことが私の使命であると自負しています。

私が学んできたことを伝えることで、チームの誰かがさらに一歩前進し、私には実現できなかった医療を実現できるかもしれません。そして、さらにこの教室が発展し、日本全国、あるいは世界中の医療がもっともっとよくなっていく。世界中の医師がチームとなって未来の医療を支えていく。この世界の実現に向け、足がかりを作ることこそが今の私の夢なのです。

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