Golden Standardは本当にGolden Standardなのか

「Golden Standardは本当にGolden Standardなのか」

科学と芸術が融合した新しい医療のあり方を模索し続ける清水克悦先生のストーリー

昭和大学医学部脳神経外科 准教授

清水 克悦 先生

旧態依然とした大学のシステムに疑問を持って

手術にはみんながやりたがるものと、やりたがらないものがあります。

たとえば、顔面けいれんの手術では脳幹部の細かい部分を扱ううえ、脳腫瘍や脳卒中とは違って命の危機に瀕していない元気な方にメスを入れなければなりません。症状が消失し元気に退院して当たり前というシビアな条件で絶対に失敗してはなりませんから、責任も重大です。

ですから、脳神経外科医からすると、顔面けいれんの手術はあまりやりたくないものなのです。しかし、私は若手の頃からこのような人のやりたがらない手術するのが好きでした。やはり成功したときのやりがいも大きく感じられたのだろうと思います。

母校・慶應義塾大学の河瀬教授が頭蓋底外科手術のBig nameだったこともあり、こうした高度な技術を必要とする手術を究めたいと考えていた私は、大学を卒業後に留学などを経て、立川共済病院脳神経外科部長として長年脳腫瘍や顔面けいれん・三叉神経痛などの専門手術を行ってきました。

立川病院は慶應の関連病院ですが、そのなかでは脳腫瘍や顔面痙攀・三叉神経痛などの手術数がトップクラスでした。手術数が多かったので技術は確かに高かったように思います。しかし正直なところ、それは自分が目指していたレベルから比較するとギャップがあり、満足できるものではありませんでした。

また、この頃から私は、大学の硬直した人事や旧態依然としたシステム、そしてそれによる病院の運営方針に疑問を持つようになっており、

「このままここにいていいのだろうか?」

「しかし、ここ以上に自分の専門分野の手術ができる場所はあるのだろうか」

と自問自答を繰り返していました。

この先生となら、風通しのよい医局が作れるかもしれない

そのようなもやもやとした感情を抱いたまま臨床に携わっていたある日のこと、多摩地域の脳神経外科の研究会で水谷徹教授と出会いました。水谷先生は今では昭和大学脳神経外科学教室の教授ですが、当時は多摩総合医療センターの部長でした。

会話のなかで、私たちは出身高校が同じで、しかも同じ野球部の先輩・後輩関係にあったことがわかりました。これを知った水谷先生はますます懇意にしてくださるようになったのです。

そして2011年、私は水谷先生ご本人より、昭和大学脳神経外科に教授として赴任されること、医局で共に働く仲間を探していることを聞きます。今まで大学病院に所属したことのない水谷先生であれば、既存の硬直したシステムにとらわれない、風通しの良い医局ができるのではないかと期待を寄せた私は、水谷先生の教室に入局したいということを申し伝え、教室運営のお手伝いをさせていただくことになりました。

立川病院から昭和大学に移ってからは、今日は何が起こるか、ワクワクしながら毎日過ごしています。現場では、もともと得意としていた頭蓋底外科手術の経験を生かして、引き続き脳腫瘍や頭蓋底腫瘍に対する頭蓋底外科手術・顔面けいれん・三叉神経痛に対しての微小血管減圧術などを担当しています。

外科医は、既存の常識にとらわれるな

脳神経外科分野に顕微鏡手術が導入されてから50年ほどになりますが、この50年のあいだに脳神経外科手術は道具も技術も目覚ましく進歩してきました。私も医師になって30年の間、この進歩を体感してきました。

しかし最近になって、Golden Standard(至適基準:広く容認されてきた手法のこと)とされてきた暗黙のルールが、今の時代に必ずしも合致しなくなってきているのではないかと感じることがあります。

たとえば顔面けいれんや三叉神経痛の手術は、側臥位(横向き)で神経の出口をみるために脳ベラという器具で小脳を引き下げることがGolden Standardとされてきました。しかしこの方法は、少しでも手元が狂うと小脳に障害が生じやすくなり、今の医学から考えると、本当にGolden Standardと呼べるのか疑問に感じるのです。

外科医として成長を続けるために重要なことは、既存の常識にとらわれず、常に今の方法に疑問を持つことだと考えています。もちろん、脳神経外科の道を切り開いた偉大な先人たちに感謝しながらその歴史や技術を真摯に学び、身につけることは必須のことです。しかし今まで当たり前だったことが、急激な機器の進歩や革新のなか、時代の変遷とともにそうでなくなることもあります。外科医は、その可能性にすぐ気づくことが大切なのではないでしょうか。

外科医の人生に「完璧な手術」は存在しない

私の医師人生のなかで、「完璧にできた」といえる手術はひとつとしてありません。おそらくこれからもないでしょう。もちろん一つ一つの手術に全力を尽くしますが、それでも「やはり何かが足りない」「もっと適した方法があったはず」「ああすればよかった」と反省する点がでてきます。だからこそ成功した手術よりも失敗した手術のほうが記憶に残っています。

私が昭和大学に来てから顔面けいれんや三叉神経痛、聴神経腫瘍などの手術を、仰臥位(あおむけ)で脳ベラを使わずに行うようになったのも、常に最良の方法を考えて患者さんの治療に臨みたいという意識があったからです。

「名医」という言葉があるかぎり、医療は科学ではない

患者さんに最良の医療を提供するために、もうひとつ意識していることがあります。それは、たしか日本医師会の元会長であった故武見太郎先生のお言葉だったと記憶していますが、「名医という言葉があるかぎり、医療は科学ではない」という言葉です。私はこの言葉をいつも心にとめて患者さんに接するようにしています。

誰がどこでやっても同じ結果が得られるのが科学であり、医学も当然科学ですから、同じ実験をすれば全ての結果が同じになります。医療も本質的にはそうあるべきですし、誰が治療を行っても病気が治る世界であろうと、みんなが日々研究や精進を重ねています。近年、様々なデータが出揃い、目覚ましい医療機器や薬の進歩により、医療はより科学に近づいていると思います。

医学に基づいた行為を実践する医療が本当に科学であるのであれば、誰がやっても治療効果は同じですから、名医という言葉はそもそも生まれません。しかし、実際は同じ治療や手術でも、それをどの医師が行うかで結果が変わることが多いのが現状です。

つまり医療とは人が人に施す行為である以上、科学に無限に近づくことはあっても完全な科学になり得ないのではないでしょうか。医療とは科学以上の行いであり、人の手で新しいものを生み出して人に提供する「芸術」のようなものでなければならないと思っています。私は科学者であると同時に、患者さんの病状をしっかりと理解し、すべての患者さんに理想の医療を提供できる芸術家でありたいと考えています。

患者さんが求める医療の在り方に、ひとつとして同じものは存在しません。一人ひとり異なる患者さんの思いを真摯にうけとめ、科学的な知識や手技に基づいた治療を絶妙の匙加減で患者さんに提供する。私が理想とする医療とは、このような医療なのです。

教授と准教授が好対照だからこそバランスがいい

私は脳神経外科手術のエキスパートとして、だれも到達したことのない領域を目指す医師でありたいと思っています。これに対し教授の水谷先生は安全確実な手術手技の普及による手術レベルの底上げを常に意識されています。いうなれば、水谷教授が目指すものが千葉周作なら、私のほうは宮本武蔵ですね。ご存知のように2人とも剣の達人です。千葉周作は北辰一刀流の創始者で、剣術を剣道という武道として確立し、庶民に広げました。それに対し宮本武蔵は同じ剣の達人ですが、誰もマネできない二刀流で生涯無敗を誇りました。脳神経外科の今後の発展には、どちらも必要だと思いますし、今後とも2人で力を合わせて手術手技を後輩に教え、技術を伝承し、この分野の専門家を育て上げていきたいと思っています。

 

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