与えられた場所で、仕事をやり抜く

「与えられた場所で、仕事をやり抜く」

数多くの先進的放射線治療施設を経験してきた西村英輝先生のストーリー

神戸低侵襲がん医療センター 放射線治療科 部長

西村 英輝 先生

「大雪」がきっかけで人生が大きく変わる

某日。数週間後に医師国家試験を控えていた頃の話です。すでに春も近づいてきた3月のある日に大雪が降ったことで、私の進路は大きく変わりました。

母校である金沢大学は肝臓がんの治療に強みを持つ大学でした。内科・外科・病理学・放射線科。どの治療アプローチにおいても非常に高いレベルにあったのです。このような環境で学んできた私は、自然とがん治療に強い関心を持つようになりました。いざ自分の進路を決める段階で、数ある診療科のなかでも患者数の多い癌を対象とする内科でがん治療に従事したいとの思いが強まり、肺がんを扱う「第三内科」への入局を選んだのです。

1997年3月。第三内科への入局を決意した私は、教室への入局の手続きも終え、あとは国試の勉強に励むのみでした。そんなある日、人生を大きく変える光景を目の当たりにします。

国家試験も目前に控え、3月になると大学のセミナー室に籠って朝から晩まで試験勉強の日々です。雪の多い金沢ですが3月にもなると暖かくなり、雪解けと春の日差しが届くようになります。そんな3月のある日、金沢に大雪が降りました。もともと、卒業大学である金沢に残り仕事を続けるか、それとも地元にかえるか…散々悩んで、最終的には卒業大学の学閥に守られて出身校の医局に残った方が有利かな…と思って金沢大学の医局に入ることを決意したのですが、その大雪のために大きな不安にかられました。

「3月にもなってこんな雪が降るところには住める気がしない……」

そんな思いに駆られた私は、急遽、生まれ故郷である神戸へ戻ることにしたのです。

しかし、新年度が始まる直前の3月でしたから、当然のことながらどこの大学医局も入局者の募集を締め切っており、私を受け入れてくれるところなどありませんでした。そこで放射線科医の父に相談したところ、父の知り合いである神戸大学の放射線科の当時の助教授の先生を紹介してくれたのです。

その方へ電話をしてみると、あっさり二つ返事で入局を快諾してくださいました。こうして私は神戸大学の放射線科へ入局することになったのです。あの日、大雪が降らなければ、放射線治療にたずさわることもなかったでしょうし、私の人生は大きく違っていたことでしょう。

どうしても取り組みたかった「がん治療」

こうして神戸大学の放射線科に入局した私ですが、放射線科の中での専門を決めるにあたりがん治療に従事したいという気持ちは変わりませんでした。放射線科に入った当初は、放射線科の花形はアンギオや画像診断…と思っており、放射線治療はとても地味な存在という印象でした。しかし、1年間の放射線科での研修医生活をとおして、がん治療にもっとも深くかかわれるのは放射線治療という思いに至りました。研修医1年目は大学病院ではなく、当時の国立病院で研修をうけておりました。「2年目からは大学院に入って放射線治療でがんの勉強をしたい」という相談を医局長や教授にしたところ、大学院受験のお許しを頂きました。大学院入学試験もパスし、次の春からは大学院で研究生活…と思っていた矢先、予想外の異動先を告げられました。その異動先とは、千葉県にある放射線医学総合研究所(放医研)です。放医研は粒子線治療という最先端医療を行っており、国内でも有数の放射線治療施設でした。

この内示はとても意外でした。なぜなら、それまで放医研は神戸大学と特につながりがなかったからです。そこで、医局長に異動の経緯を詳しくきいてみると「神戸大の教授と先方の教授がお酒の席で話が盛り上がり、研修医を放医研に送ることになった」というのです。

理由はともかく、この異動を告げられた私は、嬉しくもあり不安もありといった気持ちでした。放医研へ行けば専門的で最先端のがん治療に取り組むことができます。神戸大とはもともと繋がりのない施設であり、他の医局員は望んでもなかなか行くことができないような施設です。しかし、当時の私に千葉県はあまりにも遠く感じられたのです。あまり遠方に行くのも不安だし神戸に残留したい気もします…などとウジウジしたことを相談したところ、当時の医局長から「お前に選択する権利はないぞ」とあっさり放医研への転勤を言い渡され、私の進路はすぐに決定されました。こうして私は偶然のめぐりあわせで、放射線治療の聖地ともいえる放医研へと向かうことになりました。

がん治療の基礎を学んだ放射線医学総合研究所

放医研は、がん治療に特化した病院でした。放射線科も肺がん、頭頸部がん、婦人科がんなどグループが細かく分けられており、非常に専門性の高い治療が行われていました。当時最先端だった粒子線治療を専門に扱っていました。こうした放射線がん治療の最前線ともいえる環境で学ぶ機会を得たことから、私は放射線治療一筋となりました。

この放医研であった2人のボスは私に大きな影響を与えてくださいました。一人はもともと内科医をされていた方で、非常に治療に対して熱意を持たれている方でしたので私に放射線治療の基礎をしっかり教えてくださいました。もうお一人は、もともと外科医として肺がんを専門として手術へ熱心に取り組んでいらっしゃった先生です。これまで外科医として患者さんに向き合われてきたご経験から病棟のマネジメントのスキルをお持ちの方でしたので、放射線治療のことだけでなく患者さんとのコミュニケーションや外科的な視点、気管支鏡の指導など非常に多くのことを指導していただきました。

がん治療の最前線に触れる機会が再び訪れる

放医研で2年間経験を積んだあとは一度、神戸大学にもどり大学院で放射線がん治療の基礎研究に3年間取り組みました。そうこうしていると、また突然の異動が告げられたのです。その異動先は、またもや千葉県に位置する国立がん研究センター東病院です。

この移動を告げられたときは、とても嬉しい気持ちになりました。というのも国立がん研究センター東病院といえば「天下のがんセンター」とも称される医療機関で、自分にとっては大きな学びになるはずだからです。

国立がん研究センター東病院も神戸大学と特段つながりのない医療機関でした。教授に異動の経緯を伺ってみたところ「私が先方の放射線治療科部長とお酒の席で話が弾んで、医師を送ることになった」とのことでした。こうして再び私は、お酒の席でのひとことをきっかけとして、偶然にも放射線治療のメッカとも称される2大病院で経験を積むことになるのです。

チーム医療の重要性を強く学んだ国立がん研究センター東病院

国立がん研究センター東病院では、肺癌・食道癌・頭頸部癌など、非常に多くのがん患者さんの治療にあたらせていただき沢山の経験をつむことができました。また、当時まだ一般的でなかったIMRT(三次元治療・定位放射線照射・強度偏重放射線治療)の立ち上げに関わることもでき、最先端の技術に触れる貴重な経験をしました。さらに、国立がん研究センター東病院は非常にチーム医療が優れた場でした。医師・技師・物理士が一体になって治療を進める風土がしっかりとあり、素晴らしい放射線治療のチーム医療を経験しました。

放医研では内科出身、外科出身のそれぞれの先生方から、広い視野と多くの考えを学びましたが、がんセンター東病院では放射線治療の深い知識をしっかりと教えていただきました。

そして現職の神戸低侵襲がん医療センターへ

国立がん研究センター東病院には3年間在籍しました。私個人の思いとしては、もうしばらくここで働きたい気持ちはありましたが、再び神戸大学へ戻ることとなりました。

神戸大学放射線科でも肺癌、頭頸部癌、脳腫瘍など多くの癌患者さんの治療にあたりました。当時の神戸大学の放射線治療は、私が入局した当初からずっと設備されていたリニアック(放射線治療装置)が、現役で稼働し続けていました。そのリニアックはやや旧式のものでしたが、新型を入れるための敷地・建物がない…といった問題があり、なかなか新型のリニアックに更新することができませんでした。

敷地の問題からなかなか新しいリニアックの導入ができなかった神戸大学の放射線治療を補完する目的で、新しい放射線治療の医療機器を備えた新施設を作る計画が立ち上がりました。

そうして2013年に設立されたのが、私がいま在籍している「神戸低侵襲がん医療センター」です。新しい治療措置を駆使し、従来よりも高精度の治療を提供できるよう、ここではこれまで培ってきた経験を最大限生かして取り組んでいます。

与えられたことをやり抜く、それが最も重要なことです

私の略歴には、放射線医学総合研究所や国立がん研究センター東病院など、放射線治療の業界でも屈指の病院の名前が並んでいることから、周りの方が一見してみるととても輝かしいものに見えるかもしれません。努力して勝ち取ったというわけではなく、たまたま運よくこういった施設で診療に従事する機会を得たことは、こういった機会をお膳立てしてくれた教授や部長はじめ多くの先生方に感謝する以外にありません。

個人的には遠方へ異動しなければならないことや、急な異動になったこともありましたので、すべてが希望通りに進んできたというわけではありませんが、私はただ与えられたことに対して、そのときの最善を尽くして取り組むということを続けてきたように思います。そうして、さまざまな経験を重ねた結果、たくさんの方から非常に多くのことを学ばせていただきました。これまでの経験を活かし、少しでも多くがん患者さんのお役に立てるよう、頑張っていきたいと思います。

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