院長インタビュー

東京都健康長寿医療センターの歴史と特色 −福祉と医療は一体であるー

東京都健康長寿医療センターの歴史と特色 −福祉と医療は一体であるー
許 俊鋭 先生

東京都健康長寿医療センター センター長

許 俊鋭 先生

この記事の最終更新は2017年05月17日です。

内閣府が発表した平成28年版高齢社会白書によると、65歳以上の高齢者は、2025年には3657万人、2042年には3878万人まで増えると記されています。今後、高齢化社会が進むにつれ、高齢者を対象として医療の重要性は高くなり、ニーズは多岐にわたっていきます。そこで、今回は、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター センター長の許俊鋭(キョ シュンエイ)先生に、1872年設立の養育院を源流とするセンターの歴史から高齢者医療の理想と課題などを中心に、お話をうかがいました。

東京都健康長寿医療センターには、145年というとても長い歴史があります。

東京都健康長寿医療センターは、1872(明治5)年に設立された、「養育院」の流れを汲む施設です。養育院とは、江戸時代に幕府が地主の負担で集めた困窮者救済のための資金(七分積金)を明治政府が引き継ぎ、渋沢栄一・大久保一翁によって建設された、孤児・生活困窮者の保護施設です。養育院は日本の福祉の原点ともいわれています。

養育院が高齢者のための施設となったのは、養育院ができてから100年後の1972年でした。当時の東京都知事であった美濃部亮吉知事が、これからの日本は高齢化社会に向かうと予想をし、今日の東京都老人医療センター(最初の名称は養育院附属病院)と東京都老人総合研究所を開設する命を下しました。

しかし、今でこそ高齢化率(65歳以上の国民が全人口に占める割合)は、26.7%という高い割合ですが、その当時の高齢化率は、約7%以下でした。それでも、高齢化社会を推測した美濃部東京都知事の洞察力は、非常に鋭いものだったと感心しています。

そして、2009年に東京都老人医療センターと東京都老人総合研究所を経営統合し、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターとして発足したのです。現在でも我々は、養育院の福祉の精神を根本に持ちながら病院を運営しています。

東京都健康長寿医療センターでは、心血管病(生活習慣病)、がん医療、認知症、救急医療の4つの柱を重点医療としています。その中でも特に力を入れているのは認知症の予防や治療です。

現在の日本では、少なくとも400万人の認知症患者さんが記憶障害や判断能力障害で社会に適応できず困っています。そして、これから認知症になる可能性のある認知症予備軍の方も含めると、700万人にもなるのです。しかし、少子高齢化の問題で、そういった患者さんの面倒を見られる若いも方も減っています。

そこで、東京都健康長寿医療センターでは日常生活動作(ADL)の低下、認知症など高齢者の生活の質(QOL)を低くする老年症候群の予防から、治療、ケアまでを一貫して行っています。

細胞

東京都健康長寿医療センターは、病院の他にも研究所を保有しています。研究チームは全部で9個あり、高齢者医学福祉研究の中で、基礎医学を対象とする自然科学系研究と、人間が作り出す社会を対象とする社会科学系研究の大きく2つに分かれています。

自然科学系研究には、老化機構研究チーム、老化制御研究チーム、老化脳神経化学研究チーム、老年病態研究チーム、老年病理研究チーム、神経画像研究チームがあります。そして、社会化学系研究は、社会参加と地域保健研究チーム、自立促進と介護予防研究チーム、福祉と生活ケア研究チームが入っています。

東京都健康長寿医療センター研究所の1つの特徴として、ブレインバンクというものがあります。ブレインバンクとは、亡くなられた方の脳の半分を将来の研究のために凍結して保存することです。東京都健康長寿医療センター研究所には3千個(2017年現在)の脳が凍結されています。

また、薬学、生物学、基礎医学といった研究者に加え、福祉や介護、医療経済などの社会科学分野の研究者の方々が積極的に研究に参加しているところも強みです。これからは、研究所と病院の連携をさらに強めて、研究で得られた成果が患者さんのお役に立てられるものかどうか検証していきたいと思っています。

笑顔の高齢夫婦

我々が目指す理想的な医療のありかたは、健康寿命の最大の延長を図ることにより介護寿命を可能な限り短縮することです。そして、身体の健康だけでなく、福祉という観点から心の幸福も含め、私は健康福寿の高齢者を増やしたいと考えています。

その中で課題となるのが、望まない医療を続けることです。日本の多くの慢性期病院では、意識は無くとも気管切開をして人工呼吸器を付け、永遠と生きている患者さんが多くいらっしゃいます。そして、ご家族があまりお見舞いに来られないというケースも少なくありません。

果たして、こういった患者さん自身はこのような形で生き続けることを希望されているのかどうか、事前指示書を書いておられない限り確認する術がありません。今の日本の医療では、承認された最高級の医療を、患者さんご自身が希望するしないに関わらず病院は提供を保証しています。こういった状況を今後整理していく必要があります。そして、この問題を放置したまま、理想的な医療は語れないと思っています。

許俊鋭先生

地域を構成するには、病院は無くてはならない存在です。

例えば、大島で三原山が噴火して、その島民全員が島から脱出しました。脱出するかしないかを決める会議の現地の構成メンバーは、町長、町会議長、消防署長、警察署長、そして医師の代表と聞いています。全島1万人の住民の脱出を決定する重要な会議は、その人々で相談をすれば成り立ちます。もちろん、東京都の役人さんや島の交通網を掌っている東海汽船の支店長さんも加わっていましたが、住民の方々の意思統一と安全な輸送・健康管理が最も重要です。医療の提供も極めて重要でありその意味では病院は地域を包括する重要な機能と考えます

少子高齢化社会での地域医療構想とは、高齢者にたいする構想だと私は考えています。しかし現在、福祉と医療は分離されてしまっています。例えば、フレイル(虚弱)、サルコペニア(筋力低下)、ロコモティブ症候群(運動障害)、認知症は病気なのかどうかが曖昧なため、多くの病院ではこういった高齢者の方を長期的には診ることは困難です。福祉として行政が引き受けているのです。

しかし、高齢化が進むにつれ、これからの地域医療構想の中心となる病院は、福祉のコンセプトがあり、予防医学の発想をしっかりと基礎に持っている医療機関である必要があります。そこで、東京都健康長寿医療センターは養育院以来の伝統の中で、福祉と医療は一体というコンセプトを継承しています。私たちははこれからのの地域医療構想の核としての役割を持っていると自負しています。

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  • 東京都健康長寿医療センター センター長

    許 俊鋭 先生

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