新型コロナウイルス感染症特設サイトはこちら
インタビュー

精神科救急が直面する問題―薬物への対応やシステムの差異

精神科救急が直面する問題―薬物への対応やシステムの差異
成島 健二 先生

東京都立多摩総合医療センター 精神神経科 部長、東京医科歯科大学 臨床教授

成島 健二 先生

精神科救急を支えるシステムには都道府県ごとの違いがあり、救急の制度そのものにも様々な問題が内在されているため、現場の医師は医療そのもの以外にも様々な問題への柔軟な対処を求められます。精神科救急の現場で直面しているさまざまな問題点について、東京都立多摩総合医療センター精神神経科部長の成島健二先生にお聞きしました。

東京都立多摩総合医療センターが参画する東京都の精神科救急システムでは、原則としてアルコールで酩酊(めいてい)した患者さんは扱いません。しかし覚せい剤・大麻・危険ドラッグなどを乱用する患者さんは日常的に診察しています。

違法薬物乱用者の扱いについては法的規制が多数あるため、現場で実際どのように対処すれば良いかが不明瞭になっています。さらに、受診が夜間や休日であれば、実際に違法な薬物を使用しているのかどうか、使用しているとしても何の薬を使っているか明らかにできないことも少なくありません。患者さんの症状が薬物によるものなのか精神疾患によるものなのか判断できない場合、通常は疑問を残しながらも暫定的に精神疾患による精神症状として扱うことになります。

診断や治療のみならず、その後の患者さんの扱いについても多くの問題が残されています。

警察は当然違法薬物を使用した「犯罪者」を逮捕したいと考えます。しかし、「患者さんが任意で提出する尿でなければ違法薬物使用の証拠にならない」などの法的規制があり、捜査を合法的に進めるのが困難となることが多いようです。そこで警察は精神科救急のシステムに患者さんを乗せ、病院に入院させて、我々に採尿させ、その尿を差し押さえて捜査を進めたいと考えます。一方、我々医師は常に患者さんを守る立場に立ち、守秘義務を順守しているため、裁判所からの令状なしに診療の内容や診療上得られた検体等を警察に提供するわけにはいきません。

警察との関わりには常にあいまいな部分を残しており、マニュアル的な対応では適切な応対が出来ないことが珍しくありません。我々は第一に患者さんのための存在であることはいうまでもありませんが、裁判所からの令状があれば警察の捜査に協力しなければなりません。また、これは我々の本来の業務ではありませんが、裁判に召喚されることもないとはいえません。違法薬物がらみの患者さんへの応対は常に難しい問題であり、法に則って厳しく対応していく必要がありますが、状況や個々の患者さんに応じて、臨機応変に対応する余白が残されているのが実情です。

それでも違法薬物がらみの患者さんは次々とやってきますし、薬物自体もこれまで経験しなかったような新しいものが次々と出てきます。現場にいる我々は、この変化に何とか対処していかなければなりません。医学的にも法的にも正しく、できるだけ治療的かつ患者さんの人権を損なわないように対処しなければならないのですが、マンパワーや時間、医療資源などさまざまな制約がある中で適切に応対していくことは非常に困難です。現場で患者さんと向き合い、同時に警察官とも直接話をする立場に身を置く我々は、常に困難な状況に置かれています。

東京都立多摩総合医療センターは都立病院ですので、ここでは東京都の精神科救急事業に基づいてお話をすすめていますが、都道府県によって精神科救急のシステムは異なります。

神奈川や千葉、大阪などの方式が有名なところですが、全国的なスタンダードと呼ばれるシステムが存在するわけではありません。東京都は経済的にも人的にも恵まれているため、非の打ちどころのない精神科救急のシステムを持っているのではないか、と思われがちですが、実際はそうではありません。精神科救急システムの標準化が全国で進めば、医療の質が底上げされるのではないかと感じています。

東京都の場合は警察との協力体制なども含め、患者さんを病院に搬送して受診させるところまでは、他道府県と比較してもシステムが整備されているほうだと考えます。しかし東京のシステムは翌日後方病床に搬送することを前提としているため、治療的な意味合いが薄いという大きな弱点があります。外来で緊急措置入院を決定した医師とはひと晩だけのお付き合いで、その後後方支援病院に送られるのでは、患者さんは守られているとは感じにくいのではないでしょうか。我々のシステムの欠点に対しては、東京都以外の関係者からも少なからず批判されています。

都道府県によって、それぞれ異なった精神科救急のシステムを持っており、各々に長所・短所があります。ただし、どれが良いというところまでは議論が成熟していません。精神科救急は質的にも量的にも偏在していて、全体として見ると現状ではあまりうまく機能していないという印象を受けます。今後の発展が期待されます。

精神科救急の現場に運ばれてくる患者さんの中には身体的な疾患が隠されていることが珍しくないため、総合病院で担われるべき役割であるものと思われます。しかし必ずしもそのようになっていないのが現状です。一方、総合病院で精神科救急を担った場合も、様々な問題に向き合うことになります。

第一に、その構造です。例外は多くありますが、多くの総合病院は精神科であっても開放的な構造となっているため、病状の重い患者さん(幻覚妄想状態で大声を出したり暴れたりするような患者さん)をケアするには構造的に向いていません。

開放病棟は、外的な構造に頼ることなく、患者さんと治療者との治療関係を礎にして丁寧な治療をしていくのが本来の機能であるため、いわゆる医師・患者関係が成立する条件が整わない、急性期の幻覚妄想状態の患者さんを扱う構造にはなっていないのです。

また、経営上の難しさも避けることのできない問題といえます。やや政治的な内容に偏りますが、精神科は診療報酬上恵まれているとはいえない科でもあります。その必要性は広く認識されているにもかかわらず、採算性の低さから病床を縮小したり、閉鎖したりする病院が少なくありません。

さらに、総合病院の入院形態が、精神科的な入院治療と馴染まないことがあげられます。総合病院の精神科は、一般に内科ベースで病棟を運営することが求められるため、精神科の特殊性を活かして長期間の入院を継続することが困難です。具体的には精神症状が完全に寛解(症状が現れ亡くなった状態)するまで患者さんを病棟で連続的にケアすることが不可能になりつつあります。極端な話になりますが、医療のレベルが高いと考えられているアメリカの大病院では、精神科の平均在院日数が3日足らずでした。これでは内的でデリケートな心理面を扱う精神科において、満足な治療が出来るはずはありません。急性期の緊急介入以外のことは事実上不可能です。

最後に、医師の確保が困難であることも忘れてはなりません。精神科の医師としては、患者さんが興奮状態で救急に来たところから、「また外来で会おうね」と寛解状態までもっていくところまできちんと関わっていきたいと考えますが、国の医療計画に五疾患として精神疾患が加えられた今日であってもそれは許されません。医療経済的な理由で、長期入院は望ましくないからです。

総合病院の精神科医は、一般に単科精神病院の精神科医と比べて多忙であるといっても差し支えないと思われます。しかし忙しいだけで患者さんに対して納得できる医療を提供できない状況が続くと、どうしても医師のモチベーションが維持困難で、医師が定着しなくなります。

例えば我々の病棟のように身体合併症や精神科救急を課された状況で、一般的な精神科医療の質にしわ寄せが及ぶのはある程度やむを得ないことでしょう。それでも、精神科らしさを失わない医療を守っていく工夫は必要です。

東京都立多摩総合医療センターの精神科では、34床のうちの4床を「長期的な入院治療を必要とする患者さんを受け入れる病床」に設定し、長期間の入院治療を可能としています。若手の教育のためにも患者さんご本人のためにも、長期間濃厚な治療を行うという選択肢は、どうしても必要なのです。

 

受診について相談する
  • 東京都立多摩総合医療センター 精神神経科 部長、東京医科歯科大学 臨床教授

    成島 健二 先生

「メディカルノート受診相談サービス」とは、メディカルノートにご協力いただいている医師への受診をサポートするサービスです。
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。
  • 受診予約の代行は含まれません。
  • 希望される医師の受診及び記事どおりの治療を保証するものではありません。

    「受診について相談する」とは?

    まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
    現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。

    • お客様がご相談される疾患について、クリニック/診療所など他の医療機関をすでに受診されていることを前提とします。
    • 受診の際には原則、紹介状をご用意ください。