インタビュー

脊髄小脳変性症とは?主に小脳が障害される神経変性疾患

脊髄小脳変性症とは?主に小脳が障害される神経変性疾患
水澤 英洋 先生

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 理事長特任補佐

水澤 英洋 先生

この記事の最終更新は2016年11月09日です。

脊髄小脳変性症(せきずいしょうのうへんせいしょう)とは、主に小脳や脊髄の神経細胞が障害されることで様々な症状を引き起こす疾患の総称です。木藤亜也さんのノンフィクションエピソード「1リットルの涙」が大反響を呼んだ影響で、脊髄小脳変性症は世間に認知されつつあります。しかし、脊髄小脳変性症は1つの疾患の名称ではなく、多くの病型が含まれ、症状も経過も様々です。今回は脊髄小脳変性症の原因から症状、治療に至るまで、国立精神・神経医療研究センター理事長の水澤英洋先生にお話しいただきます。

脊髄小脳変性症(せきずいしょうのうへんせいしょう)とは、主に小脳の神経細胞が変性して現れる症状(運動失調やふらつき)を中心とした神経変性疾患の総称です。

運動失調のみのタイプから、パーキンソン病様症状や自律神経症状なども現れるタイプまで数多く含まれています。変性では炎症や血流不全など明瞭な原因なくして神経細胞が徐々に障害されていき、最終的には神経細胞がなくなって脳が委縮します。

脳の神経細胞が変性をきたす病気としてはアルツハイマー病が有名でしょう。

アルツハイマー病の場合は、海馬など記憶をつかさどる部分を主に、大脳皮質全体が障害されます。その他、筋肉の神経細胞が変性すると筋ジストロフィーを発症し、脊髄の運動ニューロンが障害されると筋萎縮症側索硬化症(ALS)を発症します。また、中脳にある黒質(こくしつ)という部分が侵されると、パーキンソン病を呈します。

ただ、約30%の患者さんは脊髄小脳変性症を来す遺伝子変異を持っています。また、発症しやすさを増加させるような遺伝子のタイプもあると考えられています。この場合は、このような遺伝子が複数影響しあい、脊髄小脳変性症を引き起こすと考えられます。

遺伝子以外の要因としては、環境因子の相互作用も発症に関与するといわれます。このように多くのファクターが関与して発症すると考えられています。

具体的にはよくわかっていませんが、肺がん(小細胞がん)やお酒、抗てんかん薬、自己免疫性疾患による小脳炎、感染など、それ自体で小脳の病気を引き起こしうるものは悪い影響を与える可能性があると考えられています。

脊髄小脳変性症に含まれる病気は数十種類もあると考えられており、主な疾患名だけでも常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症が約40種類、常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症も同じくらいあります。

また、非遺伝性(孤発性)脊髄小脳変性症は、大きく2種類にわかれます。

通常の神経変性疾患の場合、遺伝が原因である比率は10%以下です。これに対して、脊髄小脳変性症は遺伝性である割合が約30%と、他に比べて非常に高くなっています。

優性遺伝性脊髄小脳変性症は、原因となる遺伝子座や遺伝子がみつかった順に1型・2型・3型というように名付けられています。日本においては下記4種類のタイプが圧倒的に多く、患者さんの7〜8割を占めます。

  • 3型 (マシャド・ジョセフ病やジョセフ病とも呼ばれる)
  • 6型
  • 31型
  • 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA:幼児期に発症すると重症で発達障害やミオクローヌスてんかんを合併する。大人の場合はより軽症で、認知障害を伴う)

常染色体劣性遺伝性の脊髄小脳変性症は、日本人では数%しか発症しません。一方、欧米では、常染色体劣性遺伝性のフリードライヒ失調症が最も多い遺伝性の失調症です。フリードライヒ失調症の患者さんは、日本人にはいません。

常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症は、小児期発症で、眼球運動失行やビタミンEの欠乏など特有の症状や検査所見を伴うこと多いのが特徴です。

孤発性脊髄小脳変性症の大部分は、多系統萎縮症(MSA)に分類されます。

多系統萎縮症は、もともと別の疾患として報告されていたオリーブ橋小脳萎縮症・線条体黒質変性症・シャイ・ドレーガー症候群が、単一疾患の症状の現れ方の違いであることが判明して確定した病名です。3つの病型ともに、同じような病理像を示しています。

多系統萎縮症以外の孤発性脊髄小脳変性症は、皮質性小脳萎縮症(CCA)として分類されます。皮質性小脳萎縮症(CCA)には多数の病気が含まれており、個々の病気を区別するだけの特徴がありません。これらは運動失調以外の症状が目立たないことから、純粋小脳失調型と呼ばれます。

純粋小脳失調型(CCA)に比べて、多系統萎縮症(MSA)の場合は多様な症状が現れます。

顕著な症状としては、小脳性運動失調、パーキンソン病様の症状、排尿障害や起立性低血圧などの自律神経症状がみられますが、その他にもジストニアなどの不随運動、脚の突っ張りなどの錐体路徴候(すいたいろちょうこう)なども伴うのが特徴です。また、初期には小脳失調症状やパーキンソン病様の症状のみが続くこともあるので注意が必要です。

脊髄小脳変性症の少女を主人公に描いた「1リットルの涙」は、小説や映画、ドラマなど様々なメディアで取り上げられています。

若くして脊髄小脳変性症に罹患した木藤亜也さんの場合、病型は歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)であっただろうと推測されます。歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)は、常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症としては珍しく小児期に発症することがあるタイプで、重症化しやすいのが特徴です。

一方、常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症は小児期に発症するケースが多いといわれています。これは遺伝子の変異の影響の仕方が関与していると考えられます。

つまり、劣性遺伝では、二つある遺伝子が両方とも異常遺伝子でなければ発症しません。一方、優性遺伝の場合は片方の遺伝子が異常であれば、もう片方は正常であっても発症します。

すなわち、劣性遺伝の場合は最初から正常な遺伝子がないため、早くから(多くは小児期に)発症するという説明です。

脊髄小脳失調症3型、6型、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)では特に遺伝子によくみられる「繰り返し配列(リピート)」が異常に伸長するという変異が特徴です。

例えば、3、6、DRPLAではCAG(グルタミンというアミノ酸をつくるシトシン(C)-アデニン(A)-グアニン(G)という塩基の配列)の繰り返しが通常よりも長く伸びています。配列が長ければ長いほど、重症度も高く発症年齢は若くなります。

この繰り返し配列(リピート)は受精時に伸びる特徴があるため、子どものほうが親御さんよりも重症度が高くなり、また親御さんよりも先に脊髄小脳変性症を発症することがあります。

脊髄小脳失調症31型の場合は、RNA(リボ核酸のこと。DNAを鋳型として合成され、タンパクの調整を担う)に相当する5塩基のリピートが異常に延長して挿入されているのがみられます。

このように、上記に挙げた3つの病型は、すべて「リピート」によって起こる遺伝子異常といえます。

脊髄小脳変性症は小脳を中心とした細胞が死滅する病気であるため、その症状は、細胞が障害される場所および障害の程度で決定します。

多くの脊髄小脳変性症では小脳性の歩行障害から始まり、その後構音障害(ろれつがまわらない)や手の障害(震える、字が書けない)が加わり、進行していきます。

多系統萎縮症、脊髄小脳失調症3型、DRPLAなど小脳以外も冒される病型では、さらにパーキンソニズム、立ちくらみやめまい、自律神経症状、誤嚥などの症状が加わり、数年かけて悪化していくとされます。皮質性小脳萎縮症、脊髄小脳失調症6型、31型などの純粋小脳失調型の場合は、運動失調のみがみられます。

遺伝子検査に関しては、精神的なケア(カウンセリング)の問題も関わります。ご自身の遺伝子を調べて、万が一陽性であれば、次の世代からは遺伝する可能性があります。ご家族に同様の病歴がなくても、子どもの世代から遺伝子が新規に変異するのは珍しいことではありません。

こうなると、陽性と診断された患者さんは、将来子どもを産むかどうか選択するときに悩んでしまいます。

そのため医師やカウンセラーが遺伝相談を行ったり、分かりやすく説明しよく理解していただいたうえで妊娠や出産を選択するという形になります。

ただ、多系統萎縮症の場合はさまざまな障害が現れるため、起き上がっていることが困難になり予後が悪くなる可能性もあります。

たとえば自律神経障害もよくみられる障害の一つであり、これによって起立性低血圧を起こすことがあります。立っていられないのはもちろん、座っている状態でも失神する危険性があり、寝たきりになってしまうこともあります。

このため、多系統障害型の脊髄小脳変性症の患者さんは、誤嚥性肺炎などを発症することが多いといわれています。

実際に、リハビリテーションを継続している方としていない方では、継続している方のほうが運動失調の程度が軽減されることが知られています。

また、筋力をつけることも重要なポイントといえます。これは筋力トレーニングで賄えますから、リハビリテーションの中でも比較的単純な治療といえます。

筋肉があれば、寝たきりになる可能性が減少します。手に力があれば、ふらついたとき物につかまることができ、転倒のリスクが減少します。また、足に一定の筋力が保たれていれば体の安定性が高まります。その他、筋肉は骨格を支える役割も持ち、萎縮すると関節の脱臼などの合併症を生じやすいことが知られています。脊髄小脳変性症の患者さんは、筋肉量・筋力をなるべく保つようにしましょう。

筋力トレーニングといってもスポーツ選手のようなメニューをこなす必要はありません。しかし、一度は専門家のいる施設にてリハビリテーションの仕方を教えてもらって身につけ、それを継続することが大事です。

リハビリテーションは非常に有効な治療であることを覚えておくとよいでしょう。

患者さんとのコミュニケーションは簡単ではありませんが、医師が責任を持ってフォローする覚悟が必要だと考えています。

また、前述したリハビリテーションの支援も行います。

リハビリテーションのメニューは自宅でも行えるものを指導しており、基本的には家で実施していただきます。ただ、自分一人でリハビリテーションを続けるのも難しいでしょうから、1年に1度程度のペースで入院していただき、患者さんがきちんとリハビリを行えているか確認します。国立精神・神経医療研究センターで指導することもあれば、地元の医療機関にお願いすることもあります。

提供:PIXTA

実は、2018年5月に、日本神経学会と厚生労働省の研究班による合同委員会にて作成された脊髄小脳変性症多系統萎縮症の診療ガイドラインが刊行されました。海外のガイドラインが運動失調症状を対象とする中、この診療ガイドラインは多くの疾患を含む脊髄小脳変性症と多系統萎縮症を対象としており、治療のみならず診断も、また失調症状だけでなく他の症状も対象としています。なお、患者会である「全国SCD・MSA友の会」ではリハビリに関するテキストを出版しています。

※リハビリテーションに関しては、水澤先生がご解説されている「患者さんとご家族のためのSCD・MSA Webセミナー」も参照してみてください。

リハビリテーションを含めた診療ガイドラインの制定は、脊髄小脳変性症の患者さんのためになると確信しています。今後、脊髄小脳変性症に対してはリハビリテーションを含めた様々な治療を行い、より生活の質(QOL)が高い時期を長くして、患者さんが楽しんで生活出来るための工夫をしていくことが大切です。

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