インタビュー

「病院」はかくあるべきか。真の地域医療を実現した横須賀市立うわまち病院

「病院」はかくあるべきか。真の地域医療を実現した横須賀市立うわまち病院
沼田 裕一 先生

横須賀市立うわまち病院 病院管理者、公益社団法人 地域医療振興協会 副理事長

沼田 裕一 先生

この記事の最終更新は2016年07月15日です。

明治・大正・昭和・平成と100年以上の歴史を持つ横須賀市立うわまち病院は、平成に入ってから市立病院へと体制を変化させ、新たなスタートを切りました。今回は、管理者を務める沼田裕一先生に、横須賀市立うわまち病院が歩んできた歴史、そして担う機能についてお話を伺いました。

横須賀市立うわまち病院は、2002年に前身の国立横須賀病院を国から市へ移譲されることで生まれました。国立病院時代、それより更に前の時代を入れると当院の歴史は100年を超えます。

この100年の間に病院の役割や機能は大きな変遷を遂げてきました。明治以降、日本における一般医療は民間が行うことが基本になり、国立病院は特殊な役割を担う位置づけでした。このような時代背景の中、当院は横須賀衛戍(えいじゅ)病院(陸軍の駐屯地の病院)として開院したのです。戦争が終結し病院が不足した1945年には、外地引揚者専用の病院として機能しました。こうした歴史を歩んできた当院が一般診療を開始したのは1946年のことでした。

戦後、日本中の国立病院が一般診療を開始したのですが、その後1980年代に国立病院統廃合が進められ、国立横須賀病院も対象となりました。横須賀市は300床を超える地域の基幹病院を廃院にするわけにはいかないので、厚生労働省、神奈川県、地域医療振興協会と協力して病院を存続すべく、4者で横須賀市への移譲を成功させました。これが、現在の横須賀市立うわまち病院のはじまりです。

移譲が行われた2001年10月当時、私は熊本赤十字病院に勤務していましたが、当時の地域医療振興協会の理事長から命をうけ管理者に就任しました。移譲はすでに順調に稼働している病院を引き継ぐにあたり、最も懸念されることは医療事故でした。つまり、システムを大きく変えては混乱してしまいます。これを避けるため、管理者としては斬新な方針を打ち立てることもできず約6割の国立病院からの引き継ぎ職員と、新しく採用した職員に、できるだけ国立病院時代のシステムを受け継ぎ、新病院のシステム作りに生かすという極めて地味な仕事をしました。病院開設過渡期の1ヶ月を無事、事故なく運営できたところで、少しずつ改革を始めました。

まず横須賀市内は、まだ救急車の受入れに困難がある時期でした。次に気になったのは、電子カルテやオーダリングシステムなど病院システムのデジタル化が遅れていたことです。救急車の受入れについては、救急専門医の資格と経験を持つ医師を招き、より多くの台数を受け入れできる体制を作りました。また最も重要な受け入れにあたって敷居を低く間口を広くすることを徹底しました。たらい回しを防ぐために、満床だから断るのではなく、まず、患者さんを診察し、入院できなければ転送しようという方針で臨みました。初期には転送時にベッドが無いのに受け入れるな、と文句を言う救急患者さんもいましたが、そのうちそのような理解のない発言は消えて行きました。

もうひとつの医療情報のデジタル化については、当初は予算の関係もあり、医療情報のデジタル化で効率の良い部分だけをデジタル化するオーダリングシステムを導入しました。予想外の効果があったのは、オーダリングシステム導入にあたって、導入プロセスで、職員が専門や部署の垣根を越えて導入に協力し、高い能力で効率的なシステムを作ることができたことと、なにより、皆が仲良くなり良好なコミュニケーションをとることができたことでした。病院開設時何も新しくすることができなかった病院に開設後半年でオーダリングを導入することができました。

オーダリング時に知った職員の能力の高さから、その一年後には厚生労働省の最後の補助金を利用し、地域の病院に先駆けて電子カルテを導入しました。

救急車の受入れが弱かった点に関して言えば、これは横須賀だけの問題でなく「救急車たらい回し」として当時日本中が抱えていた問題でした。こうした問題が生じるのは病院が怠慢である、あるいは非効率的であると世間は認識していたと思います。しかし根本的な原因はまったく違うところにあると思っています。それは、今日では当たり前のようになった「病院機能」の問題です。

当時「3時間待ちの3分診療」と病院が揶揄されていました。しかし、本来は3分間で診察を終われる程度の症状の人が3時待ちしてまでして大きな病院を受診しにくるという「かかりかたの文化」に問題があったのです。病院や診療所など医療機関の分業化がフリーアクセスという言葉のもとにあまり理解されてなかったことがその根底にありました。そしてこの受診方法の文化がまさしく病院の外来を埋め尽くし「病院機能を低下させる受診文化」だったのです。

現在は大病院は紹介状がないと受診できないことがシステムとなりつつあります。しかし当時は、患者自身の当事者の意識はもちろん、分業化を後押しするシステムがすべての病院側にもり理解されていたわけではありませんでした。現在ではこの病院と診療所の分業化が保険制度でも強く推進されていますが、この制度化自体が日本の受診文化が遅れていたことを示しています。当院は病院機能を理解し、このような分業化を「病院は病院らしく」という合言葉でいち早く進めてきた経緯があります。

管理者に就任して以来「うわまち病院は病院らしく」をモットーとしています。

「病院は病院らしく」とは、病院は診療所と異なる機能を発揮するということです。つまり、患者さんの窓口は基本的に地域の診療所であり、診療所で完結できない患者さんの紹介を受けて、初めて病院は機能することになります。そして、病院での診療が不要になればまた患者さんには診療所に戻っていただきます。ただし、窓口が診療所だけでは救急などの場合には困難をきたすことがあります。したがって、救急に関しては病院がすべて引き受ける義務を持たなければいけないと考えています。つまり、紹介を中心に救急は義務として機能しなければなりません。これが私の言う「病院は病院らしく」です。しかし、受診の文化が社会全体に浸透しているわけではありませんので、今は大変少なくなりましたが、軽症で初めて受診する患者さんを門前払いするようなことは大人気ないとも考えています。

病院の役割は病院だからこそ可能な手術や、侵襲的な検査や治療に特化(集約化)し、診療所とは機能分担を行う。その実現のためには病院と診療所の診療連携が鍵になります。診療連携の構築には、お互い尊敬し合える関係を構築することが重要です。医療のスタンダードは「特化(集約化)」「機能分担」「診療連携」であり、私がいまも最も大事にしている病院運営の柱です。

まず患者さんは近くの診療所を受診します。その上で当院は紹介いただいた患者を中心に、丁寧に診療していく。当院で行う必要のある診療が一区切りついたなら、今度は患者さんを逆紹介し診療所へ戻す。このシステムは一見簡単に思えますが、診療所と病院それぞれ医師、そして患者さんと三者の信頼関係がなければなかなか成立させることができません。これまでの「かかりかたの文化」から、多くの日本人は病院にかかっていないと不安がる傾向があります。そのような方にも丁寧に「機能分担」「診療連携」の話をし、基本的には診療所へ逆紹介をさせていただくようにしています。横須賀市立うわまち病院は一般的な病院と比較すると外来患者は非常に少ないので、その分当院での治療を必要としている人がスムーズに診療を受けられる体制が維持できています。診療連携について十分説明し、患者さんにもご協力いただく。これは結果的に、患者さんの利益となっているといえるでしょう。

こうした事情が「診療連携」をさらに強固なものにしてくれています。当院では、病院が診療所を紹介する「逆紹介率」が、診療所から患者さんを紹介していただく「紹介率」を、上回っています。逆紹介立の高さが我々の自慢であり、当院の連携診療所に対する深い尊敬の気持ちを表していると考えます。

先にも説明したように、近隣の診療所の先生と当院とでは深い連携がとれています。診療連携がうまくいっている一つの理由として、横須賀市立うわまち病院に患者を紹介することの敷居の低さがあります。当院では診療所の医師が事務員や看護師などを通さず、無駄な時間なく直接医師に急な患者紹介を行えるよう、専用の電話ホットラインがあります。このホットラインの存在によりスムーズに患者紹介のやりとりができますし、その上で当院としても敷居の低い紹介患者受け入れの意識付けもしっかり行っています。

こうした取り組みは、「特化(集約化)」「機能分担」にも関連してきます。当然のことながら診療所紹介による患者は、既に医師の診察を受けており専門的な治療が必要な確率も高いからです。より高度な診療を必要とする患者の割合が高いため、自然と手術や侵襲的検査治療など病院がなすべき仕事に専念することができます。また横須賀市立うわまち病院ではドクターカーも所有しているので、心筋梗塞の疑いなど緊急の診断、治療が必要とされる可能性がある場合には、電話を受けた診療所までこちらから積極的に迎えに行きます。診療所の医師には「本当に心筋梗塞か自信がないから」と遠慮がちなこともありますが、「重症疾患の可能性があるのなら喜んで迎えに行きます。」と返事をします。重症疾患の診療は病院勤務医の腕の見せ所だからです。救急においては余計な遠慮はいらないという姿勢をみせることは診療連携の敷居を低くするためにも重要なことです。

私の尊敬する先輩は、重症を疑われて紹介された患者さんに結局重病がなかった場合が最も難しいのだ、その患者さんが紹介されたことを満足してもらえるように説明することが診療連携の継続に最も重要であると教えてくれました。

私は常々、医師は臨床、研究、教育の三つを行う必要があると言っています。医学書や文献を読み知識を蓄え調べながら臨床のレベルを上げることは重要です。しかし、常に学会で発表したり、論文を書き続ける研究への取り組みは貴重です。そして最後に医師でなければ後輩医師の教育はできないので医師は常に教育に取り組む姿勢が必要だからです。横須賀市立うわまち病院では診療連携を中心に地域に根ざして常にup-dateされた診療を行うだけでなく、研究や教育にも真剣に取り組んでいます。当院は臨床研修指定病院であるだけでなく、様々な専門科の専門医の研修施設でもあります。  

若手の医師には積極的に研究会や学会発表を行うように指導してきました。また、シミュレーションセンターをおき、シミュレーション教育にも力を入れています。地味ですが当院の病理解剖は年間50体を超える時もありこの10年間、剖検率は約10%と米国並みです。またこれも地味ですが、内科学会関東甲信越地方会の発表数は病院としては3位、科別では当院の内科は1位になることもあります。素晴らしい研究発表というものではありませんが真面目に研究や教育に取り組んでいることの証だと思います。その結果、この10年余りの間に、当院は二人の内科地方会の会長を輩出しています。今後とも、このような基本的な臨床、研究、教育をバランスよくできる医師を育てていきたいと思っています。

開設以来病院の改革は続き、発展してきました。臨床研修センターの設置、患者アドボカシー質の設置、Doctor Carの運用、Hot Lineの設置、病院機能評価の受診、ICU, HCU設置、DPC病院、地域医療支援病院、ハワイ大学のSim. Chikiを見学しSim. Hosp.Uwamachiシミュレーションセンターの設置、320列マルチスライスCT導入、救命救急センターとなり、手術ロボットダビンチ導入、高精度放射線治療の導入、自治体立優良病院協議会会長表彰、神奈川県周産期母子医療センター認定、神奈川県周産期救急医療システム中核病院認定、自治体立優良病院総務大臣表彰などいろいろなことを経験しています。今後もますます地域の医療機関と手を携え地域医療の充実を図り、地域医療に貢献し、地域住民に喜ばれるように努力します。そのためにはこれまで以上に運命共同体である、地域の医療機関を愛し、また医療機関に愛され、強固な信頼関係を作って地域医療にあたりたいと考えています。

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