インタビュー

手術後のキズ(傷跡)が目立たない甲状腺の内視鏡手術-甲状腺腫瘍における適応条件など

手術後のキズ(傷跡)が目立たない甲状腺の内視鏡手術-甲状腺腫瘍における適応条件など
清水 一雄 先生

日本医科大学付属病院 名誉教授、医療法人社団 金地病院 名誉院長

清水 一雄 先生

この記事の最終更新は2016年09月27日です。

甲状腺の腫瘍は若年から中年の女性に多い病気です。甲状腺は首にある臓器ですが、甲状腺手術をすると首に大きなキズが残ってしまい、特に女性にとっては美容の観点から問題になってきました。

金地病院につとめる清水一雄先生は、頸部に創のない甲状腺の内視鏡手術を、日本で初めて行った医師です。審美に優れた甲状腺の内視鏡手術はどのような手術なのか、清水一雄先生にお話を伺いしました。

胸部や腹部などに数カ所の小さな穴をあけて、その穴から腹腔鏡や胸腔鏡(腹部や胸部を見るための内視鏡)などを入れて、体の中を見ながら治療する手術のことを内視鏡手術と呼びます。従来の手術にくらべて、手術の切開が小さく、侵襲性が低いというメリットがあります。術後の回復が早く、傷跡も目立ちません。胃の手術や胆のうの手術などでよく行われてきました。

ブレスト市での手術(2012年)
ブレスト市での手術(2012年)

甲状腺は首の前側、のどぼとけのすぐ下に位置する臓器で、血液中にホルモンを分泌して代謝を正常に保つ大事な役割を担っています。甲状腺の病気(甲状腺腫瘍バセドウ病など)は若年から中年の女性に多く、手術を行った場合、今までの手術では常に露出された首に大きなキズが残ってしまいます。そのため美容的な面で患者さんに大きな精神的負担をかけてしまっていました。審美の観点で考えると内視鏡手術は有効ですが、1998年以前には行われていませんでした。

内視鏡手術を行うには、作業を行う臓器間の空間(腔)が必要です。腹部や胸部には臓器の間に空間(腔)があるので、内視鏡を腔に入れることで臓器を観察したり、処置したりすることができます。一方、甲状腺のある首には腔が存在しないため、内視鏡手術を行うという概念がなかったのです。

1997年、海外の医師が世界初の甲状腺内視鏡手術の報告を行いました。その方法は、首に切開を入れて、炭酸ガスを入れて風船のように膨らませて行うという術式でしたが、術後に炭酸ガスが体に吸収されることで様々な合併症が報告されました。

お伝えしたとおり炭酸ガスを利用する方法には当時問題があり、私はなにか他によい方法がないかと悩みました。切開部位に関して電車に乗るたびに正面に座った女性の首を観察して、どこに創を入れれば傷跡が見えにくくなるだろうか、当時はそんなことばかりを考えていました。

手術操作空形成に思いがけないヒントがありました。私の勤めていた日本医科大学は上野公園の近くにあるのですが、たまたま上野公園の近くを通り過ぎたときに、ホームレスの方々が住まれているテントが目に入りました。空気を入れて空間を作るのではなく、テントのように首の皮膚の部分を持ちあげることによって空間を作れば甲状腺で内視鏡手術ができるのではないか、と思いつき、1998年3月6日に日本で初めての吊り上げ式甲状腺内視鏡手術を行いました。初めての手術から現在(2016年8月時点)までに850~900回程度の内視鏡手術を行ってきました。

今までの手術方法は、首の皮下部分に二酸化炭素ガスを入れて膨らませるという方法をとっていましたが、私の開発した手術方法では、2本のワイヤーを首の皮下に貫通させて、前方に引っ張ってテントのように持ち上げることで空間を作ります。二酸化炭素ガスを入れないので、以前報告されたようなガスが組織から吸収されることによる合併症の心配はありませんでした。また、ワイヤーの穴については極めて小さな穴なので、痕跡はすぐに目立たなくなります。

次に、ワイヤーの穴とは別に、Vネックのラインで隠せる位置に切開創を作り、そこから手術器具を挿入します。首の横にも5mm程度の穴を開け、内視鏡カメラをいれて、術野のリアルタイムの状況を画像で確認しながら、手術器具を操作します。

ワイヤで釣り上げている手術写真
ワイヤで釣り上げている手術写真

この術式は、低侵襲手術という観点から、肉体的および精神的に患者さんにとっても医師にとってもメリットがあります。

1:傷がほとんど目立たない

患者さんにとっての最も大きなメリットは常に露出されている頸部にキズがないことです。首の横の5mm程度の穴はほとんど完全に消えます。またVネックのライン際の切開創については服で隠れます。手術の跡が見えないので、私の内視鏡手術を受けた患者さん仕事場に戻っても、手術を受けたとは気付かれないことが多く、仕事復帰後すぐに通常の仕事をふられてしまうそうです。

2:傷口の癒着などがない

通常、手術創には癒着が起こります。首でも大きな切開創を作ると、手術のあとで切開創に癒着が起こってしまう場合があります。この内視鏡手術では頸部に切開創なないため通常手術に比べ、術後、頸部の癒着やひきつれ感が少なく、痛みも少ないです。

3:回復が早い

手術後の回復も早いので、入院期間は内視鏡手術で行った場合は3~5日程度、通常手術の場合は約1週間程度なので短くなります。

一方で、外科医にとってもメリットがあります。この術式をとることで、通常の手術で使う器具や指を使いながら治療をすることができるので、外科医にとっても術中の精神的負担が少ない手術です。手術時間は通常手術と比べて、内視鏡手術の方がかかりますが、30分程度の差なので大きな違いではありません。

 

従来の甲状腺手術傷跡
従来の甲状腺手術傷跡(すべてがこのように目立つ傷になるとは限りません)
甲状腺内視鏡手術の傷跡
甲状腺内視鏡手術の傷跡
甲状腺内視鏡手術の傷跡
甲状腺内視鏡手術の傷跡

 

1:医師の技術力が求められる

デメリットとしては、甲状腺内視鏡手術は特別な技術が必要なので、行える施設が限られることや、術者の技量に大きく依存してしまうことが挙げられます。

2:費用負担が若干多い

甲状腺の良性腫瘍については2016年4月から保険適応になりました。しかし悪性腫瘍の場合はまだ保険適応になっていないため、自由診療での治療となり患者さんの費用負担が大きいです。施設によって異なりますが、自費では一般的には80-100万円程度が治療費となります。先進医療Aとして行っている施設では30万円前後です。

甲状腺内視鏡手術はどのような甲状腺疾患にも適応できるわけではありません。例えば、がんの場合、がん細胞が周囲のリンパ節に転移することがありますが、内視鏡手術では通常手術と比較してリンパ節を完全に切除することが技術的に困難な場合もあります。せっかく傷跡を小さくしても、他の臓器にすでに転移していたり、病巣をとりきれなかったら、手術する意味がなくなってしまうので、私は手術の適応条件を絞っています。

私が現在、内視鏡手術の適応としている甲状腺腫瘍は下記のとおりです。

術前検査で

良性腫瘍:大きさが6cm以内で甲状腺全体に多発していないこと

悪性腫瘍(乳頭がん):術前検査で大きさが2cm以内でリンパ節腫大が見られないこと

内視鏡手術で起こりうる合併症としては、電気メスを使うことによるやけど、甲状腺の裏を通っている反回神経を傷つけてしまうことによる反回神経麻痺(反回神経は声帯の動きをコントロールしているため、手術で反回神経を傷つけて麻痺を起こしてしまうと、声がかすれるということが起こります)、手術後の出血などです。ただし、これらの合併症は通常の手術を行っていても生じる合併症で、内視鏡手術に限った話ではありません。

ブレスト市での手術(2015年)
ブレスト市での手術(2016年)
ブレスト市での手術(2016年)
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