インタビュー

「バセドウ病」と誤診しないために-確定診断のポイントと安易な抗甲状腺薬投与の危険性

「バセドウ病」と誤診しないために-確定診断のポイントと安易な抗甲状腺薬投与の危険性
深田 修司 先生

医療法人神甲会 隈病院 甲状腺内科顧問

深田 修司 先生

この記事の最終更新は2016年09月29日です。

甲状腺ホルモンが増加する病気と聞くと「バセドウ病」を連想する方も多いでしょう。実際に、甲状腺ホルモン値が高値を示していれれば「バセドウ病」と考えて抗甲状腺薬を処方する医師も少なくはないようです。しかし、抗甲状腺薬には重篤な副作用もあるため、安易に投与することは避けねばなりません。誤診もいまだ多いといわれるバセドウ病を、正しく診断するためのポイントについて、隈病院甲状腺内科顧問の深田修司先生にお伺いしました。

バセドウ病を代表とする甲状腺機能亢進症の治療には、以下の3つがあります。

  • 抗甲状腺薬の投与(薬物療法)
  • アイソトープ治療(内服)
  • 外科的手術

これら三本柱の治療にかわる新たな治療法は開発されておらず、甲状腺機能亢進症の治療は、過去70年以上にわたり基本的には全く変わっていません。

また、上述した3つの治療は、方法こそ違うものの、いずれも「過剰な甲状腺ホルモン分泌を抑える」目的の治療であり、根本的な部分においては「同じ」といえます。

既に世界では治療法に改善がみられないことが問題視されており、世界五大医学雑誌のひとつ『ランセット』(The Lancet)でも、「病気の基礎となる病態の研究をさらに深め、病因により迫った治療を行うべきである」といったメッセージが発信されています。

しかしながら、こういった訴えが繰り返しなされているにもかかわらず、2016年現在においても新たな治療は開発されておらず、私自身もこの問題を深刻なものとして捉えています。

治療法が3つしかないことは、甲状腺疾患をみる医師にとってはよい面もあります。たとえば、これら3つの手法さえマスターしていれば、バセドウ病などの甲状腺機能亢進症はコントロールすることが可能になります。

また、治療は外科的手術を除けば、特別高難易度の技術を要するものではありません。そのため、適切な検査・診断をつけられれば、多くの患者さんの症状を抑えることが可能です。

しかし、現実には「適切な診断」が、すべての医療機関で行われているわけではありません。

「甲状腺ホルモンの数値が高い=バセドウ病」と思い込み、正常な人や、別の疾患を抱える患者さんに対し、バセドウ病の治療薬である抗甲状腺薬を投与しているケースが非常に多く見受けられます。

「甲状腺ホルモン高値=バセドウ病」と捉えている医師は非常に多く、名のある大病院などでも、不適切な抗甲状腺薬の投与がなされていることはあります。

抗甲状腺薬には重篤な副作用もあるため(※後述)、このような現状は見過ごしてよい問題ではありません。

まずは「甲状腺ホルモン高値=バセドウ病ではない」ということを、甲状腺疾患をみる医師すべてが念頭に置き、慎重に検査と診断にあたる必要があります。

血液中の甲状腺ホルモンが増える病気の総称を「甲状腺中毒症」といいます。甲状腺中毒症は、甲状腺ホルモン高値とイコールで結び付けてもよいでしょう。

甲状腺中毒症には、甲状腺機能亢進症以外の病気も含まれます。

【甲状腺中毒症のうち、甲状腺機能亢進症

バセドウ病など。

【甲状腺中毒症のうち、甲状腺機能亢進症以外の病気】

無痛性甲状腺炎亜急性甲状腺炎などの破壊性甲状腺炎。やせ薬などの甲状腺ホルモンの摂取。(一部のやせ薬には動物の甲状腺ホルモンが含まれています。)これらは、甲状腺機能の亢進(活発化)を伴いません。

抗甲状腺薬とは、甲状腺ホルモンの産生を抑えて、甲状腺機能の亢進を改善する薬ですから、甲状腺機能の亢進を伴わない病気に使用するものではありません。無痛性甲状腺炎亜急性甲状腺炎に対し、抗甲状腺薬を処方することは禁物です。

そのため、血液検査のみを行い、甲状腺ホルモンが増加していることを理由に抗甲状腺薬を処方するのではなく、「間違いなく抗甲状腺薬を使ってよい病気なのか」を丁寧に鑑別せねばなりません。

このように強く訴える理由は、抗甲状腺薬の安易な投与により、重い副作用が生じることもあるからです。

頻度は稀ですが、抗甲状腺薬の副作用には重篤なものもあります。慎重に処方を決め、フォローアップをせねばなりません。

  • 無顆粒球症(むかりゅうきゅうしょう):白血球内から、体内へと侵入した細菌を殺す働きを担う顆粒球(特に好中球)が減り、抵抗力が弱まる病気です。放置してしまうと死に至ることもある病気です。
  • 肝障害:軽度な肝機能異常のほか、劇症肝炎黄疸などを起こすことがあります。
  • ANCA関連血管炎:血清中に自己抗体のひとつMPO-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が検出される(陽性反応を示す)血管炎です。腎炎や喀血を起こし、時には透析に至ることもあります。

これらの副作用から患者さんを守るために、抗甲状腺薬の投与開始後約2か月は、2週間に1度、血液検査を行うことが大切です。

また、過度に患者さんを不安にさせるのも問題ですが、副作用と思われる症状が出現した時に備え、対応策をあらかじめ十分に説明しておく必要がります。

しかし、まずは検査時に鑑別を慎重に行って、確定診断がつかなければ、抗甲状腺薬の使用を避けることが重要であると考えます。

繰り返しになりますが、甲状腺機能亢進症ではない甲状腺中毒症の患者さんに抗甲状腺薬を使用することは禁忌です。

【甲状腺機能亢進症と鑑別が必要な疾患(代表)】

無痛性甲状腺炎亜急性甲状腺炎急性化膿性甲状腺炎などの破壊性甲状腺炎

など

甲状腺ホルモンのひとつT4は、血中に分泌されると、「甲状腺ホルモン結合たんぱく質」と結合します。血中に存在する主な甲状腺ホルモンを運ぶたんぱく質のことをTBGといい、T4はTBGの影響を受けて増減します。

たとえば、妊娠すると健常な女性でもTBGは必ず増加し、その影響を受けてT4も増加します。つまり、妊娠によるT4の増加は甲状腺機能亢進症ではない、正常な現象なのです。

ところが、現在でも妊娠中の女性のT4が増加しているのをみて、甲状腺機能亢進症と誤診する医師は存在します。

実際に、正常にもかかわらず妊娠・出産直後から抗甲状腺薬を2~3年投与され続けていたというケースもあります。

このような誤診を防ぐために測定すべきはT4ではなく、“F(フリー)T4”です。

FT4遊離サイロキシンとも呼ばれ、「遊離」という名の通り、TBGなどのたんぱく質とは結合していません。そのため、T4を測定するよりも正確に、甲状腺ホルモンの状態をみることができます。

FT4と共に血中TSH濃度を測ることで、甲状腺の状態をチェックすることが可能です。TSHとは、脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(Thyroid Stimulating Hormone)のことです。甲状腺の働きが落ちるとTSHは増加し、働きが亢進すればTSHは減少します。

たとえばバセドウ病の場合、FT4は高値を示し、TSHは低くなります。これは、バセドウ病以外の甲状腺中毒症でも同じです。FT4が高く、TSHが低い状態、あるいはその逆の状態を私は「シーソーの関係」と呼んでいます。

これとは異なり、FT4が高値でもTSHが正常のときは、バセドウ病とは別の病気だとわかり、除外できます。たとえば、甲状腺ホルモン不応症などが該当します。

まずは、TSHとFT4をセットで測り、二つがシーソーの関係になっていることを確認することが、バセドウ病の診断の第一歩といえます。

FT4が高値、TSHが低値となっていれば、甲状腺中毒症であることがわかります。しかし、この時点では甲状腺機能亢進症であるか否かはわかりません。そのために必要な情報は、TRAb(TSHレセプター抗体)の値です。

TRAbは、甲状腺の細胞にあるTSHレセプターと結合して甲状腺ホルモンを生産するよう刺激する抗体であり、「バセドウ病の原因物質」と考えられています。そのため、TRAbが陽性を示せば、バセドウ病であるとほぼ確信を持つことができます。

FT4、TSH、TRAbの三項目をみて治療を開始してもよいのですが、100%バセドウ病であると確定診断をつけるために、当院ではもう一つ検査を行います。

確定診断のための最後の検査は、「甲状腺シンチグラフィー」です。この検査では、テクネシウム99mというごく微量の放射性薬剤を注射し、甲状腺におけるテクネシウムの摂取率(どれだけ取り込まれるか)をみます。

摂取率が正常~高値(低値ではない)を示せば、間違いなくバセドウ病であると確定診断をつけられます。また、放射性ヨウ素を使用しても、バセドウ病の確定診断ができます。

深田修司先生より

【甲状腺シンチグラフィーの画像所見 摂取率3.94% (正常:0.5-3.0) : 深田修司先生ご提供】

このほかに、エコーで他の疾患(甲状腺がんなど)を合併していないかどうか、また、心不全などがないかを確認します。

バセドウ病とは、甲状腺でホルモンが過剰に作られている病気です。そのため、甲状腺内の血流が豊富になっていることがあります。

基本的にはFT4高値、TSH低値、TRAb陽性、テクネシウム摂取率高値の4項目を満たしていることが、確かな診断のために不可欠な情報となりますが、血流も診断の補助として役立つことがあります。

 

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