インタビュー

子どもの「野球肘」に関する日本特有の問題-高校野球の盛り上がりと進む野球肘の低年齢化

子どもの「野球肘」に関する日本特有の問題-高校野球の盛り上がりと進む野球肘の低年齢化
山崎 哲也 先生

横浜南共済病院 院長補佐 スポーツ整形外科部長

山崎 哲也 先生

この記事の最終更新は2016年11月19日です。

日本では、高校野球が「夏の風物詩」と呼ばれるほどに高い人気を誇っています。これは、他の野球大国といわれる国々ではみられない、我が国特有の文化です。

しかしながら、多くの球児が甲子園に憧れ、また実際に出場を目指して練習に励む中で、「子どもの野球肘」問題は見逃されてしまっていると、横浜南共済病院スポーツ整形外科部長の山崎哲也先生はおっしゃいます。成長期にある子ども達の慢性的な肘の故障を誘発している現代日本の問題点について、山崎先生にお話しいただきました。

野球肘」の患者層は非常に広く、当科には小学生(多くは5年生以上)からプロ野球選手、草野球をされる中高年の方まで、あらゆる年齢の患者さんが来院されます。

その中でも最も多いのは、中学生から高校生の患者さんであり、成長期にある青少年が、「野球のため」に手術を要するほどの故障を起こしている例を、私自身何例もみています。

しかし、現在の日本では、自国の子どもの健康な発育に大きく影響している野球肘の問題が大きく取り上げられることはほとんどなく、一般の方にもあまり認知されていません。

日本において、「野球」は諸外国とは異なる特殊性を持っています。それは、「高校野球」がひとつのゴールとなるほどに盛んであるということです。

海外において、高校生の野球が日本ほどに人気と注目を集める国は、おそらく存在しないでしょう。日本でも、「ジュニアの試合」が連日テレビで高視聴率を記録するほどに盛り上がるスポーツは、野球以外ではないと思われます。

また、球児たちも「甲子園に出られるならば、あらゆることを犠牲にしてもよい」といった激しい情熱を持ち、幼い頃から練習に励んでいます。

では、甲子園に出場するためには、球児たちはどうすればよいのでしょうか。このようなことを考察していく過程で、野球肘を誘発する社会的な問題の存在がみえてきます。

甲子園に出場するための“王道”といわれるコースは、「強豪校と呼ばれる高等学校に入学する」ことです。

そのためには、中学生の時点で強いクラブチームに入る必要があります。更に、ただチームに属していればよいわけではなく、地方や全国大会に出場し、ライバルたちよりも秀でた活躍をして自身の名を売らねばなりません。当然ながら、指導者の熱も高まります。甲子園に出場するために

このような一連のコースが存在するため、日本では野球肘が「低年齢化」しているのです。多くの中学生が野球のために手術を受けているという事実は、一般にはあまり知られていませんが、国単位で考えるべき日本独自の問題といえます。

高校野球であれば、47都道府県の高等学校野球連盟が加盟している日本高等学校野球連盟(高野連)という統括組織が存在します。

一方、少年野球にはリトルリーグやボーイズリーグなど、それぞれに加盟団体組織があるものの、これら複数の連盟を管理し、指導を行っているのはどこなのかと考えると、責任の所在は非常に曖昧であるといえます。

この結果として、各クラブチームの指導者の質にはバラつきが生じています。

地域の少年野球チームの指導者の中には、平日仕事を持ち、土日に野球を教えている方が多数おられます。このような指導者の中には、野球を教える技術には長けているものの、子どもの体や健康管理については詳しくないという方も当然います。

結果として、子どもを大人と同じように使ってしまう(試合に出させてしまう)ことも起こっています。小学生や中学生を指導する者の質のバラつきと、肘のオーバーユース(使いすぎ)の低年齢化とが重なり合い、子どもの慢性的な肘の故障が増加してしまっているのです。

子どもに野球を教える大人

詳しくは次の記事「子どもの野球肘の症状ー早期発見・予防するために、ご両親や指導者がチェックできる7つのポイント」にて解説しますが、発育期にある子どもの体は、骨や軟骨に至るまで大人の体とは異なっています。

ですから指導者は、ある子どもが秀でてその競技に優れているとしても、運動量を調整し、故障のリスクから子どもを守らねばなりません。

球児自身は「練習すればするだけ強くなれる」と思っていますから、管理者たる大人がそれをセーブせねばならないのです。

しかし、指導者の子どもの体に関する理解が浅い場合、勝利のために同じ子どもに連投させてしまうことがあります。これは、医師の立場から述べるならば「子どもを壊してしまう行為」といえます。

また、受動喫煙による健康被害が叫ばれている現在においても、指導中ベンチなどで喫煙をしている監督・コーチが実際に存在していると聞きます。

受動喫煙の悪影響は多岐にわたりますが、球児への悪影響としては、手術になることも多い野球肘の一つである離断性骨軟骨炎の発病リスクが上がることが明らかになっています。

受動喫煙が野球肘を引き起こす理由は、煙に含まれる成分により血流障害が起こるからです。子ども特有の骨の病気の多くは血流障害が原因であり、離断性骨軟骨炎の原因のひとつもまた、血液循環の悪化であるとわかっています。

もちろん、子どもの体や健康管理をしっかりと勉強されている指導者の方もいるでしょう。また、学校で保健体育を教えている教師の方が指導者を務めていることもあります。

しかし、現実に上述のような指導者もいることから、全国的にみてその質は均一化されていないといえます。

このような問題を解決するために、小・中学生の野球にもサッカーのようにライセンス制度を設け、一定の水準の指導者を育成していくべきであると考えます。

ここまでに述べてきた、野球を行う子どもの低年齢化と指導者の質のばらつきは、日本特有の社会的な問題といえます。続いて本項でお話しするのは、野球肘をみるスポーツ整形外科医の在り方についてです。

野球をやっており、肘に慢性的な故障をきたしている場合、患者さんは「野球肘」と訴えてスポーツ整形外科を受診されます。

野球肘には、内側型の野球肘や、離断性骨軟骨炎をはじめとする外側型の野球肘など、多種多様な病変があるため、レントゲンなどの検査により、医師はその病変診断に力を注ぎます。また、痛みという本人が訴える症状を何とか緩和するため、対処療法に走る場合もあります。

しかし、患者さんの病変も症状も、「結果」です。「なぜこの子が野球肘になったのか」をさかのぼって見極める医師は、これまで少数派でした。

そのため多くの患者さんは、「野球をやっているからこの疾患になった」といわれ、極端なケースでは「野球をやめたほうがよい/野球をやめるしかない」と医師から断言されてしまっています。実際に当科にも、「野球をやめるように」といわれ、その病院には通えなくなってしまい転院されてきた患者さんがいらっしゃいます。

提供:PIXTA

実際には、野球肘は「野球をやっていれば発生する」などと、短絡的に捉えられるものではありません。離断性骨軟骨炎の場合、発病するのは野球少年の100人に1人から3人(1%~3%)といわれています。ですから、なぜ多くの球児のうちその数名だけが野球肘になったのか、問題点は何かを、私たちスポーツ整形外科医は、患者さんの全身をみて考察し、見極めていかねばなりません。

なぜ野球肘になるのか、その問題点がわかれば、「野球をやめる」のではなく、問題点を是正して「安全に野球を続ける」ことが可能になります。

お子さんが野球肘になりやすい状態にあるかどうかは、ご家庭での身体・動作のチェックでも見極めることができます。

次の記事「子どもの野球肘の症状ー早期発見・予防するために、ご両親や指導者がチェックできる7つのポイント」では、野球肘になりやすい子どもの特徴と、ご両親や指導者の方にみていただきたい全身のチェックポイントについてお話しします。

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