インタビュー

なぜ在宅医療は必要なのか。患者さんに合わせた診療を提供するためにできることとは。

なぜ在宅医療は必要なのか。患者さんに合わせた診療を提供するためにできることとは。
小畑 正孝 先生

医療法人社団ときわ 理事長、医療法人社団ときわ 赤羽在宅クリニック 院長

小畑 正孝 先生

この記事の最終更新は2016年11月06日です。

在宅医療は、医師と患者さんとで訪問する予定を決めたうえで、定期的に訪問し診療を行うことをいいます。今回取材させていただいた小畑正孝医師は、住み慣れたご自宅で最期まで安心して暮らしたいという患者さんの想いに寄り添った在宅医療を提供したいと、2016年9月に赤羽の地で開業されました。在宅医療のメリットや始め方、また今後の展望について赤羽在宅クリニック院長の小畑正孝先生にお話しいただきました。

分かれ道

私は子どもの頃、喘息を患っていたため、病院にはよく通っていました。発作はつらいのですが、病院に通って治療をしてもらうとすぐに楽になりました。ですから、私にとって病院は「安心できる場所」でした。その経験が、医師の道へ進むきっかけになったと思います。

また、研修医時代に医療制度の矛盾を感じた経験から、大学院に進み公衆衛生学を学びました。矛盾を感じた点というのは、急性期医療のあり方です。

急性期医療では、高齢者にも若い人にも同じ医療を行う傾向にあります。例えば、高齢者では老衰によって肺炎を起こしやすくなります。老衰が原因ですから、治療を行っても肺炎を繰り返してしまう方が多くいます。しかし、病院はそれでも搬送されてきた患者さんの治療を懸命に行います。これは一見素晴らしいことのように思えますが、先に述べたことが繰り返されれば医療費は膨らみ続けます。もしかすると、治療や入院を望まず、ご自宅で最期までゆっくり過ごしたいと思われている方もいるかもしれません。とすれば、誰も望まない治療が行われていることになります。このような医療制度の矛盾は、医療制度や政策に問題があると考え、先に述べた通り、これらの研究を行うため大学院に進みました。

在宅医療に携わったのは、大学院生時代のことです。在宅医療に携わってみると、急性期医療と環境や考え方が異なることに驚くとともに、在宅医療の必要性を強く感じました。さらに、医療制度を変えるという方法ではなくても、患者さんと密にコミュニケーションが取れる在宅医療でできることがたくさんあると感じ、在宅医療の道へ進むことを決意しました。

訪問診療

在宅医療(訪問診療)は、ご自宅や施設など生活を送っている場に、医師を含む医療従事者が定期的に伺い、診療を行うことをいいます。

よく在宅医療(訪問診療)と往診を混同してしまう方も多くいらっしゃいます。どちらもご自宅や施設などに医師が訪問して診療を行う点では同じですが、「定期的な訪問かどうか」という点が異なります。在宅医療(訪問診療)は、「毎週○曜日○時」というように、医師と患者さんとで訪問する予定を決めたうえで、医師が1週間もしくは2週間に1回のペースで定期的に訪問し診療を行います。一方往診は、急変時など、患者さんやご家族の要望があった場合に、その都度訪問し診療を行うことをいいます。

在宅医療は、定期的・継続的に患者さんを診療することができるため、患者さんの状態の変化にすぐに気づくことができたり、患者さんの生活に合わせた診療を行うことができます。

在宅医療は、通院ができなくなったからなどの消極的な理由ではなく、ご高齢で複数の疾患を抱えている方であれば、むしろ積極的に選択していただきたいものだと考えています。

なぜなら、在宅医療は患者さんの生活全体を見て診療することができるからです。診察室で座っている患者さんの状態を診るのと、実際に生活している場で診るのとでは情報量が全く違います。普段の食生活は冷蔵庫を見ればわかりますし、家の様子をみれば生活スタイルもわかります。これらの情報は診察室ではなかなか知ることが難しいのですが、診察をするうえで非常に重要です。例えば、外来で出される薬は、医師の指示通りに服薬できているかがしっかり確認されずに繰り返し出されていることも少なくありません。医師は、患者さんから「きちんと飲んでいます」と言われてしまえば、それを信じるほかありません。その結果、患者さんの家には飲みきれなかった大量の薬が放置されているという状況を生んでしまうのです。

在宅医療は、ご自宅に訪問して診療を行います。ですからきちんと薬が飲めているかすぐにわかりますし、患者さんの本当の状態をみて適切な治療を行うことができます。在宅医療を始めてから患者さんの具合が途端によくなったということは多々経験しています。このように、薬の一元管理をはじめ、患者さんの生活に合わせて医療を提供できることが、在宅医療のメリットであると考えています。

薬を飲む高齢者

赤羽在宅クリニックでは「高齢者の専門家として患者さんを全体的に診る」ということを理念としています。高齢者は、複数の病気を抱えていることがほとんどです。しかし、在宅医療を行う医師が「私は内科ですので、他の病気は診られません」というスタンスでは、患者さんは安心して自宅で暮らせません。

そのような状況をうまないよう、「高齢者の専門家」として、患者さんが抱えているあらゆる問題に対し、責任を持って診療を行っています。

大学院で専攻していた公衆衛生学では「事実を見極めること」を大切にしています。日々進歩している医学の知識を見誤らないためにも、また患者さんのあらゆる問題に対応するためにも、一生勉強を続けていくつもりです。

在宅医療を行っているとき常に心がけているのは、「不必要な薬を減らすこと」と「病気の全体像をみること」です。

先ほども述べたとおり、高齢者は複数の病気を抱えていることがほとんどです。複数の病院、様々な診療科を受診していると、病院や症状の数だけ薬は増えていきます。そういった場合、正反対の作用をもつ薬がそれぞれ診療科から処方されるということも起こってきます。作用が重複している薬や、正反対の作用をもつ薬は減らしますが、必要なものは増やします。私の経験上、薬を整理すると元気になる方は多いです。ですから、まず患者さんの状態をみながら薬の整理を行うようにしています。

また、病気の全体像をみて治療することも心がけています。心不全を例にすると、心不全の原因の一つとして不整脈高血圧があり、また生活習慣とも直接的に関連しています。さらに心不全と腎機能障害は相互に悪化させ合うなど他の異常とも関連しています。これらを個別の問題として治療するのではなく、病気の全体像から治療すべき重要なポイントを見極め、そこに対する治療によって他の問題も解決できるように心がけています。

在宅医療

在宅医療は、ケアマネージャーから依頼を受けることも多いですが、ご本人やご家族が直接クリニックに問い合わせをしてくださることもあります。ご連絡をくだされば、相談員がご自宅や入院先に訪問し、患者さんのお話を伺います。その後、医師による初診が始まります。

「自宅できちんとした医療が受けられるのか」、「一人暮らしだが在宅医療を受けられるのか」、「在宅医療を始めてもこれまで通っていた病院には通っていいのか」、「費用はいくらか」といった様々な疑問があるかと思います。

このような疑問や不安に対しても、相談員をはじめ、スタッフがしっかりとお答えしますし、ご本人やご家族に納得していただいたうえで在宅医療を受けていただきたいと考えています。

また、入院中に相談員が訪問し、お話を伺うことも可能です。実際、退院直後がもっとも大変です。スムーズにご自宅に戻ることができずに、再入院となる方も少なくありません。赤羽在宅クリニックと連携が取れている病院の場合、入院中から在宅に向けた診療に徐々に切り替え、退院したその日から在宅医療が始められる状態に整えておくことも可能です。

ご自宅でゆっくりと安心して暮らしたいと考えている患者さんが不必要な入院をしないためにも、近隣の病院と連携し、ご希望に添える形でお手伝いしたいと考えています。

赤羽在宅クリニックホームページ

笑顔の高齢者

現在診ている患者さんに質の高い医療を行っていくことはもちろんですが、今後の展望は、自分たちの周りだけではなく多くの方が質の高い医療を受けられるようにしていきたいと考えています。

そのひとつとして、医療や介護に従事する人間の教育があります。特に医師の場合、現在は臓器別の教育が主体であり、患者さんを全体的に診るという「総合診療」を学ぶ機会がそれほど多くありません。しかし、高齢社会が問題となっている日本では、総合診療は非常に重要であり、多くの経験や知識が要求される、決して簡単ではない分野だと考えています。

ですから、総合診療を学べる場所をつくり、きちんと行える医師を増やしていきたいと思っています。それによって、多くの方が質の高い在宅医療を受けられる社会をつくっていきたいです。

在宅医療に携わってきてよかったと思えることは、よいお看取りができたときです。一概に何がよいお看取りなのかを定義することはできません。患者さんによっては、病院を希望される方もいらっしゃいます。しかし、在宅医療についてしっかり説明し、ご本人やご家族の不安を少しでも解消することで、在宅医療を理解してくださる方もたくさんいます。そのような方が、ご自宅で穏やかに、いい人生だったと人生を振り返ることができるような最期を迎えられたとき、この仕事をしていてよかったと心から思います。これからも、在宅医療という形で患者さんに貢献しつづけたいと考えています。

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