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小切開低侵襲心臓手術(MICS)とは?

小切開低侵襲心臓手術(MICS)とは?
岡本 一真 先生

近畿大学医学部 心臓血管学教室 准教授

岡本 一真 先生

目次
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心臓手術では胸の中央を大きく開く”胸骨正中切開”が一般的です。しかし近年では小さな切開創で行う心臓手術、小切開低侵襲心臓手術MICS)が普及してきました。MICSでは手術創が5~6cmであることから手術後の回復が早い、手術創が目立ちにくいなどさまざまなメリットが挙げられています。

MICSとはいったいどのような手術方法なのか、近畿大学医学部 心臓血管外科学教室 准教授 岡本 一真(おかもと かずま)先生に解説いただきました。

MICSとはminimally invasive cardiac surgeryの略で、低侵襲(minimally invasive)な心臓手術(cardiac surgery)という意味です。小切開心臓手術、ポートアクセス手術とも呼ばれています。

一般的な心臓手術では胸骨を大きく縦に切開する胸骨正中切開を行います。しかし胸骨正中切開は胸骨を全切開するため、胸の真ん中に20cm以上の長い傷がつくだけでなく、退院までの日数、また日常生活や社会復帰までに時間を要します。

一方でMICSは小切開で心臓手術を行います。一般的には胸骨の第四肋間(ろっかん)に沿って5~6cm切開します。切開創が小さいため早期の回復が可能になり、患者さんへの負担を軽減することができます。

 

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mics手術と正中切開との比較

MICSでは小さい切開創から特殊な器具を挿入して手術をします。手術創が小さく手術の視野(術野)が狭いことから、一般的な手術と比較すると格段に難しくなります。そのためMICSを行うには手術技術、豊富なMICSの経験、そして手術チームの連携が重要です。

MICSは「低侵襲な心臓手術」と訳されますが、厳密には小切開の心臓手術といえます。そのためMICSの中には胸骨を切開する手術も含まれます。

mics手術のイメージ

MICSは主に下記の病気を対象とします。

MICSのメリット

MICSは小切開で行うため、手術後の傷あとが小さくなります。また胸骨の第四肋間に沿って切開する場合には、胸骨に沿って切開する胸骨正中切開に比べると傷あとが目立ちにくいです。

手術創が小さいため、手術中の出血量や輸血量が少なく、患者さんの体への負担も少なく済みます。

MICSでは、第四肋間に沿って切開する場合が多く、胸骨を切離しません。胸骨正中切開と比べると術後の運動制限がなく早期にリハビリテーションを開始できるため、早期回復につながります。

当院におけるMICS施行後の入院期間は約6~7日です。一般的な心臓手術の入院期間は、術後最短でも2週間、長ければ1か月程度を要します。一般的な心臓手術に比べるとMICS後の入院期間は短いです。症例にもよりますが、MICSでは術後約1週間で退院、デスクワークであれば約3週間で社会復帰が可能です。

胸骨正中切開の場合、切開した胸骨の接合に3か月程度かかるため、回復するまで運動に制限がかかります。また、自動車の運転もしばらくのあいだ禁止されるため、生活の主な交通手段が自動車の方はそのような運動制限が大きな支障となります。その一方、MICS手術では胸骨を大きく切開することがないためこうした運動制限は少ないです。

胸骨正中切開では胸骨を切開するため、胸骨の感染から縦隔炎(縦隔とは左右の肺と胸椎、胸骨に囲まれたスペースで心臓も含まれる)を発生するリスクがあります。胸骨感染を引き起こしてしまうと、その治療のために入院期間が長くなってしまいます。MICSによって胸骨を切開しない手術をすれば、胸骨感染のリスクはないと考えられます。

メカニズムはまだ明らかになっていませんが、MICSでは胸骨正中切開よりも術後における心房細動の新規発症リスクが低いことが報告されています。心房細動を発症してしまうと入院期間が長期化してしまうため、そうしたリスクが低いことはMICSの利点です。

一方で、たとえば僧帽弁手術を例に挙げても、そもそも心臓の弁を形成するために高い技術が求められます。そのため手術創が小さいかどうかも重要ではあるものの、しっかりと弁形成ができるかどうかがより重要です。患者さん個々の状態を見極め、手術を適応するかどうかを的確に判断することが大切です。

僧帽弁手術については記事2『僧帽弁閉鎖不全症の治療法「僧帽弁手術」とは?』をご覧ください。

前述のとおり、MICSは切開創が小さいため、手術の視野が狭くなります。そのため胸骨正中切開で広々とした視野を確保できる場合に比べると手術の難易度は高くなり、一般的な手術と比較すると手術時間も長くなります。MICSを行うにはMICSの経験を積んだ医師の技術が求められます。

MICSでは、肋骨の間を切開する場合が多いですが、肋骨(ろっこつ)の間には肋間神経があるため、胸骨を切開する場合よりも手術後の傷が痛みやすいです。そのため痛みを抑制するための対応が重要です。

施設によっては麻酔科の医師が傍脊椎(ぼうせきつい)ブロックと呼ばれる方法で、神経を麻痺させることで胸腹部や背部の痛みを緩和させています。

一般の方ではMICSを知らない方が多く、まだ認知度の低い手術方法です。「MICSを受けたい」と相談に来られる患者さんの多くは30~50歳代の若い方で、インターネットによる検索でMICSを知り、小さい傷で手術を済ませたいと主治医へ相談しに来られるケースが多いようです。ほかにもインターネットによる検索でMICSの存在を知った若い方が、「親御さんの手術をMICSにしたい」と希望されるケースもあります。

 

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MICSは一般的な手術と異なるアプローチから手術を進めるため、多くのピットホール(隠れた危険)があります。このピットフォールを手術チームの全員が理解して、手術中に発生した問題に気付き、解決していくことが非常に大切です。

たとえば人工心肺を使う場合、MICSでは脚の付け根の部分から管(カテーテル)を挿入して駆動させます。この作業でトラブルが起きてしまうと大きな問題につながります。そのためガイドワイヤーが心臓の正しい位置に入っているかを、手術中に麻酔科の先生に心エコーを見ながら確認してもらう必要があります。そのほかにも術中に人工心肺装置のポンプの圧は適切かどうかを、ポンプを操作する日本体外循環技術医学会の体外循環技術認定士に確認するなど、チーム内のさまざまなスタッフとコミュニケーションを取って、何か異常が見つかればその場で共有し、解決していかなければなりません。MICS手術にはこうしたチームワークが求められます。

そうしたチーム医療を実現させるためにも”チーム作り”が非常に大切です。医師だけが技術を追い求め、1人で突き進んでもチームはついてきません。チーム全体の技術向上を目指してこそ、よい手術を行うことができます。そのためMICSの質を向上させるためには、チームの技術向上に力を入れることが重要だと考えています。

たとえば、執刀医が執筆したMICSに関する書籍を共有して技術の標準化を図る、心臓手術に関する学会へ看護師も一緒に参加して最新の医療情報を入手できる環境を作るなどの取り組みが大切です。チーム連携が求められるMICSを行うためには、こうしたチームへの取り組みは非常に重要です。

MICSは一般的な心臓手術と比べると手術時間が長く、使用する医療器具も多いため、手術担当者がMICSに対して「大変な手術だ」という印象を持つこともあります。実際の病棟でより早期に回復する患者さんの姿を見ていればMICSを行うことのメリットをしっかりと実感できるかもしれませんが、手術を担当するだけではMICSの負担のほうを強く感じてしまうスタッフもいるかもしれません。

そうした事態を回避するためにも、病院全体でMICSに力を入れる方針を打ち立てることでMICSチームメンバーの士気を高めることも重要になると考えています。

これまでの弁形成術や弁置換術は、胸骨正中切開で行ってもMICSで行っても同じ診療報酬点数が算定されていました。しかし、2018年4月から、MICSの弁形成術や弁置換術を行った場合は「胸腔鏡下弁形成術・胸腔鏡下弁置換術」として、胸骨正中切開より30,000点高く算定できるようになりました。

これにより、今後MICSによる弁形成術・弁置換術を行う病院が増え、手術を受けることができる患者さんも増えることが予想されます。

ただし、胸腔鏡下弁形成術・胸腔鏡下弁置換術を行う病院は、厚生労働省が定めた施設基準に関するいくつかの条件を全てクリアしなくてはなりません。

施設基準とは、”保険診療の一部について、病院の機能や設備、診療体制、安全面やサービス面などを評価するための基準”のことです。胸腔鏡下弁形成術・胸腔鏡下弁置換術を行う病院は、以下の6つの事項を全てクリアする必要があります。

 

(1) 心臓血管外科及び麻酔科を標榜している保険医療機関であること。

(2) 体外循環を使用する手術を年間50例以上(心臓弁膜症手術30例以上を含む。)実施していること又は心臓弁膜症手術を術者として200例以上実施した経験を有する常勤の医師が1名以上配置されていること。

(3) 5年以上の心臓血管外科の経験及び専門的知識を有する常勤の医師が2名以上配置されており、そのうち1名以上は10年以上の心臓血管外科の経験を有していること。

(4) 経食道心エコーを年間100例以上実施していること。

(5) 常勤の臨床工学技士が2名以上配置されており、そのうち1名以上は手術における体外循環の操作を30例以上実施した経験を有していること。

(6) 当該手術を実施する患者について、関連学会と連携の上、手術適応等の治療方針の決定及び術後の管理等を行っていること。

厚生労働省保医発0305第3号 特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて〈通知〉〈平成30年3月〉より引用】

 

それでは、これらのポイントについていくつかお話しします。

経験豊富なスタッフやチーム医療の重要性

先ほどもお話ししたように、MICSは通常の手術と異なるアプローチで手術を行うため、ピットフォール(隠れた危険)が多く存在します。たとえば人工心肺において、通常の手術では上行大動脈から送血するのに対し、MICSでは脚の付け根の大腿動脈(だいたいどうみゃく)から血液の流れに逆らう形で送血をする必要があります。そのため、人工心肺を扱う臨床工学技士には、通常の手術よりも高い技術が求められます。また、手術チーム全体としては、トラブルが起きそうなことを察知する力や、トラブル発生時の対応力も必要です。

そのため、施設基準には心臓血管外科医の経験年数をはじめ、麻酔科を標榜していること、経験を有する常勤の臨床工学技士がいることなどが盛り込まれていて、チーム全体の習熟度が求められる内容となっています。

高いノウハウを必要とするMICS手術は経験手術症例数も重要

また、施設基準には”手術症例数”も挙げられています。MICSは習熟度が求められる手術であるため、実績を重ね、より安全に行うことを目指すことが大切です。施設基準では、人工心肺を用いた心臓手術を50例以上(そのうち弁膜症手術を30例以上)行っていること、または術者として弁膜症手術を200例以上経験している常勤の医師がいることが要件となっています。

また、経食道心エコーの症例数が年間100例以上であることも要件になっています。経食道心エコーは心臓弁膜症の術前や術中に行う検査です。なかでも、術中経食道心エコーは手術スタッフのサポートが必須です。そのため、この検査をどれだけ行ってきたかという点も、胸腔鏡下弁形成術・胸腔鏡下弁置換術の施設基準に含まれています。

クオリティコントロールも大切

また、これからMICSが普及されていくにつれて、そのクオリティを保つことも非常に重要です。そのため、施設基準には”(6)当該手術を実施する患者について、関連学会と連携の上、手術適応等の治療方針の決定および術後の管理等を行っていること”という項目が設けられています。つまり、関連学会と病院が連携しながら、MICSによる弁形成術・弁置換術のクオリティコントロールを行うということです。これを行うために、MICSによる弁形成術・弁置換術を行う患者さんを全例レジストリに登録して、どのようにしてMICSを行っているかをモニタリングします。学会では、蓄積されたデータの分析から得られた結果を、臨床現場に還元する仕組みが構築されています。こうした仕組みから、MICS手術のクオリティコントロールが行われています。

MICSでは、MICS専用の医療機器が必要です。また、なかには胸骨正中切開で使用するものよりも高額な医療製品が必要になるものがあります。2018年の診療報酬改定によって、MICSの弁形成術・弁置換術に高い診療報酬がつけられたことで、医療機器を購入する原資を得ることができます。また、新しい医療機器を充実させることによって、患者さんに対して安全性の高い手術が提供でき、MICSのさらなる普及にもつながっていくと考えます。
 

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