インタビュー

IgA腎症は上咽頭炎の治療で改善する。慢性疾患や喉の痛み、頭痛、疲労につながる上咽頭炎の処置と予防法

IgA腎症は上咽頭炎の治療で改善する。慢性疾患や喉の痛み、頭痛、疲労につながる上咽頭炎の処置と予防法
堀田 修 先生

堀田修クリニック 院長

堀田 修 先生

この記事の最終更新は2017年05月24日です。

IgA腎症は、記事1『血尿やたんぱく尿が出るIgA腎症のメカニズムと症状、治療 扁桃摘出が治療の鍵となる』でご紹介した扁摘パルスを患者さんが早期の段階に受けることで、寛解を目指すことができるようになりました。しかし、まれに、扁摘パルスを受けて感染巣を除去したはずの患者さんから再び血尿が出ることがあります。このように扁桃を摘出した患者さんに再度血尿が現れる場合、上咽頭との関連が指摘されています。この場合、上咽頭炎に対する治療を行うことで、より確実にIgA腎症を根治させることができるといいます。引き続き、IgA腎症治療の主導者である堀田修クリニック院長の堀田修先生にお話しいただきます。

記事1『血尿やたんぱく尿が出るIgA腎症のメカニズムと症状、治療 扁桃摘出が治療の鍵となる』でご説明した、扁桃摘出およびステロイドパルス(ステロイドを短期間に集中投与する)を組み合わせて行う扁摘パルスは、早期の段階のIgA腎症を寛解に導く治療法です。しかしこの扁摘パルスを受けた患者さんのうち、約5%に再燃(さいねん:一度治まった症状が再び出現すること)がみられます。感染巣である扁桃を摘出しているにもかかわらず、再び糸球体に炎症が起こっている状態を示す血尿が出るのです。

血尿が再発する患者さんは、しばしば“かぜ”が再燃のきっかけになります。そして、“かぜ”によって最も多くみられる症状は咽頭痛(のどの痛み)です。このとき、患者さんは扁桃ではなく、上咽頭に炎症を起こしている可能性を考えることができます。不思議な現象ですが、咽頭痛の原因の90%は痛みが感じられる喉ではなく、鼻の奥の上咽頭の炎症だという報告があります。つまり、上咽頭の炎症が血尿には深く関係しているのです。

人の喉は上から上咽頭、中咽頭、下咽頭の3つに分類されており、上咽頭は鼻の奥側、喉の最上部に位置します。

上咽頭の位置

私たちが喉の違和感を自覚したとき、喉の奥から下のほうにかけて異常があるととらえてしまいがちですが、実際には鼻の奥側にある上咽頭に炎症が起こっているケースが多いのです。

では、なぜ上咽頭炎IgA腎症における血尿につながるのでしょうか。これは、上咽頭の免疫器官としての働きが関係しているからだと考えられます。

上咽頭は空気の通り道で、外から侵入した細菌やウイルスなどの病原微生物や粉塵が付着しやすい部位です。そのため、物理的に抗原物質と接触しやすい環境にあるといえます。

また、上咽頭は扁桃と同様にリンパ球が豊富であり、免疫器官としての働きも持っています。

かぜをひいたときに上咽頭ではリンパ球が活性化し、ウイルスを除去しようと炎症物質(サイトカイン)を出して戦い始めます。やがてこの炎症物質は血流に乗って全身を駆け巡り、マクロファージや好中球が活性化されて、遠く離れた糸球体に血管炎を起こします。つまり、扁桃を摘出した方に再び血尿が出る理由は、上咽頭がIgA腎症における糸球体血管炎のトリガーとして働いているからだと考えられます。

このように、急性上咽頭炎はIgA腎症の再燃の原因になりますが、IgA腎症で扁摘パルスをしても血尿が消えない症例では、上咽頭が慢性的な炎症(慢性上咽頭炎)を起こしている頻度が極めて高いことがわかっています。つまり、糸球体血管炎のトリガーがずっと引かれた状態になっているわけです。

ですから扁摘パルスを受けた患者さんに再燃が起きた場合や血尿がいつまで消えない場合は、上咽頭炎の存在を確認することが重要です。

興味深いことに、慢性上咽頭炎はIgA腎症にのみでなく頻回再発型ネフローゼ症候群関節炎、胸肋鎖骨過形成症、掌蹠嚢疱症、乾癬、慢性湿疹炎症性腸疾患などの様々な自己免疫疾患とも関連します。

そして、さらに注目すべき点は、慢性上咽頭炎が頭痛、全身倦怠感、めまい睡眠障害(不眠・過眠)、起立性調節障害、記憶力・集中力の低下、過敏性腸症候群(下痢・腹痛など)、機能性胃腸症(胃もたれ、胃痛など)、むずむず脚症候群など実に多彩な症状の原因にもなり得ることです。

咽頭炎の治療で現在効果的とされている方法は、上咽頭に直接治療薬を塗布する上咽頭擦過治療(通称Bスポット治療)です。

実はこの方法は1960年代には既に開発されていたのですが、現在では衰退し、ほとんどの施設が実施していません。ところがこの治療法が、かぜで腎症が悪化するIgA腎症の患者さんに対して非常に効果的であることがわかってきたのです。

上咽頭擦過治療ではでは0.5%~1%塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒を、左右両方の鼻と喉から挿入して上咽頭に強く擦りつけ、薬液を塗っていきます。

実際の上咽頭擦過治療の様子。鼻から鼻綿棒を挿入し、上咽頭後壁にこすりつける
実際の上咽頭擦過治療の様子。鼻から鼻綿棒を挿入し、上咽頭後壁にこすりつける

 

上咽頭擦過治療は、下記の3つの作用を上咽頭と全身にもたらします。

 

第一に、塩化亜鉛による収斂作用(しゅうれんさよう:タンパク質を変性させることにより組織や血管を縮める作用のこと)です。この作用によって上咽頭炎が鎮静化され、炎症に伴う喉の痛みも軽快します。これと同時に、上咽頭で活性化したリンパ球の鎮静化も期待できます。

上咽頭炎がある場合、綿棒に多量の血液が付着する
上咽頭炎がある場合、綿棒に多量の血液が付着する

 

瀉血(しゃけつ)とは、強制的に血液を外へ排出させることで、うっ血した患部の症状を改善させる治療法です。

 

慢性上咽頭炎では、上咽頭が著明なうっ血状態になっており、上咽頭のリンパ管が圧迫されて脳脊髄液からリンパ排泄路への通過障害が起こり、脳の老廃物の排泄障害が起こっている可能性があると考えられます。

上咽頭擦過治療で患部を瀉血させることで、上咽頭のうっ血を改善し、脳脊髄液・リンパ排泄が促進されることが期待できます。

慢性上咽頭炎が起こっていない患者さんにこの治療を行っても、上咽頭から出血はみられません。しかし、重度の慢性上咽頭炎を起こしている方は、上咽頭擦過治療で著明な出血を認めます。

この機序はIgA腎症に対してよりも、めまい、全身倦怠感などの自律神経障害の改善と深く関係していると思われます。

迷走神経刺激作用

上咽頭は迷走神経と舌咽神経の支配下にある器官です。

迷走神経は脳幹から頸部(首の部分)を介して胸部、そして腹部全体へと広がる神経経路です。この経路は途中で曲がりくねって、直接あるいは間接的に大部分の体の器官とつながっています。

迷走神経を人為的に刺激すると、刺激が上向性に脳幹に伝達された後、今度は下降性に全身に分布する臓器に刺激が伝わります。

脾臓が下降性の迷走神経刺激を受けると、炎症を抑制する働きのあるアセチルコリンを分泌するTリンパ球が放出されることが知られています。近年、この機序を活用して体内に植え込む迷走神経を刺激する装置を用いた、関節リウマチクローン病などの自己免疫疾患を治療する試みが注目を集めています。

上咽頭は神経線維が豊富な部位であり、上咽頭擦過療法により迷走神経刺激装置と類似の効果が期待できる可能性を考えています。

扁摘パルスを受けた後で再燃(さいねん:一度治まった症状が再び出現すること)した患者さんの場合、上咽頭擦過治療によってほとんどの方の症状が治まると考えています。

現在のガイドラインで推奨されているIgA腎症の治療は対症療法(疾患によって生じる症状を治すための治療法)にすぎず、IgA腎症を引き起こすトリガーである上咽頭炎にはほとんど目を向けられてきませんでした。

IgA腎症の患者さんが血尿の再発を訴えて病院に相談したくても、残念ながら上咽頭炎の治療を行っている施設が少なく、適切な治療を受けられないという現状があります。IgA腎症を確実に治すためにも、私は今後、上咽頭擦過治療をIgA腎症への標準治療へと拡大していく必要があると考えます。

※現在のところ、上咽頭擦過治療の安全性を評価する試験は未実施です。また誤って不適切な場所に薬が塗布された場合、嗅覚が低下する恐れがあるといわれています。そのためこの治療は、必ず高い技術を持った医師のもとで受けてください。

日常生活でできる最も有効な予防策は、口呼吸を治すことです。

IgA腎症の患者さんのほとんどは口呼吸になっています。空気を浄化する機能のある鼻呼吸と異なり、口呼吸は上咽頭や扁桃が細菌やウイルスに直接暴露されやすい状態ですから、口呼吸の習慣の方は上咽頭炎扁桃炎を起こしやすいのです。

口呼吸の方の多くは顎が小さかったり下唇がめくれていたり、舌の位置が低位で適切な場所にありません。口を閉じたときに舌の先が下の歯に当たっている方は例外なく口呼吸です。また、普段から柔らかくて冷たいものを好んで食べる生活習慣があります。

IgA腎症と遺伝の関係は証明されていませんが、親子や兄弟でIgA腎症を発症するケースが少なくないのは、骨格と食生活などの習慣が似通ってくるためだと考えられます。

また、タバコは上咽頭を刺激する有害物質を多数含んでおりますのでIgA腎症患者さんは是非とも禁煙すべきです。

腸に負担がかかると血流が腸に集中し、腎臓への血流が減ってしまいます。腎臓への血流が減ることは、腎機能が低下したIgA腎症の患者さんにとって良いことではありません。

そのため、食事の際はよく噛むことを心掛けてください。咀嚼回数が多いほど消化が良くなるため、腸の負担が少なくなります。

なお、たんぱく質の摂取量については、まだ腎機能が保たれている患者さんでは、摂り過ぎなければ極端に控える必要はありません。

肥満の患者さんには減量をお勧めしています。肥満の方はそうではない方に比べて糸球体圧が高くなるので、二次性FSGSを悪化させ、尿たんぱく量も増加します。体重を減らすだけでも糸球体圧が下がり尿たんぱくの数値が下がるので、体重コントロールもIgA腎症の症状進行抑制には重要な点といえます。あまりストイックに減量しすぎる必要はありませんが、太り気味や肥満と診断された方は標準体重程度を目指すとよいでしょう。

口呼吸になる動きの激しい運動や、口呼吸で行う水泳、電話対応が中心になるコールセンターの仕事なども可能であれば控えることを推奨します。

日本病巣疾患研究会(http://jfir.jp/)は2013年9月に発足した非営利組織です。対症療法に留まる医療ではなく、患者さん一人ひとりの疾患の根本原因を考え、個々の症例に最適な根治治療を取り入れることを目標に掲げています。2019年には認定NPOとなるべく、現在も様々な活動を行っています。

上咽頭はIgA腎症に限らず、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患から、慢性疲労症候群などの神経・内分泌疾患に至るまで、多種多様な疾患に関係している「健康の土台」といえます。このように、健康の土台を健全に保つための、症状だけでなく根本原因も含めて病態を俯瞰する「木を見て森を見る」医療がスタンダードになれば、将来的には国民の健康増進や日本の医療費削減が実現できるかもしれません。

私がIgA腎症を専門的に研究し始めた当時、IgA腎症は糖尿病性腎症よりも圧倒的に多い疾患でした。その後1988年に扁摘パルスを考案し、2017年現在までに約3000人の患者さんを治療してきましたが、今後は、この疾患をより確実に根治させる方法として、慢性上咽頭炎の治療を推進していきたいと考えています。

この研究会の活動が日本の医療の発展に貢献できればうれしいです。

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