インタビュー

補聴器や人工内耳を活用。ペンドレッド症候群による難聴、甲状腺腫の治療と発展

補聴器や人工内耳を活用。ペンドレッド症候群による難聴、甲状腺腫の治療と発展
松永 達雄 先生

国立病院機構東京医療センター臨床研究センター 聴覚・平衡覚研究部長/臨床遺伝センター長

松永 達雄 先生

この記事の最終更新は2017年06月01日です。

高度の感音難聴と甲状腺をきたすペンドレッド症候群は、現時点では病態に未解明な点があり、根治的治療法が確立されておらず、難聴や甲状腺腫に対する対症的治療が中心となります。しかし、近年では本症候群に対する研究が進み、薬物でペンドレッド症候群の病態を改善できる可能性が示唆されてきています。記事1『子どもの頃に感音難聴が起こる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」とは』に引き続き、遺伝性の難病であるペンドレッド症候群の治療の発展について、東京医療センター 臨床遺伝センター長、聴覚・平衡覚研究部長の松永達雄先生にお話しいただきました。

補聴器

ペンドレッド症候群による難聴への基本的対応は他の感音難聴と同様、補聴器の装着が第一選択です。

ペンドレッド症候群の多くの患者さんでは、幼少期から難聴の症状が現れるため、言語習得が上手くできないことがあります。子どもの頃に診断を受けている場合、なるべく早く補聴器を装着したうえで、言語発達が遅れる前から言語訓練をすることが大事です。

平均純音聴力閾値(どのくらいの大きさまで聴こえるかを示す値)が90dB以上の重度難聴の場合は、補聴器では十分に聴力を補えない可能性が高いため、人工内耳の装着を検討します。

人工内耳をつけることによって、補聴器では聞き取れなかった音や言葉が聞き取れるようになり、さらには耳鳴りを改善する効果も期待できます。ただし、人工内耳の活用には手術を行う必要があります。

ペンドレッド症候群の患者さんの難聴が突然悪化した場合、一般的にはステロイドによる治療が行われます。

しかし、ステロイドの投与がペンドレッド症候群による難聴の増悪(ぞうあく:症状が悪化すること)に対して本当に効果があるのか、はっきりとは証明されていません。

急激な聴力の低下に対するステロイド療法は元来、突発性難聴(突然聴力が低下する疾患)への治療法です。これに倣う形でステロイド療法を実施しているのですが、記事1『子どもの頃に感音難聴が起こる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」とは』で述べたように、ペンドレッド症候群では一旦難聴が増悪した場合であっても自然に聴力が回復するケースがあり、聴力の回復が本当にステロイドによる効果なのか否かはっきりと判断することは困難です。

甲状腺腫とは甲状腺が腫れて大きくなる状態を指しますが、甲状腺腫を止める治療法は現在のところありません。

首が太くて気になる、首が重くて動かないなどの問題がある場合は手術で甲状腺の摘出も可能です。しかし、甲状腺を摘出してしまうと甲状腺ホルモンが全く分泌されなくなり、患者さんが生涯にわたって甲状腺ホルモンを服用し続ける必要があります。

なお、ペンドレッド症候群による甲状腺腫で悪性腫瘍(がん)が発生する可能性はほとんどありません。

甲状腺腫のあるペンドレッド症候群の患者さんの一部には、甲状腺機能低下を伴う場合があります。この場合は甲状腺ホルモンの服用を行い、体がだるい、意欲がわかないなどの甲状腺機能低下症特有の症状改善を図ります。

甲状腺腫は少しずつ大きくなっていくので、毎日みているご本人やご家族は甲状腺の異常に気づかず、単に太っただけと誤解してしまうケースもあります。異常だと気づかない程度の軽度な腫れであれば特別な治療介入は必要ありませんが、甲状腺機能が低下してホルモンが減少し、体がだるい、疲れやすいなどの症状が現れた場合は治療が必要です。

繰り返しになりますが、ペンドレッド症候群の場合は、難聴が一旦増悪しても再び回復する可能性があります。しかし、聴力の低下と回復を繰り返すうちに徐々に難聴が進行していき、そのまま回復しないこともあります。(詳細は記事1『子どもの頃に感音難聴が起こる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」とは』

はっきりとした統計データがなく、一概に述べることはできませんが、ペンドレッド症候群の患者さんのうち半数は、難聴の進行と変動を繰り返しながら生活を続けることになると想定されます。また、非常に高度の難聴に進行してしまうケースが約30%、その一部は聴力を失います。

サッカーボール

頭部に衝撃を受けると、難聴めまいが悪化しやすいため、サッカーやラグビーなど頭部に衝撃がかかる恐れのあるスポーツはなるべく控えてください。また、「いきむ」動作やスキューバダイビングなどで内耳に圧力を伝えることも、難聴の悪化を招く恐れがあるため注意が必要です。

その他、一般的に耳に悪いといわれる騒音や、難聴が副作用として生じる薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬や一部の利尿薬など)の服用も、避けることが望ましいです。

生後数か月までの赤ちゃんの場合、通常は視界に入らない場所で大きな音がすると反射的に体を動かします。赤ちゃんの目に届かない場所で音を立てて、そういった動きがみられれば難聴はないと予測できます。一方で、そうした音に対して全く反応がない場合は注意が必要です。

また、妊娠中の方には、出産後の新生児聴覚スクリーニングを受けることをお勧めしています。この検査は2000年代から導入され、2017年現在では本邦の妊婦さんの60~70%が新生児聴覚スクリーニングを受けていらっしゃいます。今後は、より多くの妊婦さんがこの検査を受けられることを推奨しています。

記事1『子どもの頃に感音難聴が起こる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」とは』でご紹介したように、ペンドレッド症候群の患者さんの内耳細胞は、SLC26A4遺伝子の変異による異常たんぱく(ペンドリン)の集積によって死にやすくなっている状態と予測されます。

実は、こうした異常たんぱくの凝集と細胞死は、パーキンソン病やアルツハイマー病などの他の神経変性疾患でも生じるメカニズムです。

そこで、同様の病態を示す疾患の治療薬シロリムス(ラパマイシン)を、ペンドレッド症候群の患者さんのiPS細胞にも試してみたところ、細胞脆弱性の改善に効果がみられました。この結果から、ペンドレッド症候群の細胞死にもシロリムス(ラパマイシン)が効果を示す可能性が示唆されたといえます。この発見は、ペンドレッド症候群の治療の発展につながると期待されています。現在、治験という形で患者さんに使っていただけるように準備を進めており、なるべく早く治験を開始することを目指しています。

松永達雄先生

ペンドレッド症候群の病態と原因はこの10年間で徐々に解明されつつあり、近い将来には難聴の進行や悪化を止める新薬が登場してくる可能性があると考えています。ですから患者さんには、どうか未来への希望を持って日々を過ごしていただきたいとお伝えします。

また、現在原因不明の難聴や子どもの難聴でお困りの方や不安の方は、遺伝性の可能性も考えて、ぜひ詳細な遺伝子検査を行っている施設に相談されることをお勧めします。

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