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医師として教育者として見直しが必要な日本の課題点とは

医師として教育者として見直しが必要な日本の課題点とは
北村 惣一郎 先生

国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 名誉総長、公益財団法人 循環器病研究振興財団 理事長

北村 惣一郎 先生

この記事の最終更新は2017年07月07日です。

現在の日本には、医学と医療を取り巻く様々な問題が存在しています。そのなかには、医療費増大といった顕在化している問題もあれば、医学部大学院生の研究と医師としての仕事(専門医など)、結婚や子育ての両立の難しさといった、社会からはみえにくい問題もあります。今後、持続可能な医療体制を形成していくために医師はどのような医療を提供し、何に気をつけていくべきなのでしょうか。また、日本の未来の医療を担う若い世代をサポートするために、医学教育者はどのような視点を持って指導にあたることが望ましいのでしょうか。国立循環器病センター名誉総長・北村惣一郎先生のお考えをお伺いしました。

世界に先駆けて超高齢化社会を迎えた日本では、医療費の抑制や地域による医師不足の解消が重要な課題となっています。しかし、国家として医療費を「下げる」ことは極めて難しく、また、医師とは単純に増やせばよいものではないことを、私たちは今一度認識しなければなりません。

少なくとも人口減少の始まるまでの今後10数年の高齢者社会では、国家単位での医療費のレベルダウンが困難であることも想像に難くなく、そのためには、ようやく中医協でも取り組みだした治療法の選択に「費用対効果」を学問にすること、病気を発症する人を未然に知る先制医療の普及が重要であると考えます。先制医療とは、個々人が将来発症する可能性のある疾患リスクを医学的な視点から評価・把握し、早期に治療介入することによって、発症を未然に防ぐ医療のことを指します。創薬研究と共にバイオマーカーや遺伝子亜型の発見に力が注がれていることも、先制医療の目標の一つです。なお、京都大学元総長の井村裕夫先生も先制医療のリーダーです。

沢山の薬剤

また、病気になってしまった患者さんに対する安易な薬剤処方も、よりいっそう控えていかねばなりません。たとえば、軽症の風邪などに対する抗生物質の処方の「しすぎ」により、薬が効かない多剤耐性菌が増え(AMR問題)、さらには医療費の不要な高騰を招いているという問題は、既に20年以上前から訴えられています。

近年になり、AMR問題は世界的な問題として取り上げられるようになり、抗生物質の適切な処方について、意識を高く持つ医師も増えました。手術後の抗生物質の使用などについても、私が若い頃と比べると、ガイドラインの整備が普及し、使用の減少は随分と進み、なおかつ効果は保たれています。

しかし、風邪のお子さんが来院される小児科などでは、患者さんのご家族から、早く効く抗生物質を処方して欲しいと強く頼み込まれてしまうケースも頻発していると聞きます。このことから、医師の意識改革のみならず、患者さんへの教育や理解の獲得も、日本の重要な課題だと考えられます。

日本の医療費はついに40兆円を超え、2025年には50兆円を超えるものといわれています。その負担は減少傾向にある若い世代へとのしかかります。このままでは、現在膨れ上がる社会保障費を負担している世代が、将来十分な保障を受けられないという事態にも陥るでしょう。くわえて現在は再び国防費増加と社会保障費減少を予想させる国情です。

日本は非常に厳しい時代に入りつつあることを認識し、医師と患者双方が医療費をできるだけ上げないために何ができるのかを知り、実践に移していく必要があると感じています。

日本列島

団塊の世代が後期高齢者に到達する2025年以降は、出生人口に対して死亡者数の割合が大幅に増えると考えられています。このような社会を、「多死社会」と呼びます。

現在の年間死亡者数は約130万人であり、この数は2025年には150万人を超えると考えられています。一方、年間出生数は2016年に統計開始後初めて100万人を割り込みました。近い将来、年間死亡者数が年間出生数の2倍となる日も来るかもしれません。

一方で、平均寿命がのびた今、日本では長く活躍される医師も増えました。私の周囲にも、高齢になり大学の心臓外科を退職したのち、地元で内科的な心疾患の診療を続けている医師も少なくありません。また、新設医学部も増え、今後の医療界を担う新たな医師数も毎年9000人を越え生まれています。

今後患者さんの数に対して医師が過剰となる時代が到来することは確実です。医師の働き方や活躍の場も多様化させていく必要があるでしょう。なぜなら、人口に対する医師数が過剰となった場合、診療所の運営のために不要不急の検査や過剰診療行為を行う医師が増える危険は少なくないでしょうし、これからは人工知能(AI)が医療の現場で活躍する時代になります。そのため、診療医から治験医、企業での薬や医療機器の開発医・基礎学の研究者、医療行政者への移行が重要であると考えます。

また、医療費の適正化を考える際には、薬価や特定の治療にかかるコストだけでなく、診療費の支払い方法の変革も必要になるかもしれません。

長い階段

教育者や研究者になるためには、博士号を取得するために医学部の大学院(医学研究科)に進学し、4~6年ほどの博士課程を修了せねばなりません。ところが、現在の日本には、博士課程修了までに8年や10年といった長い年数がかかってしまう大学院生も多数存在しています。私は、この問題は大学院生だけではなく、教育者の責任でもあると考えています。

医学部にストレート入学し、24歳で順調に卒業した場合でも、博士号取得までに8年~9年の年数がかかっていては、その学生の専門医修練や結婚、子育てといったライフイベントにも大きな影響が及びます。

学費を支払い、アルバイトで収入を得ながら学ぶ期間が、将来の日本を支える若い世代にとって専門医の取得と維持、結婚と子供の成育、教育など、重要なイベントの発生する時期と重なっているということを、教育者は重く捉えなければなりません。私自身、大学で教鞭を執る教授から病院医員の大学院進学を勧めて欲しいと頼まれますが、教育者の意識改革がなされない状況で若い学生の背中を押すことは、やや無責任なのではないかと感じてしまいます。

大学院生の教育者には、大学院生が遅くとも6年間で博士号を取得できるよう、教育とフォローアップを行う姿勢が求められると考えます。

研究者

また、日本は論文撤回数が世界でもトップレベルの国として知られていますが、この背景にも、やはり大学院生の「余裕のなさ」があるのではないかと考えます。多くの大学は厳しく研究者のパソコンの履歴などを管理し、一部の大学には捏造を見抜くためのシステムまで導入されているという話を聞いたことがあります。また、不正が起こらないよう、常に研究者の出入りがあるオープンな研究室を設けている大学もあり、よい試みであると感じています。

しかし、私は論文撤回や捏造が起こる理由を考察し、根本的な制度を変えていかなければ、日本の抱える問題の真の解決には至らないと考えます。

投稿論文が認められ、質の高い雑誌に掲載されるまでには、編集委員による査読といった複数のプロセスが存在します。1回目の投稿で審査が終了するということは決して多くはなく、査読後に修正などの指摘を受けた場合は、原則として数か月以内に意見を反映したデータなどを提出せねばなりません。数か月とは、研究者にとって非常に短い期間です。また、先に述べた通り、大学院生は研究のほかにもアルバイトや家庭といった様々な背景を抱えています。このような大学院生に対して、教授は修正論文を早期に出すよう促します。

所属する研究所からは再投稿を催促され、ポジティブな回答をせねば論文が採択されないという状況にあり、数か月という短い時間しか与えられていない場合、一人きりの研究室で追試を進める研究者は精神的に追い詰められてしまうのではないでしょうか。捏造は許されない行為ではあるものの、日本の現状をみるに、その責任は研究者個人だけでなく、大学や雑誌社といった、研究者を取り巻く社会にもあると思わざるを得ません。大学や学位授与機構も考えて欲しい、解決して欲しい問題と感じています。

最後に、日本の医学界・医療界で起こっている問題の根本に目を向け、適正な医学・医療行為につながる制度改革が行われることを願わずにはいられません。

 

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