インタビュー

希少疾患・発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、今後の治療の展望とは?

希少疾患・発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、今後の治療の展望とは?
西村 純一 先生

大阪大学 大学院医学研究科 内科系臨床医学専攻 血液・腫瘍内科学 招聘教授

西村 純一 先生

この記事の最終更新は2017年07月26日です。

発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は溶血や再生不良性貧血骨髄不全を引き起こす、後天的な遺伝子異常による希少疾患です。近年は新薬「エクリズマブ」の登場により、溶血をコントロールできるようになったため、予後が大変よくなってきています。

本記事では発作性夜間ヘモグロビン尿症の診断や現在行われている治療について記事1に続き大阪大学大学院医学研究科 内科系臨床医学専攻 血液・腫瘍内科学の西村純一先生にお話を伺いました。また、発作性夜間ヘモグロビン尿症の症状・原因については記事1『発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)とは? 貧血や血栓症を引き起こす希少疾患』で詳しく説明しています。

日本人の場合、発作性夜間ヘモグロビン尿症の症状は比較的穏やかに経過するので、発見が遅れることもあります。発見のタイミングはどの症状がどの程度起きているかによって個々人に差があります。

たとえば風邪などの感染症で溶血*がひどく起こり、ヘモグロビン尿*が排泄されることで不審に思った患者さんが受診し、発覚することもあります。あるいは健康診断や手術前の検査などで原因不明の貧血がみつかり、精密検査を行うことで明らかになることもあります。さらに再生不良性貧血の方が免疫抑制剤の治療で血球が増えることにより、PNH型血液細胞*も増殖してしまい、一気に症状が現れることで発見されるケースもあります。

*溶血……赤血球が破壊され、ヘモグロビンが血球外に流出すること

*ヘモグロビン尿……赤血球が破壊されてしまう「溶血」によってヘモグロビンが尿中に溶け出し、コーラ色の尿を排泄すること

*PNH幹細胞……PIGAと呼ばれる遺伝子が後天的に変異した夜間ヘモグロビン尿症の症状を引き起こす造血幹細胞のこと

溶血を引き起こす疾患は発作性夜間ヘモグロビン尿症以外にもあります。そのため発作性夜間ヘモグロビン尿症を診断するためには、それらとの鑑別が必要です。溶血を引き起こす疾患の代表例は下記のとおりです。

<溶血を引き起こす疾患>

上記3つの疾患のうち最も罹患率が高いのは自己免疫性溶血性貧血で日本において溶血のある成人患者さんの約40%、発作性夜間ヘモグロビン尿症が約30%、遺伝性球状赤血球症が、約20%で、この3疾患で全体の9割を占めます。

自己免疫性溶血性貧血との鑑別は直接Coombs(クームス)試験と呼ばれる特殊な血液検査にて行います。自己免疫性溶血性貧血の場合には陽性、発作性夜間ヘモグロビン尿症の場合には陰性となります。

遺伝性球状赤血球症は血液検査に加え、末梢血塗抹染色標本で赤血球の形状を観察します。赤血球は元来丸く中央が括れたような形をしていますが、遺伝性球状赤血球症に罹患している方の血液中は中央が括れていない球状赤血球が見受けられます。

試験管

発作性夜間ヘモグロビン尿症の診断を行うにはフローサイトメトリーを使用した検査が不可欠です。フローサイトメトリーとは試験管内の細胞にレーザー光線を当て、その光の強弱によって個々の細胞の素性や性質を調べる特殊な機器です。数秒から数分という短時間で数千から数万の細胞を細かく測定することができます。

発作性夜間ヘモグロビン尿症の診断の場合、フローサイトメトリーを用いてPIGA遺伝子の変異によって欠損してしまうCD55、CD59と呼ばれる補体制御因子*の解析を行います。

フローサイトメトリー
フローサイトメトリーとは… ご提供:西村純一先生

*補体制御因子……補体の活性化を制御する蛋白質。

発作性夜間ヘモグロビン尿症はPNH幹細胞が発生するだけでなく、それが増殖することでさまざまな症状が起きるので、PNH幹細胞を正常な幹細胞に置き換える骨髄移植を行うことが根治の唯一の手段です。しかし骨髄移植には副作用などリスクもあるため、適応は重症度の高い患者さんに限られています。

更に近年は新薬の登場に伴い溶血をコントロールできるようになってきたため、溶血の症状が重い患者さんは骨髄移植を行わず、薬の投与で症状を抑えて生活している方がほとんどです。しかし、骨髄不全症に対しては効果がないので、骨髄不全症状が強い患者さんに対しては骨髄移植を行うこともあります。

点滴

2010年、溶血を抑制する新薬「エクリズマブ」が日本で承認されました。エクリズマブは定期的に投与すれば溶血の指標であるLDH値を正常値付近で保つことができるほか、それまでステロイドや輸血でしか対策ができなかった溶血性貧血を改善することができます。

またこの薬の投与により、血栓症を激減させることが明らかになりました。発作性夜間ヘモグロビン尿症は人種別に症状の種類や重症度が大きく異なり、血栓症は特に白人に起こりやすい症状として知られています。そこで欧米ではエクリズマブ投与前・投与後102週間の血栓の発生回数を比較する臨床試験を行ったところ、投与前39回も血栓症を起こしていたが、投与後は3回にまで減少したとのことです。

エクリズマブは点滴で静脈投与し、最初の4回は毎週投与します。その翌週から隔週で投与し続けることによって溶血のコントロールを効果的に行います。

骨髄不全症状が強い患者さんに対しては下記のような治療薬を処方します。

<造血不全の治療薬と効果>

・免疫抑制剤:

自己免疫による造血幹細胞への攻撃を抑える

・蛋白同化ステロイド:

腎臓に作用し、赤血球の産生を促す「エリスロポエチン」ホルモンを出させる

造血幹細胞に直接赤血球の産生を促す

再生不良性貧血の場合、これらの治療で改善がみられない重症の患者さんに対し骨髄移植を行うこともあります。

発作性夜間ヘモグロビン尿症はごく稀に自然寛解することもあります。寛解というのはPNH幹細胞が完全に0になるわけではなく、増殖が抑えられ、数が減るために症状がなくなっていくことを指します。自然寛解のメカニズムは未だ明らかになっていません。

発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんのQOL(= Quality of Life:生活の質)は新薬「エクリズマブ」の登場によって、かなり改善されてきました。この新薬の投与により新たに明らかになったことは、患者さんのQOLは貧血によってではなく、溶血を抑えることによって大きく改善が見込めるということです。

溶血は血液検査によるLDHの数値によって調べられます。LDHとは乳酸脱水素酵素のことで、通常は肝臓、腎臓、心筋、骨格筋、赤血球などに多く含まれます。しかし、赤血球が壊れると血中にLDHが大量に流出することで数値が上がります。LDHの健常者の正常上限値は220〜230IU/I程ですが、夜間ヘモグロビン尿症の方の場合には1000IU/Iくらいまで数値が上昇してしまうことがよくあります。

ところがエクリズマブを1回投与すると、LDHの数値は2000IU/Iから500IU/Iほどまで急激に落ちます。その後複数回投与することによって200IU/I台にまで落ち着き、継続的な投与でこの数値がキープされます。

一方で貧血は血液検査時のヘモグロビン濃度の数値で判断されます。ヘモグロビン濃度とは血中のヘモグロビンの重量を示したものです。ヘモグロビン濃度は血液1dlに対し、男性で14g以下、女性で12g以下程度ですが、ご高齢者では11g以下であると貧血と診断されます。夜間ヘモグロビン尿症の方の場合には全く貧血のない患者さんから定期的な輸血を必要とする8g以下のかなり深刻な貧血までさまざまです。

貧血はエクリズマブを投与してもすぐに改善するわけではありません。時間を掛けてゆっくりと回復します。さらに、数値も平均で2gほど上昇する程度なので、正常値まで戻るケースは多くありません。

発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんは貧血による体調不良を多く抱えていると考えられていますが、実際アンケートを取るとLDH値の回復と同調して体調がよくなり、過ごしやすくなることがわかってきました。そのためエクリズマブを投与すると、貧血の回復を待たず、比較的速くに苦痛が緩和されると考えられています。

発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんは定期的な検査と診察が必要です。血液検査を行い、経過をみながら適切な治療を行う必要があるからです。そのため通院は通常月に1回、安定している方でも2〜3ヶ月に1回を目安にしています。

また、エクリズマブを服用している患者さんの場合には、点滴注射での投与となりますので、隔週で通い続ける必要があります。

溶血は風邪をはじめとする感染症に罹患することで誘発されます。そのため感染症にかからないよう、手洗い・うがい・マスク着用などの対策は大切です。

またインフルエンザの予防ワクチンが原因で溶血発作を起こすこともあるため、発作性夜間ヘモグロビン尿症の患者さんに対するインフルエンザの予防ワクチンは意見が分かれるところです。私の患者さんのなかにも、毎年ワクチンを受けている方もいれば、発作の不安があるため施術を控えている方もいます。万一インフルエンザに罹患してしまったら、溶血発作のおそれがあるため、注意が必要です。

西村純一先生

発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療はエクリズマブの開発によって劇的に改善しましたが、現在もさまざまな研究が行われています。たとえば、現在は隔週に一度の投薬が必須になっているエクリズマブの投与間隔を更に広げることはできないかなども検討されています。

発作性夜間ヘモグロビン尿症は平均生存率が発症から32年と長く、それだけ患者さんが疾患と向き合う時間も長くなります。患者さんが骨髄移植をしなくてもより快適に生活できるよう、今後も治療や新薬の研究開発が行われていくことでしょう。

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